2018年10月27日 (第3255回)

加藤周一のパリ―思索的逍遥

立命館大学文学部 特任教授 中川 成美

 加藤周一が極めて純正な日本の進歩的知識人として、その生涯を全うしたことは、驚嘆に値することだと思います。日本の思想界や論壇が、決して完全に開かれたものとは言い難い状況の中で、その方向を一貫して堅持できたのは、稀有のことといってよいでしょう。加藤にそれが許されたことの大きな原因の一つに、日本に定住することなく世界を回りながら、主に日本文学や文化を教えていたことを挙げていいでしょう。私の海外の大学で教える時に、彼の『日本文学史序説』の各国語訳が、「正統」な日本文学史として、広く受け入れられていることに何度も遭遇しました。〈日本文学史〉として日本で認知されたものをひっくり返すために書かれたこの著が、逆にスタンダードになっていることを愉快にも思いました。しかし、本学に所蔵される彼の資料を見ますと、英語、フランス語、ドイツ語、あるいはイタリア語にいたるまで、細かな注釈をつけて講義ノートを用意していたことを知り、その語学力、博覧強記に驚くとともに、いわば〈日本〉という土壌にのみ執着するのではなく、グローバルな視点をいかに獲得するかという彼の苦闘がしのばれました。彼が初めていった西欧世界はフランスですが、彼の初期の海外体験が、どのように彼の思想を紡いでいったかについてを、今回は皆さんとご一緒に考えていきたいと願っております。