2022年8月27日(第3364回)

彼女たちの引揚げ―性暴力被害者の帰還と「混血児」排除をめぐって―

立命館大学文学部 准教授 山本 めゆ

 敗戦を前にした関東軍の撤退とソ連軍の侵攻、戦後の引揚援護政策の遅延などにより、満洲や朝鮮半島北部に残された民間人は剥き出しの暴力に晒されました。ソ連兵による性暴力は酸鼻を極め、さらには治安維持等の必要からソ連兵や中国人らに女性が「供出」されることも珍しくありませんでした。これらの性暴力被害者が帰還した引揚港の周辺では、性病の治療とともに、相当数の人工妊娠中絶が実施されたことが記録されています。当時違法であったはずの中絶は、なぜ、どのようにして可能になったのでしょうか。

 従来、この問いをめぐっては、おおまかに二種類の説明が提示されてきました。「混血児」の急増を懸念した厚生省が各地の引揚援護局に指示したとする説(「上から」説)と、中央は無策に近く、むしろ女性たちの窮状を目の当たりにした現場の医師たちの英断と献身に支えられていたとする説(「下から」説)です。本講座では、聞き取り調査から得られた関係者の語りを手がかりにしながら、引揚女性の中絶が引揚援護施策と現場の医療者たちとの協働によって実現したことを示していきます。