福島といえば、円盤餃子!
2011年の東日本大震災から10年以上の月日が流れ、福島県をはじめ東北のニュースは3.11の特集か原発のニュースがほとんどである。そのため、関西に住む私たちの多くはだんだん関心が離れていってしまう。
「チャレンジ、ふくしま塾。」4期生は、そんな若者たちが福島県に興味を抱けるような情報を発信することで、福島県の関係人口増加を目的に活動している。その一環として、今回は福島県で活躍されている方にインタビューし、少しでも「ふくしまの今」を知ってもらうために情報発信を行う。
福島市には、50年、60年と続く餃子の専門店がいくつか軒を連ねる。福島の餃子店は戦後、満州からの引き上げ者や復員してきた方々によって闇市で始められた。フライパンで餃子を円盤状に焼き、そのまま皿に移して出される「円盤餃子」は、一度にたくさんの餃子が焼けることから定着した。
そんな円盤餃子を全国に発信する団体に「ふくしま餃子の会」がある。その会長を務めるのが、「中華朴伝」の店主、塚原さんだ。
中華朴伝店内でインタビューさせていただいた。
中華朴伝店主、ふくしま餃子の会会長 塚原さん
塚原さんは、高校生のころ福島市内の中華料理店「桃太楼」(※現在は閉店)でアルバイトを始める。土日は朝から晩までアルバイト。その甲斐あり、高校生でありながら厨房で鍋をふるっていた。中華料理の道を志した塚原さんは、アルバイト時代の周囲の人たちからの後押しもあり、26歳の時に独立、中華朴伝をオープンした。
「仕事が趣味」だと語る塚原さん。お客さんに提供する餃子は必ず1個多く焼く。それは、毎回焼き加減が異なる餃子の味見をするためだ。また、普段から他店の餃子や市販の餃子など色々な餃子を口にする。自分の舌で確かめて仕事に生かす。仕事以上に本気を出すのが趣味だからだ。
塚原さんが着用している「塚原軍団パーカー」が印象的。
その下には、小さな文字で「I ♥KIRIN」の文字が。塚原さんは大の麒麟ビールファン。
中華朴伝餃子のこだわり
餃子の皮は、塚原さんご自身が近所にある長い付き合いの製麺屋に手延べで作ったような皮を作ってほしいと粉の配分からオーダー。お客さんの注文を受けてからひとつひとつ丁寧に包む。餃子の餡は、歯ごたえをよくするためにキャベツと白菜を1:1の割合で混ぜている。野菜が収穫される季節によって水分量が異なるので、餡の野菜と豚肉の割合は塚原さんの感覚と経験によって配分される。また、収穫状況によっては福島県産の野菜を使用し、地産地消にも取り組んでいる。
フライパンで油を多めに焼くのが円盤餃子。円盤餃子を求めてやってくるお客さんが多いが、地元の人たちの中には餃子を6個ほど並べて焼く一般的な形の餃子を求める人も。そんな人のために、熱の伝わり方が良い鉄なべで焼くシンプルな餃子も提供されている。
中華朴伝の円盤餃子を振る舞っていただいた。「円盤餃子」は福島市観光コンベンション協会により商標登録されている。
ふくしま餃子の会
塚原さんは、中華朴伝の店主である傍ら、ふくしま餃子の会会長でもある。ふくしま餃子の会は、餃子専門店を中心に結成され、県内外でのイベントを通じて福島餃子の発信を目的とした活動を行っている。
平成13年には、餃子店の店主による餃子講習会が催され、参加者が抽選で決定するほどの大きな人気を博した。餃子に対する市民の反響の大きさに手ごたえを感じた餃子店のメンバーは、「餃子を福島の新しい名物として伝説と歴史を生み出すため」、ふくしま餃子の会を立ち上げた。
世代交代の末、餃子店店主の中でも一際若い塚原さんは2011年に餃子の会の会長に就任。餃子の会に新たな風を吹かせる。塚原さんは、「福島といえば円盤餃子!」というイメージを全国的にもっともっと普及させ、福島市民に餃子を誇りに思って欲しい、と今後の「餃子の会」の活動への展望を語った。
イベントで使用する特注の鉄鍋。
一度に700個焼くことができる。
震災を乗り越えて
2011年、東日本大震災の被害を受けた福島市。水道や電気がストップし、お店の再開が危ぶまれたが、中華朴伝は震災後10日で再開。他県から応援に来た保険会社や電力会社、銀行の社員によりお店は賑わった。しかし一般の観光客の足が戻るのには長い期間が必要だった。震災から3年が経過し、震災前の売り上げを超えることができた。
関西の若者へ。
最後に、塚原さんに関西の若者へのメッセージを頂いた。
「コロナで大変な世の中だけど、”行ってみたい、やってみたい、見てみたい”という自分の夢を現実化してほしい」
「10代は何をやってもいい
20代は勉強
30代は試練の時
40代は知らなかったでは済まされない」
若くして自分の店を持ち、現在2児の父だからこそ、若者に伝えたい熱いメッセージである。もしこの記事を見て、「福島に行ってみたい」「円盤餃子を食べてみたい」と思った人がいたら、ぜひその思いを実現させてほしい。
今回のインタビューを通して、塚原さんの餃子への愛と、生き方の熱量を感じた。
塚原さん、貴重なお時間をいただきありがとうございました。そして、美味しい餃子をご馳走様でした。
中央:塚原さん
文責:大谷楓
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