3名の大学教員による特別座談会

立命館大学大学院 社会学研究科
3名の大学教員による特別座談会

大学教員になるには、
どうすればいいの?

大学教員に興味はあるけど、
方法・資格がわからない

大学教員になるには、どうすればいいのか。大学院生でも、その具体的なステップは見えにくいものです。今回の大学院ウィークでは、2025年11月7日、「大学教員になるためには?」をテーマに座談会を開催しました。登壇したのは、市井先生・富永先生・金澤先生の社会学研究科教員の3名。約90分にわたるトークでは、応募資格や求められる力、日々の仕事の実際など、普段の授業では聞けない話題が次々と飛び出しました。この機会に、大学院修了後の進路のひとつとして、「大学教員」というキャリアを考えてみませんか。

座談会参加者プロフィール

PROFILE
  • 産業社会学部 現代社会学科

    いちい よしふさ

    市井 吉興教授

    立命館大学文学部(西洋哲学専攻)卒業。スケートボードを中心に、新しいスポーツが誕生する社会・文化的なダイナミズムを研究。文学研究科博士前期課程(修士)では、ドイツの哲学者ヴィルヘルム・ディルタイの研究、社会学研究科後期課程ではノルベルト・エリアスの社会理論を研究。研究を通じて学んだことは「耐える」こと。趣味はドラムを叩き、それをフェイスブックにあげること。最近熱中しているのは、鶏のむね肉を美味しく調理すること。

  • 産業社会学部 現代社会学科

    とみなが きょうこ

    富永 京子准教授

    北海道大学経済学部経営学科卒業。環境保護やジェンダー平等など、社会課題に対して人々がどのように行動を起こすのか―いわゆる「社会運動」をテーマに研究。東京大学大学院・社会学研究室在籍時は、フィンランドをはじめ海外の機関でも研究を実施。学生時代は雑誌やラジオに投稿する“ハガキ職人”としての一面も。漫画・映画などの感想をポッドキャストで語り、メディアから寄稿や出演のオファー多数。建築模型や手芸をSNSに投稿するのが楽しみ。

  • 産業社会学部 現代社会学科

    かなざわ ゆうすけ

    金澤 悠介教授

    東京大学文学部卒業。社会心理学を専攻し、認知心理学的な視点で人々のステレオタイプや偏見が維持・解消されるメカニズムを研究。大学院では東北大学大学院文学研究科の行動科学研究室に在籍し、数理社会学や計量社会学を学ぶ。子どもの頃からゲームが好きで、最近もロールプレイングゲームを1本クリアした。社会学全般に加えて、歴史や哲学・社会思想などの研究書の読書も好む。最近ハマっているのは、煮物や煮込み料理を作ること。

  1. 金澤教授の写真
    金澤教授

    「大学の先生はどんな仕事しているの?」について、お聴きしたいと思います。

  2. 市井教授の写真
    市井教授

    この座談会は15時20分スタートですが、私はその直前、14時45分まで授業をしていました。今日は一般教養科目の「スポーツの歴史と発展」。スポーツを研究し、その成果を踏まえて授業をしています。

    大学教員の仕事には2つの要素が混ざっています。ひとつは研究で成果を出すこと。もうひとつは、その研究成果をもとに、「これまでの議論とは違う新しい見方ができる」という話を学生に伝えること(教育)です。研究と教育は別々というより、むしろセット。そこが私たちの仕事の特徴かもしれません。

    教育という言葉を聞くと、「小中高のような生活指導も含まれるの?」とよく聞かれますが、そうではありません。ゼミでも、そうした話はほとんどしませんね。スポーツが社会の中で、人にとってどんな意味をもつのか―そういうことを学生に語っています。学生たちには、私の話を聞いて「いいね!」と思っても、「いや、ちょっと違うな」と思ってもいい。自由に考えてほしいと思っています。
    ありがたく聞け、なんて一度も思ったことはありません。むしろ、つまらなかったら「つまんない」と言ってほしいですね。(一同笑)

    教育というのは、「知識を授ける」ことだけではないと思っています。私の話を聞いて学生自身が批評し、「私はこう考えました」と別の視点を提示する―そのようなことができるように学生を導くことが大学での教育なんだと思います。

    また研究と教育以外にも仕事があります。大学の教員はいろんな役職が与えられます。学部を運営する役職、全学の役職、いろんな役職があります。自分たちが研究・教育しているこの大学をどう切り盛りして運営していくのか。こういうことにも携わらないと自分たちの研究・教育活動が成り立ちません。他には外部機関との連携など。たとえば行政と一緒に、都市のスポーツ施設をつくる際の審議会に参加することもありますね。

    助教・講師・准教授・教授と職位の違いはありますが、こうして振り返ってみると、やっていることは大きく変わりません。ただし、教授になると、仕事は一気に増えますね。(一同笑)

  3. 富永准教授の写真
    富永准教授

    教育というと、小集団のゼミから、100~200人規模の大講義まで、大学院・学部の授業を担当しています。市井先生のお話を伺っていて思い出したのですが、私、今年で教員10年目になります。最初の頃はサービス精神が旺盛で、「わかりやすくしなくちゃ」と意気込んで、まるでオープンキャンパスのような授業をしていた気がします。けれど教員としての年数を重ねるうちに、「大学生の学び取る力」をもっと信じていいのだと思うようになりました。最近は、かなり研究内容に寄せた講義授業(教育)になってきています。

    授業では、最近読んだ面白い論文や、自分が書きかけの論文なども基に会話しています。学生を信じられているなと自分でも感じますし、今の自分が教育のうえで大切にしている部分です。「研究でこんな調査に行った」「この文献を読んだ」という話題や、たとえば観光を社会運動的に捉えるといったテーマ(国内だと広島へのツーリズム、海外だとチェルノブイリでのツーリズムなど)から得た知見を、そのまま授業内のディスカッションに活かしている先生もいます。

    教育と研究以外の仕事で言えば、私はあまり学内業務には関われておらず、学外での仕事が多いですね。テレビ・ラジオ・新聞・ネット番組などでの出演や連載をしています。教育とも研究とも言い難いですが、研究の社会的な意味や役割を知ったり伝えるうえで、重要な仕事だと感じています。

  4. 金澤教授の写真
    金澤教授

    私は担当している科目の特性上、教育と研究はかなり分かれています。たとえば、教育という点では、経済学部や法学部の学生に向けて、社会学入門の講義も行っています。ですが、社会学入門の講義内容のうち、私の専門に関わる部分はごく一部であったりします。

    小集団で行うゼミも行っています。ただ、私と同じテーマを研究する学生はいません。でも、それでいいと思っています。学生自身が「やりたい」と思うテーマに取り組むことが大事です。たとえば、誰も研究していないようなテーマ、「ちいかわ」というキャラクターについて研究し卒論を書いた学生もいました。約500人規模のWEBアンケート調査を行い、「ちいかわを買う人は流行嗜好性や外向性が高い=陽キャ」という傾向を見出しました。販売戦略にも関わる部分で、コラボグッズとして展開されることが、流行感度の高い層を惹きつける装置になっているわけです。

    大学教員の中には、「サブカルチャーなんてくだらない」と考える人もいます。でも、私はそうは思いません。日常に根ざした文化を、アカデミックな視点から捉え直すこと、それも社会学の大切な役割です。

    教育と研究以外では、私は副学部長の役割を頂いています。大学の教員・学生のニーズに対する御用聞きのような細やかさも必要ですね。富永先生とは違って、外部の仕事はしていません。

    最後に少しキャリアの話をすると、私は助教・講師・准教授・教授、このすべてを経験してきました。まず助教は、任期付きの教員であることが多いです。所属する学部にもよりますが、大学業務の補助的な仕事が中心になります。たとえば授業準備やシンポジウム準備などですね。授業コマ数も専任教員(講師以上)に比べると少なめです。

    また、助教は任期制なので、ゼミを担当することはほとんどありません。もし任期が終わるときにゼミ生が残ってしまうと、引き継ぎなどで不都合が生じるためです。一方で、講師・准教授・教授になると、業務はフルに任されます。立命館大学の場合で言えば、准教授は定年が60歳、教授は65歳。そのあたりの違いもありますね。

  1. 金澤教授の写真
    金澤教授

    「なんで・どうやって大学の教員になったの?」について、お聴きしたいと思います。

  2. 富永准教授の写真
    富永准教授

    学部生の頃出会った社会人の方々に、社会に対して物申すモチベーションが強い、変革のビジョンのある方が多くて、こんなに社会に対する立場が決まっていないと、民間企業や行政セクターで働けないのかと思いました。今の自分ではまだ不足だな、もう少し立場の留保が必要かなと感じました。

    それで、「社会に対して何かを言える自分」をつくることが大事だと考えて、大学院に進学をしました。大学院に入ると、当然、本を読み続けるだけでは済まないんですよね。みんな何らかの指針を持ち、論文や本を出すといった知的アウトプットを目指して行動しています。私もそうやって研究を続けていくうちに、気づけば教員になっていたという感じです。

    実は、立命館大学に採用していただけなければ、海外の研究機関でポスドクとして研究を続けるつもりでした。大学院生は学生というよりは個人事業主的で面白いんですよね。そのうえで、個人事業主を続けるためには、安定した研究費と生活が必要になります。大学の教員はそれらを満たしたうえで、教育活動にも関われる。教育したいというモチベーションは当初は低かったですが、やればやったでおもしろい面もありました。

  3. 市井教授の写真
    市井教授

    大学の教員を目指したのは、小学生の頃です。母が大学の教員だったんですよね。昔は9月 1日が夏休み明けの始業式で、午前中で始業式が終わって帰ると、家に母がいるんです。すると母が「私はまだ夏休みなの」と言うんですよ(笑)。それを聞いて、「大学の先生って長い夏休みがあるんだ、いっぱい休めるんだ」と思ったんです。レジャーの研究をしている今の自分に通じる原点かもしれません。

    大学教員という仕事は、ある意味で自立性が高い個人商店のような働き方だと思っています。自分の考えで動き、責任を持って仕事を進められる。その点では、父の影響も大きいですね。父は脱サラして、今でいうフリーランスになってプログラマーの仕事を始めたんです。そうやって自分のやり方で働く姿を見て、「自分で考えて、自分でコントロールできる働き方っていいな」と思いました。それが、大学の先生になりたいという気持ちにつながったんだと思います。

    ただ、すぐにその道に進めたわけではありません。私は立命館大学文学部で哲学を学び、修士まで進みましたが、そのままでは大学の教員になるのは難しいと感じました。そこで、出会った先生のご縁から社会学の道に進み、博士課程を修了しました。そこから、立命館大学の教員になるまでには10年もかかりました。

    博士号を取得したのは2000年。当時は任期付きの教員職が増えており、そうしたポジションを目指す気にはなれませんでした。その間は非常勤講師や大学受験予備校の講師として、大学教員のチャンスを狙いながら10年ほど過ごしました。予備校で教える中で、「どう話せば学生が興味を持ってくれるか」を常に考えていました。その経験は、今の授業にも確実に生きています。あの10年間は、決して無駄ではありませんでしたね。

  4. 金澤教授の写真
    金澤教授

    私は大学教員になろうと思ったというよりは、最初は「普通の会社で働く気がしなかった」というのが正直なところです。勉強は得意だったので、そのまま大学院に進みました。博士後期課程に進んだ頃に「この先どうするんだろう」と考えたとき、当時の自分には大学の教員しか思い浮かばなかったんですよね。今思えば、知識や知性を活かせる道は他にもあったはずなんですけど。運もよくて、結果的に助教から教授まで、すべての職位を経験することができました。

    最初に就職したのは立教大学でした。新しく立ち上がった統計・情報教育のセンターで人手が足りず、大学院の先輩のもとに話が来たんです。そして、そのご縁でまだ就職が決まっていなかった私のところに話が巡ってきて、助教として採用されました。

    立教大学助教として5年の任期が終わるタイミングで、岩手県立大学の公募に応募したところ、運よく通って専任講師に。実家が島根県松江市なので、岩手から帰省するのはなかなか大変でした。そんな中で、ちょうど立命館大学の公募が出ていて、応募したところ採用され、現在に至ります。

  1. 金澤教授の写真
    金澤教授

    最後は「どういった工夫をして、選考で勝ち抜いて大学教員になったの?」について、お聴きしたいと思います。

  2. 市井教授の写真
    市井教授

    教員になるためには博士号が必要とはいえ、簡単に取れるものではありません。私は博士後期課程から社会学研究科に移動してきたんですが、もともとは哲学の院生で、ヴィルヘルム・ディルタイやフランクフルト学派などが好きで取り組んでいました。社会学研究科では社会学理論をやりたくて移ってきたんです。学部・修士を経ずに、いきなり社会学研究科博士後期課程に入ったこともあって、理論とはいえ哲学と社会学では作法がまったく違う。そのあたりをしっかり理解するのにずいぶん苦労しました。

    博士論文では、ノルベルト・エリアスの社会学理論について研究しました。彼の研究の中にはスポーツやレジャーに関する分析があり、それが私の研究の土台になっていきました。

    一番苦労したのは、私が院生の頃は課程博士号を取るために、3年間で博士論文を書き上げなければならなかったことです。今のように制度的な猶予があるわけではなく、当時は本当に3年がリミット。みんな必死でしたね。自分の経験からいうと、今のようにあまりゆとりがあるのも本当に大丈夫かな、と思うこともあります。学生を指導しながら、そこはいつも悩むところです。だから、私はよく「とにかく早く書いて」と学生たちに伝えています(笑)。

    海外旅行に行くのにパスポートを持っていなければ出国できないように、博士号を持っていなければ大学教員の公募にエントリーできません。大学で仕事をすることが社会で活躍することの一つの形だとすれば、博士号はやはり必要な資格だと思います。

    選考で勝ち抜くコツといっても、私は博士号を取ってから大学教員になるまで、およそ10年かかったんですよね。その間、公募にも何度も応募しましたが、なかなか採用には至りませんでした。自分の研究成果や業績―エリアスの社会理論、オランダの社会学、スポーツ・レジャーに関する研究―について書いては、応募書類を出し続けました。
    ただ、落ち続けたことでむしろ書く機会が増えたんです。何度も応募書類を書き直すうちに、書き方がわかってきて、自分の「売り出し方」も磨かれていきました。

    立命館大学の教員として採用されたのは40歳手前。もう開き直って、自分のやりたいこと、考えていることを素直に応募書類に書いたのを覚えています。応募書類では「どういう教育をしたいのか」「学生にどう向き合いたいのか」、そうした姿勢をきちんと書くことが、書類選考を勝ち抜くコツだったと思います。授業を通じて何を伝えたいのかを示すことが大切です。業績はあって当然。そのうえで、「この人と一緒に働けそうだ」と面接官に思ってもらえるかどうか。さらに、学生に対して真摯に向き合える人間なのか。こうした点をアピールできているかどうかが、書類選考の決め手になると思います。

    面接選考は、学部生の就職面接とそれほど大差はありません。大切なのは、借り物ではなく、自分の言葉で語れるかどうか。模擬授業でパワーポイントが使えなくても、ホワイトボードだけでも十分です。大切なことは、自分の言葉で伝えられるかですからね。

  3. 富永准教授の写真
    富永准教授

    金澤先生がおっしゃっていた「選考で勝ち抜く」というテーマについてですが、私は「勝ち抜く」とか「競争」という表現があまり好きではなくて。競争だと思えば頑張れるんですけど、同時に、研究そのものを過度に競争的に捉えるべきではない、とも思います。

    論文を何本書くとか、博士号を取るとか、日本学術振興会の特別研究員になるとか。もちろん、そうした実績が多ければ選考には有利なのかもしれない。ただそれもわからないし、本当にそれでいいのかな、とも思うんです。

    就職ってマッチングだと思うんです。つまり、優秀さで勝負が決まるわけじゃないし、そもそも研究における優秀さってなんだろうとも思う。博士号を取ることも、論文が採択されることも、競争や勝負ではないんですよね。とはいえ、競争だと思い込んで努力していると、結果的に業績が積み上がって、研究が人の目に触れる機会も増える。もしかすると就職のチャンスも増えるのかもしれない。

    「知的生産そのものが楽しい・インプットやアウトプットの過程が充実している」そういう感覚と、「業績を積んで勝ち抜く」というマインドは、まったく別のものだと思います。私の本音としては、「勝ち抜く」とは思ってほしくない。あくまで就職先とのご縁なんです。その意味で、多くの候補者の中から「勝ち抜く」ことがあるとしても、それと豊かな研究生活は別物だと思います。
    ちょっと抽象的になりましたが、この金澤先生のご質問に対して純粋に答えるなら、「競争だと思い込むくらいでちょうどいい面もあるのかもしれない」とは言えるのかもしれない。私は28歳で立命館大学の教員として採用されたとき、当時としては早く、それを幸運だと思っていました。かつて「勝ち抜いた」という思いもあったかもしれません。でも、それを勝ちという物差しで測ってはいけなかったのだと感じています。優秀さ競争(優秀であることを証明するための競争)だと思い込むと、採用されなかったとき、落ちた時はしんどくなりますから。研究の評価って多面的であるはずです。競争や勝負だと捉えると、業績というものさしを内面化して、自他をそれではかる価値観にもつながってしまいます。

  4. 金澤教授の写真
    金澤教授

    博士号に関して言うと、私は大学院在学中に取得できませんでした。D5(博士課程5年目)のとき、博士論文を執筆している途中で立教大学に就職し、当時の学位は修士でした。修士のままでは、大学教員として採用される選択肢は限られます。そのため、修士の学位でも博士号同等の研究業績があることを示す必要があります。
    私の場合は岩手県立大学で講師を務めていたときに、博士論文を完成させ博士号を取りました。いわゆる論文博士です。大学院に在籍せず、働きながら博士論文を仕上げることは可能ですが、思った以上に大変でした。

    落ちてがっかりするのはイヤだったので、公募はこれまで4つしか出してません。立命館大学にシラバスを提出する際は、社会学の教科書を5、6冊ほど読んでよく勉強しました。そこに加えて、自分のオリジナリティをどこで出せるか考えました。

    大学のカリキュラムや入学者選抜ポリシーを理解したうえで、自分の強みをどう活かすか。それを意識して書類選考・面接選考に臨みました。大事なのは、自分がどこの大学でどんな教育をしたいのかを明確化することです。似たようなことを考えている人も多いので、どう差別化するかも重要ですね。それは学部生の就活にも似ていると思います。

  5. 金澤教授の写真
    金澤教授

    本日は市井先生、富永先生より貴重なお話がたくさん聴けました。現役大学院生だけでなく、これから大学院を目指す学生にとっても大いに参考になるお話でした。ありがとうございました。

大学教員になるための

Q&A
Q1.
大学教員になるにはどうすればいいの?
A.

一番標準的な解になりますが、「教員公募に応募して選考に勝ち抜けばいい」ということになりますが、答えとしては最悪の解でして(笑)。このためにはしっかりとした準備が必要です。この教員公募は、各大学のホームページにあって、もちろん立命館大学にもあります。私が任期付きの教員時代に一日の終わりに、チェックしていたのがJREC-INというサイトです。研究者や大学院生はよく見ていると思います。

このJREC-INでは「職種・勤務地・研究分野」で絞り込んで検索しますが、特定の「職種」に限定しすぎると検索結果数が出ないので、まずは「研究分野」で絞り込むのがいいと思います。ただ、こうした公募にも旬があって、春から夏にかけて公募が多いのが特徴です。

Q2.
誰でも応募できるの?
A.

どんな公募にも、応募資格・条件はあります。博士の学位やそれに相当する研究実績、教育歴や企業連携の経験といったことも求められることが多くあります。

大学教員の選考は基本的に2段階で行われます。まず書類選考があり、次に面接選考が行われます。大学では授業を担当する教員を募集しています。だいたい大学教員の募集倍率は少なくとも10倍程度。高い場合は50から100倍になることもあります。

Q3.
応募するには何が必要なの?
A.

大学教員は、特定の仕事や科目を担当する「ジョブ型雇用」の形態です。大学院が充実してきた今では、博士号を取得しているだけでは採用されません。そのため、研究成果や実績が求められるのです。先ほどお話したように、大学は授業を担当する教員を募集しているので、着任後は担当科目を講義できるだけの能力が求められます。

「大学教員になるには?」まとめ

  1. 01

    公募情報を常にチェック

    特に春から夏にかけては必須。各大学やJREC-INのサイトを確認しよう。

  2. 02

    大学院で学位を取得する

    博士号を取ることは“スタートライン”。そこからが本当の勝負。

  3. 03

    研究・教育実績を磨く

    倍率が高いからこそ、ライバルに差をつける確かな業績が必要。

今回は、「どうすれば大学教員になれるのか」をテーマに、市井先生・富永先生・金澤先生が、それぞれの経験や教育に込めた想いを語ってくださいました。大学院での学びが、その先の進路につながる具体的な道筋として実感できるお話ばかりでした。立命館大学 社会研究学科という環境で、大学教員という道も選択肢のひとつとして考えてみてください。