Feature #02

図書館でできる フェイクニュースの見分け方

STORY #02

人の価値を自分の中に
抱えてみる経験を重ね
「価値の山」をたくさん作ろう

サトウタツヤ先生

総合心理学部 学部長

サトウタツヤ先生

自分の「価値」に合う情報は、
すんなり入ってきて
人にも伝えたくなる

「フェイクニュースを信じてしまわないためにはどうすればよいか」との問いに、毎日新聞の濱田記者から「スマホからの情報をそのまま受け取るのではなく、一度立ち止まって考えよう」というお話がありました。心理学の研究者としてこのお話をどう受け止められましたか?

サトウ 極めて重要な指摘だと思います。即断即決はフェイクニュース対応にとって危険です。記号論的文化心理学には、「自己」つまり心の構造は「価値」「記号」「行為」の三層からなると仮定したモデルがあります(図1)。一番上の層である「価値」は、今までに見たり聞いたり教えられたりして作り上げた個人的な価値のこと。一番下の「行為」は自分の中で十分に納得はしてはいないけれど、自分の言葉で話したり書いたりはできるレベルのこと。

自己の山の一番上の「価値」に合う情報は、すんなり入ってきて、人にも伝えたくなるものです。現在のSNSの状況を考えてみてください。自分の価値に合う情報がどんどん届くようになっていますね。自分の価値に近いので気持ちがよく、すぐ信じてしまい、すぐ人に伝えたくなるという仕組みになっているのです。だからこそ「立ち止まって考えること」が大切なのです。図1のモデルの「記号」のレベルで情報を咀嚼してから判断することが大事です。そのことを濱田記者は「一度立ち止まって」と表現したのだと思います。

自分の価値に合わない情報は取り入れられることなく表層のレベルで弾かれがちです。たとえば死刑制度廃止に賛成の人と反対の人が議論すると、お互いに相手の言うことを聞かず、それぞれが一方的に主張するだけで議論が深まらないということが起こりがちです。しかし、大学生活は、対立しながらも議論を深めることができる時期ですから、自分と違う意見だからこそ、自分と異なる意見についても「記号」のレベルに一度取り入れてほしいと思います。

メモをとって授業を聴くと、
内容がだんだん「価値」の
レベルに入ってくる

スマホだけで情報を得ていると、これまでの価値が強化されていくだけになるということですね。多様な価値に触れるにはどんな習慣を身につければよいのでしょうか。

サトウ 一つは、本や新聞を読むこと、人と話すこと。そして意外に盲点なのが、「授業を聴く」ことです。大学の授業は、理解できないことが話されることも多いことでしょう。そして、自分の価値には直結しないものなのでつまらなく感じるかもしれません。一方でスマホを見れば推しの噂話が見つかり、すぐに友達に伝えなきゃという気持ちにもなってしまうでしょう。しかし、だからこそ、考えてほしいのです。自分の価値に合わない情報を吟味することができるのが大学生です。スマホをしまい、メモを取りながら聴いてみましょう。最初は難しいかもしれません。それでもメモをとり続ければ、3回目の授業くらいから先生が何を話しているかがだんだんわかるようになってくるはずです。それは、自分が成長して、授業内容が「記号」のレベルに入ってくるようになり、自分なりの価値観と照らし合わせることができるようになってくるからです。

授業を理解することと、先生の価値に合わせることはまた別の話ですよね?

サトウ もちろん、大学教員の価値に従わなければならないわけではありません。聴いたうえで私は違う意見だと考えてもいいのです。人の理屈を一度自分の中に抱えて考える訓練ができるのが大学という場です。それをせずにスマホだけを見ているのは本当にもったいないと思います。ある受講生が、「退屈な授業でスマホを見ていても退屈だけど、授業のメモを取るようになったら面白さがわかって授業時間が短く感じた」と言っていました。こういう感覚を経験してほしいと思います。

授業を聴かなくても、一夜漬けの丸暗記である程度の成績はとれるかもしれません。でも一夜漬けは「行為」のレベルに数日間知識を入れておき、答案としてアウトプットするだけのもの。自分の価値とすり合わせることをせず、「この先生の考え方と同じように書いておこう」というように教員の価値に合わせるような解答を書いているだけでは、自分の中には何も残りません。大学生のみなさんには、分からないものをわかろうとする努力、自分の価値とすり合わせる試みをぜひやってほしいと思います。

多様な「価値の山」
の中で考えると、
情報に振り回されなくなる

それが「多様な価値に触れる」ということなのでしょうか?

サトウ大 学には、自分とは別の国、別の地方で育った人がいます。また、多様な経験や専門分野を持つ先生もいて、価値の多様性に気づける環境があると思います。その中で、多くの人と出会い、さまざまな経験をしてほしいですし、殻を作ることなくたくさんの価値の山を持ち、いつかそれを山脈にしてほしいと思います。

それがフェイクニュースにだまされないことにもつながるのでしょうか?

サトウ そうなのです。多様な価値の山を作ると、ある価値ではこれは正しいと思っても、別の価値では違うかもしれないと考えられるようになるからです。自己内対話が可能になるのです。多様な価値の山の中で考えられるようになると、人の情報に振り回されることがなくなり、自分の判断に自信を持てることになり、結果的に自分なりの発信ができるようにもなるでしょう。

立命館アジア太平洋大学の出口治明学長は、大学生のうちになすべきものとして「人・本・旅」をあげておられますが、最も身近である授業において価値の山を作る努力をするだけでも、大学生活が意味のあるものになると思います。あらゆる領域の専門家が自分の目の前で専門分野の話をしているのです。理解できなくても食らいつく、少なくともメモをとって自分の言葉に置き換えてみる。15回かけて専門家の言うことを少しでも理解しようという態度が身につけば、結果として、さまざまなものの見方ができるようになるし、フェイクニュースに振り回されることもなくなると思います。わからないからこそ食らいつく、という精神がフェイクニュースに振り回されない自分を作りあげるのです。また、企業の皆さんが大学卒を採用したいと思うのは、大学生が様々な価値とぶつかり合いながら価値の多様性を実現できていると期待するからこそだと思います。

濱田元子氏

STORY #01

情報をただ受け取るだけでなく
自分の経験をもとに
考える時間もつくろう

濱田元子氏

毎日新聞東京本社 論説委員、学芸部編集委員

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