自分の“好き”から
大学の学びを始める
~「知る喜び」との出会い~
大学に入学してこれから何を学びたいかが明確な人がいる一方で、何をやればいいか分からない、好きなことがまだ見つかっていないと悩んでいる人もいるでしょう。好きなことがあれば、それを深く追求ことによって、大学生活はより楽しく充実したものになるかもしれません。“好き”を探すための図書館の活用方法について、産業社会学部の漆原先生にお聞きしました。
文系・理系の枠を超えて人の潜在的な可能性を追求
私の研究上の関心は、人がもつ潜在的な可能性を追求することにあります。
陸上競技をしていた高校生の頃に、スポーツは自分の身体能力を資源として活用し競い合うものだという思いを持っていたのですが、海外製の高機能シューズが流行したことで、スポーツに対して過度にテクノロジーが介入することの是非に疑問を持ったのが関心を自覚した始まりだと思います。
芸術系志望だったため高校時代は文系でしたが、家庭の事情から地元大学学際系学部の文系学科に進学しました。そこで自身の関心を思い出し、卒業論文では陸上競技の生体力学、修士課程では研究室を移り、脳波や筋電図を用いた動作制御の基礎的な研究を行い、博士課程では医学研究科に移って患者さんを対象にした研究を行いました。振り返ってみると、対象や方法が変化しながらも根底にある関心は一貫し、文系・理系の垣根を越えて関心を探求する姿勢に繋がったのかもしれません。
現在は大きく2つの研究を進めており、一つは「運動学習における接触付加の影響」です。リハビリテーションや運動指導の場面で、自分自身や他者が身体に触れることが学習効果にどう影響するのかというテーマの研究です。もう一つは「コオーディネーショントレーニングの効果検証」です。「コオーディネーション能力」は、スポーツの能力の筋力や持久力のような数値化できる能力だけでは説明できない部分の一部にあたり、パフォーマンスを発揮したり、学習したりするちからの前提になるようなものです。直接数値化することは難しいので、派生効果を観察することで検証を試みたり、そうした能力を仮定した構造でスポーツのパフォーマンスを捉えてみたりすることで検討しています。
スポーツは人の行動の一つにすぎません。スポーツも、楽器の演奏も、すべて身体を通して行う同じ行動です。切り離して見るのではなく、共通する何かを見いだすことができないかと考えています。例えばサッカーW杯では、チームプレーとしての合理性だけを考えれば、どの国も同じプレーを理想に掲げそうですが、そうはなりません。それは各国の背景に社会や文化の違いがあるからではないでしょうか。スポーツを狭い視野の中で見るのではなく、生理学的要素や社会的要素もある人間の創造的で文化的な営みの一環としてとらえる。そう考えると文系・理系の垣根を越えて学際的に、行動としての広い視野でスポーツを考えることやそれを産業社会学部の中で取り組むことが面白く思ってもらえるのではないでしょうか。
学問は自分の好きなことに対する取り組みの一つ
私は、大学の学びの醍醐味は「知る喜び」だと思います。それは既存の知識を覚えることではなく、他の誰も知らなかったことを知る、明らかにしていくことです。大学の学びには答えがないもの、結果が出るまでに時間がかかるものも多く、時にあんなに頑張ったのに答えが得られなかった、というような場合もあります。しかし、わからないことがわかるようになるプロセスを楽しみ、本当に自分が知りたいこと、あきらかにしたいことがあれば、それも苦行ではなくなります。
〇〇学部に入ったから、〇〇ゼミに所属したから、〇〇を勉強しなければならない、という学生もいますが、順序が逆です。やりたいことがあるから、学部やゼミに入る、知りたいことがあるから本を読む、となる方がより望ましい形だと思います。学問は何かを知るために体系化された知識や手法で、やり方の一つに過ぎません。使い方は自由です。自分の所属や経歴で、やり方や使い方を狭めずに色んなことに興味関心を持ち、インプットを増やす機会を沢山持って下さい。そのために、私も教員として、学生の皆さんに本当に好きなこと、やりたいことを問いかけ、引き出す努力をしなければならないと考えています。
これまでの人生で心ときめく何かに出会ったことがなく、好きなことが分からない、興味関心のあるものがないと悩む人も多いと思います。
ただそんな人も、昼はラーメンにする?うどんにする?と言われれば答えられるでしょう。なぜならそこには自分の「好き」が存在しているからです。どんな些細なことでも、例えば小さい頃に好きだったものなどでも構いませんが、それに関して最近の話題で自分のアンテナにひっかかることはなかったでしょうか。まずはそういったものを手掛かりに情報を集めてみてはどうでしょう。そして、それに触れている時に自分がどんな気持ちになるかを観察してみてください。様々なことに挑戦し、自分と向き合う時間を持てるのは大学生の特権ですので、できるかどうかは別として、やりたいことを見つけることができたならば、それだけでも私は大学生活を過ごす意味があると思います。
図書館で書架(本棚)を眺めることから始めよう
好きなこと、やりたいことが見つかるかどうかは、「出会い」に左右される部分もあります。人との出会いも大切ですが、限られた時間の中で会える人の数は限られています。そんな時に大きな手助けをしてくれるのが、図書館です。図書館にある図書や雑誌、新聞などは人の考え方や意見を代弁してくれます。好きなこととの出会いと図書館は、切っても切れない関係だと思います。
図書館の使い方については、最初は書架にある本の背表紙、タイトルをひたすら眺めてみることをおすすめします。そこで少しでも気になるものがあれば手に取ってみましょう。自分でスマホなどを使って検索をすると、どうしても自分の検索ワードにひっかかる情報しか得ることができません。まずは図書館で本を眺めて自分が気になるキーワードは何かを知ること、そしてそのキーワードが見つかった時に初めて検索をして、関連する情報に入っていくことに挑戦してみてください。
図書館からの
豆知識!
明確な検索戦略を持たないまま、偶然の発見を期待して漫然と情報を探すことを図書館用語で「ブラウジング」と言います。キーワードが見つかった後に更に関連する資料のある書架のブラウジングを行えば、自分が想定しているよりも関心事に有益な情報や視野が広がる情報が手に入ることも期待できるでしょう。
参考文献:"ブラウジング", 図書館情報学用語辞典 第5版
Japan Knowledge Libまた、図書館のレファレンスカウンターの利用もおすすめします。ここにいるレファレンスライブラリアンは、皆さんの学びにおいて必要な情報や資料探しの手伝いをしてくれます。自分がまだ何が好きなのかわからないのに、膨大な資料の中から自分で資料を探し出すのはなかなか大変なことです。レファレンスライブラリアンとの対話を通して、自分の好きなこと、興味関心に響く資料探しを一緒に行い、実際にそれらを読んでみることから始めてみてはどうでしょうか。読んでいくうちに、自分にとって関心のある分野が拓けてくるかもしれません。
図書館からの
豆知識!
レファレンスカウンターは各館内にあります。資料の所蔵場所や学習・研究テーマの参考になる情報の探し方、データベースの検索方法、探している情報・テーマを扱っている機関などについての相談を受け付けています。詳しくは図書館HPをご確認ください。
Ask a Librarian好きなことを研究に繋げる「問いを立てる」ためのお薦め本
自分で考える、物事を決める、選ぶことに対して苦手意識のある人には、次の本をお薦めします。
大学での研究で不可欠な「問いを立てる」というところにポイントを絞って段階的に作業過程を示してくれる本です。「やりたいこと」を、問いとして立てるのが研究の第一歩。これができるようになると、様々なことが主体的に選択できるようになると思います。
また、研究や科学が難しいと思っている方や研究と現実のつながりがよくわからないと感じている方には次の本をお薦めします。
複雑な脳科学の世界ですが、目の前の人の困りごとの原因を考えるところから研究が始まり、知識を活かせば高価な機材がなくとも身近な道具で仮説を検証し、わからないことを明らかにして、困りごとの解決に導いていくプロセスを読みとってもらうことができます。
新入生へのメッセージ ~図書館を利用して自分の世界を広げよう
知らないことを知る、分からないことを明らかにしていく喜びを、大学生活の中でぜひ感じていってほしいと思います。誰にも縛られない、自分の本当に好きなことを突き詰める、探求していくことにぜひチャレンジしてください。そしてその最初のステップとして図書館を利用して、自分の世界を広げたり、いろんな人や情報に触れたりすることに積極的に取り組んでほしいと思います。
漆原 良
産業社会学部 教授
- 研究テーマ
- (1)運動学習における接触付加による感覚入力が与える影響
(2)感覚運動統合に基づくトレーニングが人の潜在的可能性に及ぼす影響 - 専門分野
- 神経生理学,スポーツ,運動制御,体性感覚誘発電位,運動学習
- 著書
- 「現在スポーツ論の射程―歴史・理論・科学」(共著)文理閣(2011年)
「スポーツの近現代―その診断と批判」(共著)ナカニシヤ出版(2023年)
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