稲盛経営哲学は何をもたらすのか:山浦 一保 教授

稲盛研・研究者インタビュー#7

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「稲盛研・研究者インタビュー」企画は、稲盛経営哲学研究センター(稲盛研)で研究員をされている先生方に、自身の研究内容や、稲盛経営哲学との関わり、「利他」について語っていただくインタビュー企画です。立命館大学の学生が記者となって、「利他」と研究のつながりを探ります。第7回目となる今回は、立命館大学/スポーツ健康科学部の山浦 一保 教授にインタビューを行い、山浦先生の「プロジェクト(心理学)稲盛経営哲学は何をもたらすのか」についての研究などについて伺います。

(取材:一瀬優菜)

稲盛経営哲学研究センターに加わった背景を教えてください。

私は産業組織心理学を専門にしています。企業やスポーツなどの組織やチームに所属する人がイキイキとやりがいを持って活動してほしいという思いで研究を続けています。軸足は心理学なので、今回の稲盛経営哲学研究センターで展開している研究でも、「人の心」という文脈から経営や教育のあり方を考えています。

稲盛経営哲学センターに加わった背景は、フィロソフィーや稲盛名誉会長のリーダーシップ、アメーバ経営などの組織システムの機能を理解し、現場に伝えることで、イキイキと元気に働く人が増えていく、そんな世の中に貢献したいと考えたからです。

フィロソフィー(理念、社是、ビジョンなど)の重要性は昔から言われていますが、それらを浸透させる過程や、人の心を動かすカラクリなどに関しては、今まで以上の知見の蓄積が必要な状態です。

また、所属するスポーツ健康学部のスポーツマネジメントの分野で、組織についての授業を担当したとき、京セラをはじめとする稲盛経営を事例として取り上げる機会がありました。その中で、京セラの強さはフィロソフィーやアメーバ経営にあるのではないかと感じていました。

さらに偶然ではありますが、この研究を本格的に始める直前、ビジネス雑誌に、稲盛名誉会長とアメーバ経営と心の観点で特集が組まれていたのを目にしました。そのとき、「この記事は切り抜いておこう」と思い、今も大切に保管しています。そのほんのしばらく後に、稲盛経営哲学研究センターが設立されると知り、フィロソフィーが大きな組織を動かす力を持つことを、科学的に、心理学の実証として明らかにし、世の中の人に広く共有したいと強く考えるようになりました。

今回設定された研究テーマと目的を教えてください。

心理学的アプローチで研究を行った当プロジェクトでは2つの目的があります。1つ目は、フィロソフィーが効果を持つ、その心理メカニズムを明らかにすることです。フィロソフィーの重要性は、現場や研究レベルでも認められています。しかしながら、具体的に、「なぜ」フィロソフィーは効果を持つのか、つまりその組織で活動する人の心理にどう影響し、組織力となっていくのかは明らかにされていません。その部分を明らかにしていきたいと考えています。

 

また2つ目の目的は、フィロソフィーの浸透プロセスを明らかにすることです。実際研究を進める中で、フィロソフィーには人の心を動かす力があり、それがパフォーマンスに結びつくことが見えてきました。ですので、次は、それほどの影響力を持つフィロソフィーを「どうすれば」現場の隅まで浸透させられるのかを知りたいと考えています。

今回の研究内容の概要を教えてください。

1つ目の目的に対する研究内容(フィロソフィーが効果をもたらす心理メカニズムの研究)としては、フィロソフィー、そしてアメーバ経営でのフィードバック機能の2つを取り上げ、これらが社員の心にどのように影響し、パフォーマンス行動に結びつくのかについて分析を行いました。フィードバック機能とは、頑張りに対して見返りを提供する機能です。結論としては、フィロソフィーのみではなく、フィロソフィーとアメーバ経営でのフィードバック機能が合わさることにより、社員に対してポジティブに作用することが明らかになりました。

 

2つ目の目的に対する研究内容(フィロソフィーの浸透プロセスの研究)としては、現在進行中です。調査方法としては、アンケートと、稲盛経営をされている企業を対象とした対面インタビューを採用しています。インタビューは1社あたり3-5名程度です。企業のご希望があれば「組織の健康調査」を行い、その結果を分析しフィードバックしています。

 

今後、これらの研究内容を発信していきたいと考えています。

やはり対面でのインタビューだからこそ、読み解けるものも多くあるのではないかと思います。

 

特に、理念の浸透に関しては、形に残るものではなく、目に見えないものを扱っているため、オンラインだけでは伝わりづらいと思います。会社の理念が、その会社の空気を作っているはずなので、その地域や会社、社員の方たちからの言葉や社内“文化”などから読み解くことも多くあります。

この研究を進めるにあたって、今後の課題はありますか?

研究対象の企業からいただいた貴重なフィールドとデータなどの情報を一般化することは必要だと感じていますし、挑戦してみたいと思っています。今回の研究で明らかになったことを更に精緻化し、通常の企業活動だけでなく、作業現場での事故などの変数も含めた上で、フィロソフィーやアメーバ経営の機能が果たす役割を明確にしつつ、現場で大切にするべきものが何なのかを突き止めたいと思っています。

 

企業を支えるものは、"稲盛"経営哲学だけではないと思います。ですが、稲盛経営とその哲学に象徴される「何か」があるはずだとも思います。その「何か」が明らかになれば、広く応用していけるはずです。その「何か」を大切にする人の心が企業の動きとなり、お客様のためになり、喜びに繋がる、そのような循環を生み出すための研究になればと考えています。

今回の研究でのアウトプットをどのように活用することができると考えておられますか。

学生のほとんどは卒業後、企業などの各種組織に属しながら日々の生活を送るわけですが、それぞれの組織が体力を持たなければ、決して、個人も社会も幸せになっていかないでしょう。ここで言う「体力」とは、もちろん財力なども含み、心の健康、それに伴う学び続けるエネルギーを生み出せる状況が整っている状態を意味しています。

  

個々人が、誇りをもってイキイキと過ごせること、その個々人を受け止める環境・組織体もまた健やかで、活気あふれる状態であることが不可欠です。今後も引き続き、企業の体力に関するデータを裏付け、現場の人が活用していけるように研究進めていきます。

今回の研究を通して得た成果を教育分野や大学でどのように活用できるでしょうか。

心理学とは、人が幸せになるために、自他の心の不思議を知り、整理をする学問だと思っています。その中で「教育」というのは極めて重要かつ影響力のあるものだと認識しています。人として何が大事なのか、組織の中では人はどれだけでも愚かにもなるし、ユニークな存在にもなる-そのことを、もっと私自身も理解していきたいと思います。教育という場で、そんな人(たち)の心を許容し合い、あるいは愛せる仲間が増えていけばいいなと日々楽しみにしながら過ごしています。ですので、人とのつながりや心身の健康を考えて見出した研究成果は、大学などの教育現場での活用はもちろん可能だと感じていますし、また役立つように知見を活用していくことこそが大事だと思っています。

プロフィール

山浦 一保 氏
立命館大学 スポーツ健康科学部 教授

専門は産業・組織心理学。一般社団法人の集団力学研究所、静岡県立大などを経て、平成22年に立命館大スポーツ健康科学部准教授、28年から現職。29年にスペイン・バレンシア大学客員研究員。趣味はドライブとスポーツ観戦。


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