- プロジェクトリーダー
- 情報理工学部情報理工学科 北野 勝則 教授 (写真 中央)
- グループリーダー
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- 生命科学部生命医科学科 川村 晃久 准教授(写真 左)
- 薬学部創薬科学科 小池 千恵子 教授(写真 右)
再生医療技術による「眼」の再生を可能にする数理モデルを構築
再生医療、神経科学、情報科学の3領域が融合
iPS細胞で網膜機能を再構築し、眼疾患の治療に生かす
「眼」(網膜)は、視覚情報を脳に伝達する中枢神経系の一つです。本研究プロジェクトでは、iPS細胞を使ってこの網膜機能を再構築することで視覚情報伝達のメカニズムを解明し、その数理モデルを構築するとともに視覚再生技術の高度化に取り組んでいます。
高齢化に伴い、加齢黄斑変性症など網膜疾患は年々増加しています。網膜疾患は直接死に至らないものの人々のQOL(quality of life)を著しく低下させる上、医療・介護費の増大など社会的負担を増すことにもつながるため、網膜再生技術の向上は社会的にも大きな意味を持っています。
また先ごろ網膜疾患に対して人類初のiPS細胞の臨床応用が成功したことが伝えられましたが、いまだ網膜機能を十分に再構築するには至っていません。もしそれを実現できれば、iPS細胞技術を筆頭に日本が高い競争力を持つ再生医療分野をさらに進展させるものとして世界に大きなインパクトを与えることが期待されます。本研究プロジェクトでは網膜再生研究で世界をリードする理化学研究所と連携し、iPS細胞精製技術に磨きをかけます。加えて本研究プロジェクトの特長は、iPS細胞研究の成果を臨床応用に直結させ、経験的治療で終わらせるのではなく、情報系・生物系・工学系・心理系といった異分野が融合して網膜回路形成や機構を明らかにし、網膜治療に実用可能な神経回路の計算モデルを構築するところにあります。これにより、より高効率で高品質な再生網膜の開発が可能になります。
iPS細胞を使った網膜組織の再生、網膜機能の解析を経て
網膜神経回路シミュレーションモデルを構築する
研究にあたっては、再生医療、神経科学、情報科学の3つのグループが連携しながら進めます。まず再生医療グループがiPS細胞樹立技術を開発し、それをもとに3次元網膜組織を作製します。それを用いて神経科学グループが網膜機能を解析し、その結果を材料として情報科学グループが網膜機能のシミュレーションモデルの構築を目指します。
ヒトiPS細胞
最初に再生医療研究を担う川村グループでは、iPS細胞樹立における問題点を克服してさまざまな動物種からiPS細胞を樹立し、3次元網膜組織の作製に挑みます。iPS細胞の樹立技術はいまだ完全には確立されておらず、作製効率の悪さや分化能の低さ、さらにがん化する危険など安全性にも課題を残しています。川村は、これまでにiPS細胞の作製過程を詳細に解析する独自の手法を見出しています。この成果を生かし、本グループでは理化学研究所と共同でiPS細胞が形成されるメカニズムを解析し、とりわけ視神経への分化誘導に優れ、がん化リスクの低い高品質で安全性の高いiPS細胞株の作製技術を開発します。次にこの技術を使い、ヒト、そしてマウスやジリスといったげっ歯類の体細胞から実際に高品質iPS細胞を作製し、他グループに研究材料として提供します。中でもジリスは、全視細胞の70%を錐体視細胞が占めているのが特徴です。錐体視細胞は光情報を神経シグナルに変換する視細胞の一つで、鮮やかな色彩を捉えることに関与しており、ジリスの視細胞はヒトの網膜の機能を明らかにする上で極めて有効なモデルです。
次に神経科学を専門とする小池グループは、網膜回路を構成する一細胞から網膜組織、視神経の投射先を介した認知応答までを研究対象としており、分子から組織・個体に対して視機能という側面から、階層横断的解析を行います。網膜は哺乳類にとって唯一の光感受性器官です。「光」という入力刺激が視細胞で神経シグナルに変換され、神経節細胞を伝って脳へと出力(伝達)します。このように、入力刺激から出力刺激までの経路を辿りやすい網膜は、中枢神経系のシナプスを介した情報伝達のメカニズムを解析する格好のモデルといえます。本グループでは、川村グループから提供されたiPS細胞由来の網膜を用いて中枢神経系のシナプス形成分子機構を解明するとともに、色彩を捉えることに関与する錐体視細胞、物の形を捉えることに関与する双極細胞間のシナプスが形成される機構を分子レベルで解き明かします。次に、電気生理学的技術を使って細胞レベルから細胞間ネットワークまでを解析し、視覚機能を明らかにします。最後に実際に遺伝子改変マウスなどを使って視覚行動を分析し、収集したデータを数理モデル構築に役立てます。
最後に情報科学研究者が中心となった北野グループでは、細胞レベル、網膜回路レベル、そして認知レベルの3階層でモデルを構築。光を受容する入力部分の詳細な機構から中枢における視覚の特性について、医療などへの応用を可能にするシミュレーションモデル・評価基準の確立を目指します。まず細胞レベルでは、光に対する反応特性を捉える極めて高精度な光電位変換モデルを実現しようとしています。さらにそれを発展させ、エネルギー代謝や生体環境の維持も含めた網膜生理機能モデルを構築します。次に網膜回路レベルでは、主に時間成分を処理する「垂直方向」の情報伝達経路と空間成分を処理する「水平方向」の情報伝達経路のモデル化を実現します。北野グループでは、光信号を視細胞で神経信号に変換し、視細胞から双極細胞を経て神経節細胞へとつながる経路などの信号伝達特性を記述できる数理モデルを構築し、コンピュータ上に網膜神経回路シミュレーションモデルを確立します。さらに認知レベルでは、健常者あるいは眼疾患患者を対象に、視覚情報(光)の物理的特性と実際に人がどのように視覚情報を認識しているかといった認知レベルの特性の差異を定量化し、視環境評価指標を策定します。
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網膜内の電気生理応答を
パッチクランプ法により解析
網膜だけでなく、脳神経の再構築の足がかりに
将来は脳神経系の再生医療にも貢献したい
網膜機能を数理的に明らかにし、網膜神経回路のシミュレーションモデルを構築するということは、「網膜の設計図」を手に入れることを意味します。加えてiPS細胞によってリアルな網膜神経回路組織を再生する術を得ることで、将来は機能とコストの両面を鑑みた実用可能な再生網膜を開発し、眼疾患治療に役立つことができると期待しています。
加えて網膜機能の数理モデルは、網膜のみならず、脳を理解する大きな足がかりになります。脳などの中枢神経系はシナプスを介した「回路」を形成して初めて機能します。たとえiPS細胞によって各細胞を再生できたとしても、各細胞・組織間のつながりを理解し、正しく回路を形成できなければ、脳を再生することはできません。現在、世界で脳のメカニズムを解明しようとする研究が進んでいますが、日本はその先端から後れを取っているのが実情です。本研究プロジェクトは、その進展を後押しするとともに、脳神経系の損傷や疾患に向けた再生医療にも貢献するパイロットケースになり得ると考えています。
研究期間
2016年度〜2020年度
研究活動進捗・成果
本研究プロジェクトが目指す成果イメージ図