研究拠点Ⅳ 高齢者の健康増進と生き甲斐の追求「心の距離メータ」を用いた
サイバー/フィジカル空間における人間関係構築技術の開発

人の幸福と健康において、「人間関係の質」は最も重要な因子と言われます。人間関係構築の場は近年、フィジカル空間だけでなくサイバー空間にも拡がり、それをよりよい状態に保持すること(=最適化)の重要性はますます高まっています。本プロジェクトでは、これまで困難とされた、人と人の「心の距離」の計測と可視化に挑み、「心の距離メータ」を開発することを目指します。また、その指標から、個人や集団にとってよりよい「人間関係の質」を向上する技術を開発するとともに、その向上が心身の健康に及ぼす良い効果の解明を目指します。

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幸福と健康を左右する「人間関係の質」。
その最適化のため、「心の距離」の可視化に挑む。

「人間関係の質」は、幸福と健康の最も重要な因子と言われ、心の健康だけでなく身体の健康にも影響を及ぼすことが報告されています。人生100 年時代が到来し、肉体的・精神的健康や友人・家族との良好な関係といった無形の資産の大切さが指摘される中で、「人間関係の質」の重要性は、ますます増大していくでしょう。加えて、Society5.0 時代を迎え、またCOVID19による生活様式の劇的な変化も経て、人間関係構築の場は、フィジカル空間だけでなくインターネットなどのサイバー空間や、Web 会議やビデオ電話などフィジカルとサイバーの融合空間にまで広がっています。かつて経験したことのないダイナミクスとスピードで環境やコミュニケーションの様式が変化し、世界的にも孤独・孤立といった問題が大きくなっている中で、人を取り巻く環境を踏まえて人間関係を最適化する技術の開発と社会実装が急がれています。
しかしこれまでは、人間関係やそれに関連する心の状態を客観的に把握することは困難でした。
はたして、フィジカル空間(実空間)において、またサイバー空間において、「心の距離」の可視化は可能なのでしょうか。そしてそれを「人間関係の質」を最適化するための技術としてフィードバックすることは可能なのでしょうか。さらに、「人間関係の質」の、心身の健康への影響を正しく評価できるのでしょうか。
そうした問題意識と課題設定に対して、本プロジェクトでは、生体工学、情報科学、心理学、生命科学など幅広い分野の研究者が参加して、新学術領域の創成を試みます。フィジカル/サイバー空間において心の距離を可視化し、「人間関係の質」を最適化する技術として確立し、「人間関係の質」と心身の健康との関係を解明することを目指します。

心の距離を可視化する「心の距離メータ」を開発し、
人間関係の質を最適化する技術開発へとつなげる。

本プロジェクトでは4つのグループが互いに連携しながら研究を進めます。
まず岡田グループでは、フィジカル空間(実空間)において「心の距離」や「人間関係の質」を客観的に計測し、その可視化を試みます。カギとなるのは「自律神経」。心電図や呼吸数、発汗、行動量、血管収縮反応といった生体情報を計測するウエアラブルマルチセンサシステムを開発します。Web 会議など実空間とサイバー空間の融合空間においては、カメラに映った顔画像の解析による自律神経評価を応用し、非接触なセンシング手法で計測できる画像処理技術の開発に取り組みます。さらにサイバー空間における人間関係の可視化に取り組む西原グループの協力も得て、さまざまな生体情報を用いた「人間関係の状態モデル」を構築します。このモデルを「心の距離メータ」として用いることで人間関係の質を低下させる危険因子を同定し、人間関係の状態の改善予測を行うシステムの開発に挑みます。

岡田グループでは生体情報を計測するウエアラブルマルチセンサシステムの研究を進める。

岡田グループでは生体情報を計測するウエアラブルマルチセンサシステムの研究を進める。

西原グループは、サイバー空間における一対一の関係の「心の距離」を計測しようとしています。これまでに西原は、チャットツールでの会話の発言に含まれる単語や表現から,人間関係や価値観を推定することに成功しています。この知見を用いつつ、サイバー空間で用いられるテキスト、音声、動画などのコミュニケーションメディアの特徴量も活用し、「心の距離」を計測する手法を提案します。次いでこの手法を一対多の関係での「心の距離」の計測手法へと発展させ、サイバー空間における人間関係の可視化を試みます。

サイバー空間で取得したデータをもとに、他グループとディスカッションをする西原。

サイバー空間で取得したデータをもとに、他グループとディスカッションをする西原。

山浦グループは、組織心理学の観点から、フィジカル/サイバー空間において岡田・西原両グループが捉えた心の距離や人間関係に関する数々のデータに「意味づけ」を行います。岡田・西原グループが行う計測にも参加し、各種心理指標で構成したアンケート調査を実施。そこで得たデータと、先の2グループで開発された定量評価測定に基づくデータ、さらに最後の向グループで得られた身体的健康のデータを突き合わせて、各データに心理的・主観的意味づけを行い、解釈可能なものにします。加えて、個人および集団に対する「心の距離」計測結果の効果的なフィードバック法の開発にも取り組みます。計測によって「心の距離」を可視化できたとしても、それを本人にとって良い人間関係の改善につなげられなければ意味がありません。そこで岡田・西原グループの実験参加者への聞き取り調査やフィードバックに関する調査を実施。「心の距離メータ」の指標を踏まえ、いつ、どのような情報を、どのような頻度・形式で提供するかなど、対象者にとって有益かつ効果的なフィードバック内容を策定し、実証を試みます。

山浦グループは、岡田・西原グループが行う計測にも参加し、各データに心理的・主観的意味づけをおこなう。また、関係を変化させるフィードバック手法についても検討している。

山浦グループは、岡田・西原グループが行う計測にも参加し、各データに心理的・主観的意味づけをおこなう。また、関係を変化させるフィードバック手法についても検討している。

向グループは、生命科学的観点から、人間関係の質や心の状態の変化が身体の健康とどのように関係しているかを検討します。岡田・西原グループが計測したフィジカル・サイバー両空間および融合空間における人間関係と心の状態の客観的・定量的なデータと、身体の健康状態との関係性を明らかにします。まず呼吸数や心拍数、心電、血圧や血糖値など生活習慣病に関わる因子に加えて、心的ストレスによって過食や栄養過多に陥りやすくなることから栄養調査も適宜実施し、総合的かつ網羅的に健康状態の変化を把握します。それらと人間関係、および心の状態の計測データとの関係性を明らかにし、バイオマーカーによる健康指標を開発します。いずれは山浦グループで開発されたフィードバック手法によって人間関係が良好に変化した場合、健康状態も良くなることを実証し、人間関係の質の向上をサポートするシステムの実現を生命科学の観点からの強固なエビデンスで後押しします。

「心の距離」がますます重要になる今後の社会へ向け、
多様な分野の幅広い世代の人々と研究を進める。

本プロジェクトには、幅広い世代の多数の人々が参加します。研究者では若手研究者、とりわけ女性研究者の積極的な登用を想定しています。多様な分野で活躍する女性研究者のキャリアパスを後押しし、それを広く発信していきます。企業や自治体との連携、共同研究も行います。企業で働く人々の心の健康を調査したり、離島と本土の人々との「心の距離」を測定、距離を縮めるための調査研究を行っていきます。また、小・中・高校生から大学院生まで、男女関わらず若い世代が調査研究に参加します。たとえば、小学校で「自律神経ってなに? 自分の身体の心の調節機能を知ろう」という体育と理科を融合させた授業で、児童にウエアラブルデバイスを着用した実験をしてもらったり、日本、タイ、インドネシアの高校生にweb会議ツールを用いてサイバー空間での「心の距離」を計測するワークショップに参加してもらったりしています。それらは調査研究の機会になると同時に、若い世代に研究者を志望する風土を醸成する役割も果たします。
「心の距離メータ」は現在、β版を開発済で、さまざまな調査、検証を重ねています。「心の距離メータ」により人間関係を客観的に可視化する技術、またそれを用いて人間関係を最適化する技術の必要性は、今後の社会において、ますます重要になると考えられます。本プロジェクトによる研究成果が、人々の人間関係の質の向上、ひいては幸福と健康に寄与するよう研究を推進していきます。

  • 小学校で、ウエアラブルデバイスを着けてお互いの心拍数を見せ合いながら「ダウト」というトランプゲームを行う実験教室。ダウト(うそ)をつく前に心拍が上がってしまって、カードを出す前にダウト!と言われてしまうシーンも、、、。

    小学校で、ウエアラブルデバイスを着けてお互いの心拍数を見せ合いながら「ダウト」というトランプゲームを行う実験教室。ダウト(うそ)をつく前に心拍が上がってしまって、カードを出す前にダウト!と言われてしまうシーンも。

  • 立命館高校とBudi Mulia Dua Senior High School, Indonesia、Mahidol Wittayanusorn School, Thailand の高校2年生が参加した共同国際ワークショツプ 「How to use Mind Tech」2022年度はグループリーダの西原を中心にR-GIROの若手研究員が中心となって運営した。 若者と研究者とのこころの距離が近づいたかも!?

    立命館高校とBudi Mulia Dua Senior High School, Indonesia、Mahidol Wittayanusorn School, Thailand の高校2年生が参加した共同国際ワークショップ「How to use Mind Tech」2022年度はグループリーダーの西原を中心にR-GIROの若手研究員が中心となって運営した。研究を通じて、世界の若者と研究者との「心の距離」が近づいた。