研究拠点Ⅰ 地球の自然環境の復元気候変動に対応する
生命圏科学の基盤創生

人類が経験したことがないほどの激しい気候変動、すなわち「暴れる気候」が日常化しつつある地球においては、今後解決すべき課題が山積しており、それらの解決は従来の学術領域の枠組みだけでは困難です。本プロジェクトでは、今後100年間に対応すべき重要課題を「100年課題」と名づけ、それらに立ち向かうために、新たな学術領域、科学技術基盤を構築しようとしています。多様な分野の研究者が参画し、「気候変動対応生命圏科学」を創出に挑みます。

Leaders

MOVIE

人類が、今後100年間に対応すべき重要課題に立ち向かうには、
新たな学術領域の構築が不可欠。

ここ1万年は、これまでの地球の気候変動の歴史においては珍しく穏やかな気候が続き、その間に人類の文明・農耕は生まれ、発展したとされています。しかし今、人類は、ゆっくりと進む温暖化などではなく、おそらく文明を持って以来経験したことがないほど激しい気候変動に直面しています。グループ1内でチームリーダーを務める中川毅はこれを「暴れる気候」と名づけました。
「暴れる気候」が文明・農耕に与える影響の解析と、それらに対する緩和策・適応策については 、すでにIPCCをはじめとする国際的な取り組みが進められており、国連でもSDGsが採択されています。SDGs で示された開発目標は実にわかりやすいものですが、いざ個々の開発目標に取り組もうとすると、従来の学術領域の枠組みだけでは達成困難なものがほとんどであることに気づかされます。 地球規模の諸課題は、分野を超えて複雑で予測困難な状態に絡み合っており、既存の学術領域だけではとうてい立ち向かえません。今後100年間に対応すべき重要課題を解決するためには、新たな学術領域を構築する必要があるのです。
そこで、本研究プロジェクトは、そうした「100年課題」に対して、農業、食料、植林・森林、木材生産、CO2吸収、バイオエネルギー作物、自然環境保全、気候変動、生物多様性保全というキーワードを設定。植物科学、農学、微生物学、古気候学、農業経済学、国際法学など多様な分野を結集して、これらの課題に取り組み、新学術領域「気候変動対応生命圏科学」を創生しようとしています。

広範な学術分野を包括する新学術領域
「気候変動対応生命圏科学」を創生し、「100 年課題」に挑む。

本プロジェクトが創生に取り組む「気候変動対応生命圏科学」は、気候変動対策における科学技術と経済社会、国際法・政策に関わる広範な学術分野を包括する、これまでにない学術領域です。分子から微生物、人の営み、生態系までマルチスケールの階層構造として「生命圏」を捉え、太古から未来に至る時間軸でそれらの相互作用を解明するとともに、広範な分野にまたがって重要課題を解決する基盤の構築を目指します。
本プロジェクトには、それぞれの専門分野の第一線で世界とわたり合う研究実績を持つメンバーが参画し、以下の5つのグループを構成して、異文化間で得られる学術知見を循環させ、課題解決に向けてそれを高度化・精緻化させることを目指します。

グループ1は長谷川がリーダーを務め、シミュレーションも活用したマクロな視点から、国際社会で掲げられた野心的な温室効果ガス排出削減目標を達成するために必要な施策や、それらに整合する社会発展や変革などを明らかにします。
グループ内では3つのチームが活動。チーム1では、持続可能な農林業・森林管理・土地利用と、それに求められる人々の行動変化施策を、「世界応用一般均衡モデル」や「世界土地利用分配モデル」などのシミュレーションモデルを用いて示します。チーム2では古気候学から、日本の水月湖、およびメキシコのサン・クラウディオ湖にて採取した年縞堆積物の分析を通して、過去の気候変動と農耕・文明の関係性を解析します。チーム3では、気候変動や生物多様性保全に関する多国間環境協定を分析。科学的知見がどのように組み込まれ、条約実施に影響を及ぼしているかを検証します。
グループではこれらの成果を総動員し、今後100年間に人類がとるべき諸施策の提示を目指します。

長谷川らは、世界の土地利用のシミュレーションモデルを用いて、温室効果ガス排出削減目標と整合する持続可能な農林業・森林管理・土地利用と、それに求められる人々の行動変化や施策を研究する。

長谷川らは、世界の土地利用のシミュレーションモデルを用いて、温室効果ガス排出削減目標と整合する持続可能な農林業・森林管理・土地利用と、それに求められる人々の行動変化や施策を研究する。

グループ2は、石水がリーダーを務め、人類が今後の気候変動によって、それまで得られていた作物やエネルギー資源になる植物を十分に得られなくなる、という問題に対する研究をおこないます。植物成長の分子的理解、植物のストレス応答の分子的理解という2つのアプローチから、気候変動のストレスに対応できる資源植物の育成技術を開発することを目標とします。
植物成長が起こる細胞では細胞壁成分のペクチンが盛んに合成されますが、ペクチンの生合成の全貌は掴めておらず、植物がどのように生体分子を合成しながら成長するのか、分子的理解は進んでいません。本グループでは細胞壁多糖ペクチン合成酵素を解析するとともに、酵素を含むタンパク質複合体を同定し、細胞壁多糖ペクチンの分子機構を理解しようとします。
加えて、植物は、霜、干ばつ、熱、凍結といったさまざまなストレスに応答して、特化代謝物であるフラボノイド配糖体を生産することが知られています。その生合成に関わる酵素の遺伝子を同定し、ストレス応答機構を解明しようとします。
これらの研究により、気候変動下における資源植物の育成技術の開発を目指していきます。

グループ3は松村がリーダーを務め、気候変動によって大気中のCO2濃度が高まる将来を想定し、「高CO2環境」に適応できる作物の開発とその分子メカニズムの解明に取り組みます。松村らは、これまでにCO2濃縮機構を持つC4植物の酵素をイネに導入。遺伝子組み換えによって高CO2環境下で高い光合成効率を発揮するイネを開発し、超精密構造解析によってその分子メカニズムを解明することに成功しています。この知見を活用し、高CO2環境に適応する作物の作出を試みるとともに、C4植物のCO2濃縮メカニズムの解明に挑みます。また長谷川グループの気候変動シミュレーションの知見を導入して50年後のCO2濃度を推定することで、より未来の環境に適応可能性の高い作物の開発を目指します。 さらに、今後の温暖化を想定すると、高温環境に適応している熱帯植物の研究も進められるべきです。そこで本グループでは熱帯植物を分子レベルで解明する研究も進めています。

グループ4は、三原がリーダーを務め、気候変動によって想定される環境中における「微生物の生存戦略」および「植物と病原体(ウイルス・病原細菌)の生存戦略」の2つの観点から研究を進めます。
まず応用微生物学を専門とするチーム1は、灼熱、極寒、乾燥、無酸素といった地球上のあらゆる環境に適応しながら棲息している微生物に焦点を当てます。未解明の微生物の代謝系を解明することで、多様な環境における微生物の生存戦略を研究します。また、微生物の代謝を制御することで、大気中への代謝産物の放出・吸収のコントロールが可能になれば、気候変動を抑えられる可能性が生まれます(たとえばCO2排出では、微生物による土壌からの CO2排出の総量は人間活動によって排出される総量の約 7 倍と考えられています)。そこで、微生物代謝作用を活用した新規の気候変動緩和策の提示を目指した研究もおこないます。

三原らは、厳しい環境に生きる微生物の代謝作用を研究し、気候変動下での生存戦略を明らかにしようとする。

三原らは、厳しい環境に生きる微生物の代謝作用を研究し、気候変動下での生存戦略を明らかにしようとする。

植物病理学を専門とするチーム2では、環境変化による植物と病原体のせめぎ合いを明らかにしようとしています。日本でも温暖化により従来存在しなかった病原体による新たな病害が発生しており、今後の農業への影響が懸念されています。温度や湿度の変化と病原性の関係を分子レベルで明らかにできれば、気候変動下での病害対策に役立てることができます。さらに、ゲノム編集を利用してウイルスや細菌に抵抗性を持った品種を作出することにも挑みます。

グループ5は、深尾がリーダーを務め、農業技術を研究します。農作物の収量は生育環境に大きく影響されますが、長期的な視点に立てば、近年の温暖化に対応すればよいだけではなく、さまざまな環境変化において持続的に作物を生育させるための農業技術の確立が求められます。
まずは、農作物の環境変動耐性を高めることを目指します。農作物が本来備えている頑健性を引き出すため、木炭を製造する際に副産物として得られる木酢液を活用し、作物の収量向上や安定化を試みます。2つめに、さまざまな環境下で作物栽培を可能にする「異科接ぎ木技術」を研究します。接ぎ木は本来同じ科の植物でのみ成立すると考えられてきましたが、タバコ属植物はこれまで試験されたすべての植物と「異科接ぎ木」が可能であることが示されています。タバコの持つ異科接ぎ木の能力を解明するとともに、それを活用して多様な環境で農作物の収穫を可能にする異科接ぎ木の実現を目指します。3つめに、気候変動と植物のミネラル吸収の相関を研究します。 植物の生育は土壌中のミネラルに左右されますが、土壌中に十分なミネラルがあっても温度変化によって生育阻害を受ける場合があります。そこで、高温または低温下における植物のミネラル吸収効率を測定し、生育や病害抵抗性との相関を明らかにすることを目指します。

他に類を見ない異分野結集型研究拠点として、
未来を見据えた研究をおこない、世界規模の研究拠点を目指す。

本プロジェクトの研究者たちは、マクロ・メゾ・ミクロの視点から多角的に課題に取り組み、各々の専門テーマを掲げながらも、グループやチームの垣根を超えて繋がります。グループ1 は 主として「マクロ視点」から気候変動を研究し、その専門性と研究アプローチは環境都市工学、経済学、古気候学、国際法学など多様です。グループ2〜4は、主として「ミクロ視点」の生命科学を得意とする技術基盤創出グループであり、グループ5は社会実装に近い農家・企業との「メゾ視点」のフィールド実証実験を行います。各グループとチームの研究目標と、研究の対象である「100 年課題」との関係を見ると、蜘蛛の巣のように複雑に絡み合った図となります(下図)。
このように、「気候変動対応生命圏科学」研究構想は、異分野結集により広範な重要課題を解決する基盤を構築するものであり、国内外の既存の研究フレームに簡単に位置付けられるものではありません。新たな学術的価値を創出することに重きを置いて、未来を見据えた研究をおこなうことで、優れた研究成果を発信し、国内外のトップクラスの研究者を巻き込んで土台を構築することを当面の目標としています。それにより、世界規模で、幅広い分野の学術、経済、政治、社会生活などに大きな波及効果を与えるような研究拠点を形成することを目指していきます。

News&Topics

  • ALL
  • TOPICS
  • MEDIA
  • AWARD
  • RECRUIT
投稿がありません。
投稿がありません。