- プロジェクトリーダー
- 生命科学部生物工学科 三原 久明 教授 (写真 中央)
- グループリーダー
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- 生命科学部生物工学科 石水 毅 准教授(写真 左)
- 生命科学部生物工学科 竹田 篤史 准教授(写真 左中)
- 生命科学部生物工学科 松村 浩由 教授(写真 右中)
- 生命科学部生命情報学科 深尾 陽一朗 准教授(写真 右)
90億人の食を支える「気候変動に強い」次世代農業を創造する
農作物育成に関わる生命現象を解明し
人類の食を持続的に支える農業に資する技術開発を目指す
地球温暖化や気象異常などの気候変動は今、農作物の生育や収穫量に大きな影響を及ぼしています。2050年に世界人口は90億人に達すると予測されており、こうした気候変動の影響に対する懸念が高まる中で、人類を支えるための食とエネルギーをいかに持続的に確保していくかが大きな課題となっています。それに対して一つの解を提供しようとするのが、本研究プロジェクトです。本研究プロジェクトでは、今後も予測困難な気候変動に対応し、人口90億人時代の食とエネルギーを安定的かつ永続的に支えることのできる「気候変動対応型農業」の創造に寄与することを目指しています。その足がかりとして、将来必要となるアグリバイオ技術を予測し、農作物育成に関わる生命現象の解明に根ざした新技術を開発し、持続可能なかたちで社会に受け入れられる道筋をつけることに取り組んでいます。
微生物の働きや植物の分子構造を探究し
植物の成長促進、ストレス耐性、病害耐性の付与に役立てる
研究にあたっては、植物の成長に関わる植物生化学、植物の免疫に関わる植物病理学、植物の分子・原子レベルでの働きに関わる植物構造生物学といった視点の異なる3つの植物科学分野に加え、植物に影響を及ぼす微生物に焦点を当てる応用微生物学、さらには情報科学を用いて植物の解析を行う植物情報学を結集させ、学融合で新技術の開発に挑みます。
まず応用微生物学を専門とする三原グループでは、微生物の植物への多様な作用に着目し、農作物育成における「正の作用の増強」(成長促進)、および農作物育成における「負の作用の軽減」(耐病性、耐ストレス性の付与)の両面に役立つ研究および技術開発を進めています。
土壌微生物の働きに関する既存研究の多くは、土壌に落ちた枯葉などの有機物を分解して無機物に変えることで土壌を肥沃にするなど、土壌環境における植物への間接的な作用の究明に終始してきました。ところが近年、微生物が植物に直接的にも作用することが明らかになってきました。そこで本グループでは、微生物と植物の間のコミュニケーションにリジンやピペコリン酸といったアミノ酸が関与する可能性があることに着目。D-アミノ酸やピペコリン酸の代謝を基軸とした微生物-植物間コミュニケーションの機構を解明し、その成果を植物の成長促進や、病原菌・ストレスに対する耐性を付与する技術開発に応用します。
また微生物が土中金属の代謝に影響を及ぼすことにも注目し、金属代謝機構と植物への作用の詳細を解明しようとしています。希土類元素(レアアース)の植物への作用を研究する石水グループと連携し、研究成果を植物成長促進に応用することを目指します。さらに安全で環境負荷の少ない新たな微生物農薬を開発し、植物の耐病性付与へも応用したいと考えています。
続く石水グループでは、植物の成長促進のメカニズムを分子レベルで解明し、それをもとに成長促進技術を開発しようとしています。その一つとして石水が確立してきた糖鎖解析技術を背景に、植物成長に直接関係する細胞壁多糖の合成に関わる酵素を探索しています。もう一つは植物成長に関わる外的要因として、希土類元素に着目しています。希土類元素を土壌に添加すると、植物の成長が促進されることを突き止め、植物成長を最大限促進するため、17種類ある希土類元素の中で安全で最も使用しやすく、効果の高い元素を探し当てようと取り組んでいます。また三原グループと連携し、微生物の金属代謝機構についての知見を参照しながら、このメカニズムの解明にも取り組みます。
竹田グループでは、植物成長を阻害する「負の作用の軽減」に取り組んでいます。ゲノム編集技術の登場によって、遺伝子組換え体扱いを受けない病害抵抗性植物の作出が可能になってきましたが、まだ越えなければならない壁があります。まず病原体ごとに感染機構を明らかにし、感染に必要な宿主因子を同定します。次に、対象とする植物種でゲノム編集を可能にする系を確立するため、ピーマンに感染するウィルスの感染機構と宿主因子を同定し、ゲノム編集によってそのウィルスが感染できないピーマンの作出を試みています。そして最後に、消費者に誤解されないよう安全性や制度、倫理などに関わる諸課題を整理し、正しい知識を地道に普及する必要があります。そのために国際法学の専門家も参画し、国際環境法や気候変動条約、生物多様性条約など国際社会の規範に則って普及を阻む障壁を取り除き、法的側面の理論を盤石なものとします。
4つめの松村グループでは、気温上昇など気候変動による環境ストレスに対応する耐性を植物に付与するための基礎研究を行っています。具体的には、高熱に強いトウモロコシなどのC4植物に着目し、その作用機構を分子レベルで解明しようとしています。その情報を基盤として、熱ストレスに強い植物の遺伝子の一部を導入したイネを作出し、熱ストレス耐性を高める実験を行います。同時に、砂漠の緑化に寄与するため、熱帯植物に有用産物を生産させる能力を付与することも試験します。熱帯植物であるトチュウは高温耐性を有していることから、砂漠の緑化に役立つ植物として注目されています。そして、トチュウは天然ゴムを蓄積しこれを利用する研究も進められています。しかし、トチュウが天然ゴムを蓄積する能力は高くなく、またその生合成メカニズムは未だに不明です。そこで本研究では、熱帯植物トチュウが、天然ゴムをどのような分子メカニズムで蓄積するかを原子・分子のレベルで解明します。さらに、それらの情報を元にして、天然ゴムを高生産する熱帯植物を作出する予定です。
最後に深尾グループでは、ビッグデータを活用して作物の増収につながる研究を進めています。その一つとしてイネ圃場から遺伝子発現データを収集してシミュレーション解析を行い、白未熟粒が発生する可能性の高い圃場を特定、米の品質と生産性向上につなげようとしています。またミネラルストレス耐性機構の解明として、亜鉛欠乏に応答する遺伝子を同定し、機能を解析することで、植物における包括的な亜鉛欠乏耐性機構を明らかにしようとしています。さらに大規模ケミカルライブラリーを活用して高温ストレスやミネラルストレスといった複合ストレスに強い化合物を探索。それを易分解する化合物に改変することで作物の収量増加を可能にするとともに、ストレス影響下での減収軽減法の確立も目指します。加えて、今後の気候変動が農作物の育成に与える影響をシミュレーション解析によって予測し、将来的な食料の生産性向上に寄与したいと考えています。
地球規模での気候変動を予測し
将来に必要とされる科学技術を模索する
各グループの基礎研究の成果をもとに、農家や企業とも連携し、社会実装可能な技術へと洗練していきます。加えて本研究プロジェクトが目を向けるのは、眼前の課題だけではありません。気候学の専門家が参画し、2050年、さらにその先の気候変動を予測し、地球規模での気候変動を見すえた上で将来に必要とされる科学技術を模索します。従来のように経験則に頼るのではなく、科学的裏付けに基づいて技術を開発し、気候変動や複雑に変容する社会情勢に直面しても、それに左右されない次世代アグリバイオ技術を創出したい。それは、「21世紀の農業革命」ともいうべきインパクトを与えるものとなるはずです。
研究期間
2016年度〜2020年度
研究活動進捗・成果
本研究プロジェクトが目指す成果イメージ図