プロジェクトリーダー
スポーツ健康科学部スポーツ健康科学科 塩澤 成弘 准教授 (写真 中央)
グループリーダー

視・聴・嗅覚を刺激して創り出す「運動したくなる」環境

自発的な運動の開始・継続を促すモデルを構築し
社会システムへの実装を目指す

少子高齢化が進展する現代、介護や医療にかかる負担増加を抑えるために健康寿命の延伸が喫緊の課題であることは多くの人が知るところです。こうした健康の維持・増進において運動や身体活動が重要であることもまた周知の通りですが、「運動は健康に良い」と多くの人が理解しているにも関わらず、実行に移せない人は少なくありません。しかし現代社会にはそうした人々の行動を変容させるプログラムや仕組みが十分整えられているとはいえないのが現状です。本研究プロジェクトでは、運動を強制することなく自発的に運動「したくなる」よう個人・小集団・コミュニティに意識・行動変容をもたらすというこれまでにないアプローチで、この現状を打開しようとしています。

人の「運動を始めたい」「続けたい」という感覚は個人の内部(体内)環境と外部(知覚)環境との相互作用に起因します。本研究プロジェクトでは、体内環境と知覚環境の制御による自発的な運動開始・継続のリファレンス・モデルを構築。健康行動としての運動の開始・継続を個人からコミュニティレベルまで各レベルで最適化し、最終的に社会システムとして実装することを目指しています。

知覚環境、身体環境、行動センシング、ICTの4グループで
運動開始・継続のメカニズムと誘起方法を探索する

研究にあたっては知覚環境、身体環境、行動センシング、そしてICTを用いたフィジカル・メンタルケアの4つのグループに分かれ、運動の開始・継続のメカニズムを解明するとともにその誘起方法や評価方法の確立に取り組みます。

まず知覚環境に焦点を当てる善本グループでは、視覚、聴覚、嗅覚に関わる知覚環境を制御し、この3つの感覚刺激によって自発的な運動と継続を実現しようとしています。グループメンバーはこれまでに嗅覚をセンシングして見える化する「嗅覚ディスプレイ技術」、音響を制御し「音のスポット」を作り出す音像技術、さらには光制御技術を用いた「メディア・エクスペリエンス」などの技術を蓄積してきました。本グループではこれらの技術を統合し、「知覚環境制御システム」について研究。光や音、香りなどの知覚環境を制御し、人の目・耳・鼻にマルチモーダルに働きかけて継続的な運動を誘導する非接触型のバーチャルリアリティ(VR)の開発を進めています。目標は個人・グループ単位の運動目的によって最適な感覚刺激を与えることのできる局所的な知覚統合VR環境、すなわち「運動を楽しむ固有スポット」を創造することです。さらに3つの感覚に加えて触覚(風)や温覚・冷覚(温度)、味覚などにも対象を広げ、非接触型VR技術の研究を進めます。最終的には空間デザインなどと統合し、社会実装することまでを視野に入れています。

続いて身体環境に着目する家光グループは、運動継続に関係する脳内ホルモンやサイトカインなどの生理活性物質を対象に分子生物学的な視座から運動継続を促進・評価する手法を研究しています。多くの人が運動を持続できない理由の一つとして、運動効果を得るのに時間がかかることが挙げられます。体外に見えるかたちで運動効果を実感するには数か月以上に及ぶ長期間の運動継続が必要ですが、多くの人はそれまでにモチベーションが低下し、ドロップアウトしてしまいます。もしより短期間・あるいは即時に現れる「体内で起こっている運動効果」を把握できれば、運動に対するモチベーションを維持しやすくなるはずです。また脳内で褒賞・報酬作用に関わる刺激を働かせることでも運動の実施・継続を促すことが可能です。そこで本グループでは、血液や唾液、糞尿といった人から比較的容易に採取できるサンプルから運動に対する行動変容をもたらしたり、運動効果を測るマーカーになり得るホルモンやペプチド、代謝産物、腸内細菌を網羅的に解析し、同定します。さらにこれらの成果をもとに体内の変化を指標として運動の誘導・継続の効果をモニタリングし、運動の誘導・継続を実現する効果的なシステムの確立につなげます。

3つめの健康行動センシングを研究する伊坂グループでは、ウェアラブルセンシング技術を用いて日常生活の行動・心理の変容を捉え、それを個人、小集団、コミュニティの各レベルで評価する方法を探索しています。健康行動をセンシングするデバイスとして、「文部科学省・革新的イノベーション創出プログラム事業」において立命館大学で共同開発中のスマートウェアをベースに、心拍数などの生体情報を計測するセンサを実装したスマートウェアの開発を進めています。このスマートウェアで計測した生体信号から行動や心理状態を定量的に評価するための計測項目を検討し、評価手法を確立。それを用いて生体信号と健康行動変容との関係を解明し、健康行動の最適化モデルの構築に生かします。

最後のフィジカル・メンタルヘルスケアを研究する李グループでは、ICTを駆使して「こころ」と「身体」の両面から健康をケアする手法と技術を開発しています。一つには、カウンセリングの電子カルテや近赤外線脳機能イメージング装置から得たデータをもとに「こころ」の状態変化を可視化する技術を開発し、ロボットとのインタラクションによって人のこころをケアするロボットセラピーシステムに生かすことを目指しています。もう一方では「身体」のヘルスケアに着目。コンピュータビジョンを用いて高齢者の生活を長期にわたってモニタリングして寝返りや起き上がりの支援、リハビリテーションなどの施術を定量的に評価し、ディープラーニングや機械学習による介護・看護の支援技術を開発しようとしています。こうしたロボットによる心身のヘルスケア支援技術の開発プロセスで獲得する画像処理技術やロボット技術、インタラクション技術を他の3グループの先端的研究に展開していきます。

分野を融合した新たな学術分野を創成するとともに
運動を活用した健康最適化社会の創造に貢献する

「少子高齢化に対応する生命力と創造性にあふれる人間共生型社会」を実現するには、健康寿命の延伸を基盤とした新たなソーシャルキャピタルの創造や地域コミュニティの活性化、さらに一人ひとりの個人に合わせた生活環境が必要です。その点においても本研究プロジェクトが掲げる「社会・地域・組織・個人など多様なレベルにあわせた健康行動継続」は極めて重要な意味を持ちます。本研究プロジェクトの成果は、社会技術としての運動を最大限活用して健康を実現する「健康最適化社会」の創造に大きく寄与するものとなるはずです。

加えて本研究プロジェクトの設置によって、スポーツ科学、生化学、音響学、空間学、デザイン学、香粧科学、心理学、経営学など他分野を横断・融合するこれまでにない研究が可能になりました。この革新的なプロジェクトを通じ、「感覚統合をコアとした健康行動継続学」という新たな学術分野の創成を目指していきます。

研究期間

2017年度〜2021年度

研究活動進捗・成果

本研究プロジェクトが目指す成果イメージ図

感覚統合をコアとした健康行動継続学の創成