プロジェクトリーダー
総合心理学部総合心理学科 若林 宏輔 准教授 (写真 左)
グループリーダー

人・社会との関係の「修復」を通じて更生・犯罪抑止・回復の道を探る

「修復的司法」の考え方を旗印に少子高齢社会に寄り添う
新たな司法・社会システムを創造する

少子高齢化の進展に伴って家族形態やライフスタイルはますます多様化する現代、これまで「当たり前」とされてきた一般的な人間像に基づく理論に支えられた社会基盤は大きく揺らごうとしています。しかし現行の司法・社会制度はそうした社会の急激な変化に追いついていないのが現状で、少子高齢社会のいわばマジョリティである高齢者とマイノリティである子どもの両方に適切に対応する新たな制度設計が急務となっています。本研究プロジェクトでは司法(法学・実務)を中心として心理学、政策科学、社会学、情報工学、医学、社会福祉学といった異なるディシプリンが融合し、現代の司法上の問題を解決し、公正な司法・社会システムの構築に貢献することを目標に掲げています。

異分野融合で取り組む本研究プロジェクトにおいて共通基盤としているのが「修復的司法」という考え方です。修復的司法とは、犯罪によって引き起こされた被害に関して、(犯罪)行為者(=犯罪等の加害行為をした人)、被害者とその他の人やコミュニティーとの間の関係修復を通して、行為者・被害者をはじめとする関係者回復と、行為者の更生や犯罪の抑止を促すという考え方です。従来の刑事司法手続は、犯罪に対して罰を与えるといった一時的かつ限定的な方法で対応してきました。この背景には「個人の行動に対する責任はすべて個人に帰す」という司法の人間観があります。しかし現実には、人は他者や社会との関係の中で行動を形成するものであり、行為者が精神的、社会的に、あるいは人間関係に問題を抱えているために罪を犯した場合、刑罰を科すだけでは必ずしも更生や再犯防止につながりません。福祉的な支援や周囲との人間関係の修復によって犯罪を未然に防いだり、行為者の再犯を防止できれば、結果的に被害の低減や被害者の救済にもつながります。そこで本研究プロジェクトでは、人間の行為責任を「関係」の中で捉え、「修復」という概念を旗印に「少子高齢社会に寄り添う新たな司法・社会システム」の創造を目指しています。

刑事、民事司法、および冤罪防止の取り組みに
修復的司法を適用する研究と実践を進める

研究は、日本での修復的司法理論の構築・展開を狙うグループと、刑事司法、民事司法の両領域から修復的なアプローチを検討する2つのグループとの3つに分かれて進めています。

まず森久グループでは、日本の司法領域に修復的司法理論を適用・展開していくことに取り組んでいます。森久はこれまで知的、精神、身体に障がいを持つ「処遇困難者」に対する修復的司法の有効性について検討し、日本の司法制度に修復的司法を適用するための理論的研究を深めてきました。本グループでは、これまでの理論研究の成果を裏付けに、修復的司法の日本社会への実装に挑んでいます。とくに少年犯罪に焦点を当て、非行少年の更生と社会復帰の支援に取り組むとともに、現在の日本の司法手続にどのように修復的司法を浸透させていくかを具体的に検討しています。また司法手続き段階のみならず、犯罪に繋がらないための福祉の在り方、さらには犯罪を起こした後の刑務所での処遇段階などにおいても行為者臨床と司法福祉の連携のあり方を模索します。将来的には修復的司法に基づいて社会実践に取り組む実務家や支援者の育成を支援するための方法論も確立したいと考えています。グループには犯罪学の専門家である森久をリーダーに、心理学、社会学などの研究者、さらには弁護士や保護観察官といった実務者も加わり、常に社会実装を見据えて研究に取り組みます。

続いて松本グループでは、もともと刑事司法領域で生まれた修復的司法を民事司法領域に展開しようとしています。少子高齢化という社会背景を鑑みて子どもと高齢者に力点を置き、主に「児童期の性的虐待被害の防止と回復」と「離婚後の子の福祉」、および「高齢者の消費者被害の防止と回復」をテーマに「被害の回復」を主眼としたケアと修復について検討し、具体的な提言を出すことを目標に据えています。民事司法領域ではこれまで修復的司法という考え方が取り上げられることはほとんどありませんでした。しかし児童期に受けた性的虐待被害に対し、後年加害者の損害賠償責任が認められるなどの判例が出てくるにあたって、従来のように性的虐待被害という一時的、限定的な一点のみを取り上げて損害賠償責任の有無を議論するのではなく、「時間的な流れ」の中でケアと修復を考えていく必要性が議論されるようになってきました。松本は、これまでPTSD被害などについて「時効の除斥期間」に関する研究を行ってきました。こうした研究を踏まえつつ、本グループでは被害を受けた人が「真に回復」するためには何が必要かを探ります。具体的には修復的司法の民事司法への展開が進んでいる韓国やドイツなどの先進事例を調査し、日本への応用可能性を考えます。また高齢者の消費者被害についても現実の事例を調査し、その効果と対策について検討を深めます。

3つ目の稲葉グループでは、より包括的な視点で現在の日本の刑事司法制度の根源的な問題を問い直そうとしています。具体的には冤罪被害に焦点を絞り、刑事司法の捜査手法や司法過程での意思決定のバイアス(偏り)を検討し、冤罪被害の原因を究明するとともに、冤罪を防ぐ司法・社会システムの開発を目指します。稲葉を中心に情報学の視点から取り調べ過程でのバイアス低減による冤罪防止の方策について探求するのもその一つです。取り調べでの供述の全体をコンピュータで俯瞰することにより、長期間に及ぶ取り調べ過程での「供述の不自然な変遷」を見つけ出し、強要による自白などを発見するシステムの開発を進めています。情報技術をはじめさまざまな手法を用いて冤罪被害を防ぐ科学的な鑑定や取調べの技術の向上にも貢献します。

またグループリーダーの稲葉が代表となって設立された「えん罪救済センター」は、冤罪救済と冤罪被害者支援の実践をスタートさせており、同センターの活動の一部は本プロジェクトの活動と連携しています。今後は、アメリカを中心に世界的な広がりを見せている「イノセンス・プロジェクト」とそのネットワークを通じて、各国の冤罪防止の取り組みの事例について調査を進めます。

新しい司法・社会システムを実践する
若い研究者・実務家の育成にも貢献したい

本研究プロジェクトの最終目標は、実際に司法や社会に実装することを通じて日本の司法・社会システムの改革を実現することです。そのためには司法・社会制度への実装、その後の実践を担う研究者や実務家の育成が欠かせません。複数のディシプリンが融合し、司法上の多様な問題に取り組む本研究プロジェクトは、これからの新しい司法を実践する若手人材の育成にも大きく貢献できると考えています。

研究期間

2016年度〜2020年度

研究活動進捗・成果

本研究プロジェクトが目指す成果イメージ図

修復的司法観による少子高齢化社会に寄り添う法・社会システムの再構築イメージ図

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