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プロジェクトリーダー
文学部日本史研究学域 矢野 健一 教授 (写真 右)
グループリーダー

1万年を超える歴史から現代の人口問題に迫る

1万年以上の長期におよぶ人口動態を捉え
人口が安定化する今後の世界の社会モデルを構築する

今世界は少子高齢化という過去に経験したことのない事態にあって、さまざまな問題に直面しています。その中でも特筆すべきものの一つが人口問題です。少子高齢化に伴って日本ではかつてないほど人口減少が進んでいる一方で、地球レベルでは人口爆発が問題となっています。この圧倒的なずれを前に今後世界はどのように人口にまつわる問題を解決していけばいいのか、いまだ答えは見えていません。こうした問いに対し、歴史の中にそのヒントを見出そうとするのが本研究プロジェクトです。

現代の人口問題は科学の発展に依拠してきた近代そのものの行き詰まりともいえます。それに対し、本研究プロジェクトでは今こそ近代的な思考を超えた解決方法が必要だと考え、人口増加が急速に進む以前の社会に視線を向けています。文明論的視点から1万年以上にわたる長期におよぶ人口動態を捉え、人口変動に伴う生活や社会の変化を分析し、環境や災害との関係を考察。その成果から今後世界で人口が増加せずに減少化・安定化していく中で、将来にわたって持続し得る社会モデルを構築しようとしています。

考古学から文化人類学、地理学まで分野をまたぐ
総合的な研究で日本・世界の人口動態の歴史をひも解く

この研究は環境考古学・文化人類学・考古学・災害地理学の各分野からアプローチし、4分野にまたがる総合的な学術研究を行います。

環境考古学的研究を担う安田グループでは、日本各地や中南米を中心とする環太平洋地域で採取した年縞堆積物の分析から生態系の変化とその影響を明らかにします。安田を中心としたメンバーは、福井県の水月湖の湖底からミクロン単位で積み重なった堆積層「年縞」を発見しました。この年縞の各層に含まれる花粉や珪藻などの微小な残存物を分析することで、過去の気候変動や地震・洪水などの災害を含めた環境変化を年単位・季節単位で捉えることが可能になりました。本グループでは水月湖の他、秋田県の目潟、青森県小田原湖、さらにフィールドを環太平洋地域に広げ、コロンビアのグアタビータ湖、グアテマラのセイバル遺跡の湖沼、ボリビア・ペルー、バリ島などで年縞を採取。コア断面の高解像度デジタル画像を用いて微細堆積物の構造解析を行い、環境変動の指標となるデータを同定するとともに、堆積物中の残存DNAを解析することで水域に生息していた生物を推定し、動植物の繁栄と衰退も詳らかにします。こうした解析から環境変動が日本の人口変動や、環太平洋地域の文明の興亡、生物の繁栄・全滅にどのような影響を与えたかを解明します。こうした研究成果をもとに自然を一方的に収奪することで繁栄してきた欧米型文明に疑義を投げかけ、生物多様性を維持しながら人間と自然が共存し得る「持続型社会モデル」の構築を目指します。

次いで渡辺グループでは、文化人類学の視角から人口の変化が社会に及ぼす影響を検討しています。その際、重要な指針としているのが20世紀の人類学者レヴィ=ストロースの研究成果です。レヴィ=ストロースはすでに1950年代から人口増幅とそれに伴う諸問題の発生に対して問題意識を持ち、婚姻形態の研究を通じて人口動態が人間の社会関係にもたらす影響などについて議論していました。本グループでは、こうしたレヴィ=ストロースの婚姻や親族関係をめぐる構造分析の成果を検討します。またフィールド調査を実施し、非都市小規模社会において社会的要因や気候変動によって社会生活がどのように変化し、また居住地の移動など人口動態がどのように変容するかも明らかにします。中南米地域の先住民やカナダ先住民など小規模社会の民族誌から記述を集め、現代社会とは異なる価値観で文明を維持していた社会からマクロな世界文明の在り様を読み解き、人口安定型社会の構築に寄与するヒントを見出したいと考えています。

続いて考古学の視点で研究を行う矢野グループでは、矢野の保有する「遺跡データベース」を軸に長期的な人口安定社会の人口動態を分析します。矢野は縄文時代の遺跡数などをまとめた「遺跡データベース」の構築を進めており、これまでに近畿2府4県と三重・愛知・岐阜・福井の4県あわせて10府県の縄文遺跡データベースを完成させています。この遺跡データベースを拡張して日本列島の人口の変動期と安定期の居住形態や資源利用、祭祀儀礼などを比較し、人口変動と資源量や社会組織との関係性を明らかにします。中でも1万年以上も基本的に同一文化を維持した縄文時代から弥生時代までに焦点を当て、日本列島の人口とその増減、および人口移動の実態を分析します。これほど長きにわたって同一文化が継続する例は世界的にも皆無であり、稀有な研究データを得られると期待しています。加えて、1万年を超える人口変化を把握する試みそのものが他に例を見ません。世界的にも貴重な人口動態研究として、考古学のみならず人口学および人口に関係する諸分野にも大きな影響を与える学術的成果になるはずです。「遺跡データベース」の拡充も進め、旧石器時代から弥生時代までの約3万年に及ぶ日本列島の人口変動の解明も目指します。

最後に高橋グループは、災害地理学から人口動態に及ぼす環境変化と災害の影響について研究しています。安田・矢野両グループの年縞分析結果や遺跡データベースを活用して過去1万年間の気候変動および地震・津波、火山噴火、洪水などによる自然災害の歴史をたどるとともに、それが人口動態に及ぼした影響を明らかにします。もう一方で、日本および環太平洋地域における災害発生のメカニズムを解明し、被害を減じる方策を探究しています。これまでに高橋は、自然変動がもたらす災害の大小には居住場所や生活人口が関係することを突き止めています。すなわち人口増加に伴って、自然変動に対して脆弱な場所にも人が住むようになり、それが災害時の被害を大きくしているということです。本グループでは、自然災害の多い日本各地や環太平洋地域に残されている自然変動に対する「民族知」を再考し、現代の土地利用形態や生活人口などとの関わりを分析することで、自然変動を災害にしない、あるいは被害を減じる手だてを検討し、情報発信していきます。

現代の人口問題に新たな切り口で迫り
今後の社会のあるべきモデルを構築・提唱したい

4分野の研究を通じて現代の人口問題に新たな切り口で迫ることで、今後の世界にとって根本指針となり得る「持続型社会」の優位性と危険性を明らかにし、今後の社会のあるべき理念型モデルを構築・提唱することが最終目標です。

それに加え、1万年以上にわたる長期的な視点から「今」を捉える画期的な研究を通じて、人文社会学的分野、自然科学的分野の両方に寄与する大きな学術的な成果を生み出したいと考えています。

研究期間

2017年度〜2021年度

研究活動進捗・成果

本研究プロジェクトが目指す成果イメージ図

長期的人口分析に基づく持続型社会モデルの研究拠点

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