人に寄り添う技術のあり方を探求する
― 高齢者のウェルビーイングの向上にどのように貢献できるか ―
R-GIROで行っている研究をおしえてください。
高齢者の社会的な孤独が問題となっています。孤独や認知症の周辺症状の解消のためには、他者との交流が重要となりますが、人手不足により対処が難しい状況です。この社会課題を解決すべく大規模言語モデルを用いた生成AIを活用したシステムも出てきています。しかし、高齢者には特有の課題や特徴があり、これらの技術を単純に高齢者に適用することはできません。
私たちは、カウンセリグの臨場感を再現するメタバース空間の中で、高齢者がポジティブに他者(対話エージェント)と交流ができる環境づくりを目指しています。そのために、高齢者の認知プロセスをモデル化した認知モデルの作成、高齢者に即した(e.g., ネガティブな記憶を想起しづらい)心理療法を取り入れるなど、一人ひとりに対応した応答を生成するシステムを作っています。
実験室実験による実証を踏まえ、社会実装に向けたフィールド実験を行い、高齢者のメンタルヘルスを自律的に支援するメタバース空間を活用した傾聴エージェントによる心理療法を確立するため、有効性の検証を行っています。
カウンセリグの臨場感を再現するメタバース空間
研究のフレームワーク
研究のおもしろさは何ですか。
私の研究のおもしろさは、心理学や情報学の知見を組み合わせることで学術的に裏付けられた新しい支援方法を生み出せる点にあります。近年、生成AIなどの技術が注目されていますが、人の「心」を心理学や認知科学の視点から深く理解し、その知見をもとに学習支援やメンタルヘルス支援に応用することは今後ますます重要になると感じています。発展する情報技術をただ利用するだけでは有用な支援のあり方を十分に検討することができず、的確な効果が得られない可能性があります。そうした中で、科学的な根拠に基づく支援を設計することにやりがいを感じています。また、人の心を少しずつでも解き明かし、時に予想外の結果が得られること自体が研究を続けるうえでの大きなモチベーションになっています。
研究についてのポスターセッション
異分野融合研究をどう思いますか。
高齢者のメンタルヘルス支援を研究する上では、心理学で得られた知見をいかに情報学の技術に応用し、実装するかが重要となります。その過程では、情報学を専門とする先生方や臨床心理士の先生方と連携し、それぞれの視点を取り入れることでより実践的かつ効果的な支援方法の設計が可能になると実感しています。一方で、異分野間での連携には背景や専門用語の違いがあり、自身の専門知識を他分野の研究者にわかりやすく伝えることに苦労する場面も少なくありません。しかしその過程を通じて自分自身の理解を深め直すことができ、結果的に研究の質が向上するというメリットも得られました。また、異なる分野の視点からのアドバイスによって自分一人では気づけなかった課題に気づき、新たな解決の糸口を得られたことも異分野融合の大きな意義だと感じています。
(取材:2025年7月)