「ひらく、ミライの扉」

こころと身体のつながりを科学的に理解する
― 糖尿病の新たな予防・治療を目指して ―

Key04
古谷
古谷 太志
FURUYA FUTOSHI
立命館グローバル・イノベーション研究機構 専門研究員
専門分野
栄養学、健康科学, 分子生物学 (キーワード:肝臓・代謝・栄養)

R-GIROで行っている研究をおしえてください。

私の研究では、「ストレスが血糖値にどのような影響を与えるのか」をテーマにしています。日常生活の中で感じる精神的なストレスが、血糖値の上昇や肥満・糖尿病のリスクだけでなく、うつ病の発症やQOL(生活の質)の低下にも関係していることが分かってきました。しかし、そのしくみはまだ十分に解明されていません。私は動物実験や生理学的な解析を通じて、ストレスが体の中でどのようにホルモンや神経を変化させ、それが血糖値のコントロールや情動・行動にどう関与するかを調べています。
ストレスと血糖値の関係がより明らかになれば、「こころのケア」が糖尿病などの生活習慣病の予防や治療に取り入れられる時代が来るかもしれません。現在の医療では、食事や運動、薬物療法が中心ですが、それに加えてストレスの状態を把握し、個人に合わせた対応ができれば、より効果的な健康管理が可能になります。将来的には、ストレスに反応する体内の変化をもとに、病気のリスクを早期に察知できる仕組みや、メンタルと身体の状態を統合して管理する新しい医療システムの開発につなげることを目指しています。

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「こころのケア」を取り入れた新しい糖尿病の予防・治療戦略
— 現在の治療(食事・運動・薬)に加え、メンタルヘルスへの介入が将来的な糖尿病管理の重要な柱となることを目指す。

研究のおもしろさは何ですか。

ストレスという身近な心の状態が、血糖値のような体の反応にまで深く影響しているという点に、この研究の面白さがあります。たとえば、同じ食事や運動をしていても、ストレスの状態によって血糖値の変化が違ってくることがあります。実験結果は、友人との会話が初対面との会話よりも糖負荷後の血糖値上昇を抑制することを示しており、この時、ストレスマーカーである唾液中のコルチゾールも初対面との会話で上昇していました。このことから、家族や友人と食事をとることで食後血糖値の上昇を抑えられることが期待できます。このように、心と体が密接につながっていることを科学的に解き明かしていく過程に、大きな魅力を感じています。また、糖尿病などの生活習慣病は多くの人に関係する課題です。ストレスの仕組みを知ることで、新たな予防法や治療法につながる可能性があるという期待が、研究を続ける大きなモチベーションになっています。

研究者を志したエピソードを教えてください。

家族に糖尿病患者がいたことから、病気のしくみや治療法に自然と関心を持つようになりました。大学では有機化学を学び、薬の構造や化学反応に魅力を感じましたが、「なぜこの薬が効くのか」「どんな患者に必要なのか」といった医学的な問いが常に頭の中にありました。製薬企業で働く中で、薬の開発と実際の疾患メカニズムとの距離を実感し、より深く病気そのものを理解したいと思うようになりました。そこで思い切って医学部の大学院に進学し、糖尿病の研究を始めました。研究者として、「病気を分子レベルで解き明かし、実際の治療に役立てたい」という思いは、今も変わらない原動力です。

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研究についてのポスターセッション

異分野融合研究をどう思いますか。

理工学、心理学や情報理工学など異なる分野の研究者との交流は、生理学系の研究者である私にとって多くの刺激になっています。特に、意見交換を通じて、「ストレスをどう定量的に評価するか」、という視点が大きく変わりました。従来は主観的なアンケート調査が中心でしたが、心拍センサによる生体信号を用いてストレス状態を評価する手法は自分の研究にも応用できる可能性を感じています。異なる専門用語や研究手法に最初は戸惑うこともありましたが、それぞれの強みを活かすことで、新たな切り口や仮説が生まれるのが異分野融合の大きな魅力だと実感しています。

ストレスと代謝の研究は、医療にとどまらず、働き方や心の健康、社会のあり方にも関わるテーマです。だからこそ、異分野や実社会との関係を大切にしながら、幅広い視点で研究を進めていきたいと考えています。私自身、基礎研究から企業勤務、そして再び学問の世界へと遠回りしてきましたが、その経験が今の研究の幅や深さにつながっています。たとえ回り道に思えることでも、その時々で「なぜ?」を大事にしながら、一歩ずつ積み重ねていきたいと思います。すべての経験が、未来の自分の力になります。

(取材:2025年7月)