1滴の体液から未来の健康を先取りする
― 心血管疾患予防の新たな可能性 ―
R-GIROで行っている研究をおしえてください。
私の研究テーマは「運動・栄養による生活習慣病改善のバイオマーカー探索」です。特に、世界で最も多くの人の死因である心血管疾患(心臓や血管の病気)に着目しています。運動習慣やバランスのよい食事が心血管疾患のリスクを下げることはよく知られていますが、「なぜそれが体に良いのか?」という仕組みについては、まだはっきりと分かっていません。そこで私は、ヒト・動物・細胞を対象に、運動や栄養がどのようにして心血管疾患リスクを低下させるかを分子レベルで調べています。その結果、血管の働きを調節するapelinやadropinといったホルモンが運動により早期に変化し、それが将来的な心血管疾患リスクの低下に関与することを明らかにしました。こうした仕組みが解明されれば、血液、唾液、尿などのわずかな体液からリスクを予測できる可能性があります。運動や栄養による心血管疾患のリスク低下には長い時間を要しますが、その過程で体内のペプチドやホルモンは時々刻々と変化します。その変化を一滴の体液で捉えることで、運動や栄養による健康効果を先取りして評価できる未来を目指しています。
生化学実験中
血管機能の測定中
研究のおもしろさは何ですか。
研究のおもしろさは、世界で初めての発見を誰よりも先に知ることができる点にあります。そして、その成果を学術論文として発表すれば、自分の名前を研究の歴史に残すことができます。特に国際学術雑誌に論文が掲載されたときには、自分たちの研究成果が世界に認められたと実感でき、大きな達成感とともに次へのモチベーションに繋がります。もちろん簡単な道のりではなく、多くの困難がありますが、その分成功したときの喜びは大きいです。また、私の研究テーマである心血管疾患は世界で最も多くの人の死因であり、その予防や改善につながる研究は、多くの人々の健康に直結します。現在、日本人の多くは平均寿命と健康寿命(元気に自分で日常生活を送れる期間)の差から、亡くなるまでの約10年間は病気や介護が必要な状態で過ごしていると言われています。長生きすること自体も重要ですが、「元気に長生きできる社会」に貢献したいという思いがこの研究を続ける強い動機になっています。
研究者を志したエピソードを教えてください。
私は高校生の頃、世界保健機関(WHO)で働きたいという夢を持っていました。さらに幼い頃からスポーツに親しんでいたこともあり、運動を通じて人々の健康に貢献したいと考え、本学のスポーツ健康科学部に進学しました。入学後まもなく、当時学部長であった田畑泉先生にWHOで働きたい旨を相談したところ、「研究力が必要だ」と助言をいただき、本プロジェクトリーダーである家光素行先生をご紹介いただきました。家光先生の下で研究を学ぶ中で、その楽しさや奥深さを知り、研究者という職業の魅力を強く感じました。また、田畑先生や家光先生をはじめ、学部の先生方が楽しそうに研究に取り組む姿も大きな刺激となりました。こうした経験から、現在はWHOで働くよりも、研究を通じて次世代を育て、人々の健康に貢献できる大学教員として働く未来を描いています。研究者として、そして教育者として、自分自身の研究成果を発信するだけでなく、学生や後輩たちが研究を楽しみ、社会に貢献できる人材へと成長していくことを支える存在を目指しています。そして、人々の健康で豊かな人生に少しでも貢献できるよう精進していきたいです。
国際学会にて、研究についてのポスターセッション
(取材:2025年8月)
参加しているプロジェクト: プレシジョンヘルスケアの社会浸透を推進するための総合知活用型研究拠点形成