“ミニ臓器“で挑む未来医療
― デジタルアバターで薬を試す時代へ ―
R-GIROで行っている研究をおしえてください。
私は、人の細胞から「ミニ臓器」をつくる研究をしています。たとえば筋肉、脳や目の細胞を、人のiPS細胞から立体的に組み立てることで、体のしくみを小さなチップの上に再現します。これを「オルガノイド」や「臓器チップ」と呼びます。現在の新薬開発は、動物実験や限られた細胞実験に依存しており、ヒトでの効果を正確に予測するのが難しいという課題があります。私は、iPS細胞からつくったオルガノイドや臓器チップをつなげ、さらにバイオセンサーを組み込むことで、ヒト特有の反応を精密に観察できる新しい実験系を開発しています。具体的には、ヒトの目・脳・骨格筋を3D培養でモデル化し、さらに腸や肝臓と筋肉をつなげた多臓器モデルも構築しています。これらを用いて、加齢黄斑変性(AMD)やパーキンソン病、サルコペニアといった加齢関連疾患のメカニズム解明や創薬評価を進めています。
将来的には、これらのデータをAIシステムと統合し、患者ごとの細胞をもとに「デジタルアバター」をつくることで、その仮想モデル上で薬の効果や副作用を事前にテストできる世界を実現したいと考えています。このような研究が進めば、難病の解明や新薬の開発がより迅速かつ安全に行われ、個別化医療を通じて人々の健康と生活の質を大きく向上させることができると信じています。
研究全体のプロセスと将来展望を示した図
研究のおもしろさは何ですか。
研究の魅力は、常に「未知」があることです。答えのない問いを追いかけ、その過程で新しい発見に出会えることが、私を研究に向かわせ続けています。私の研究は、まるで建築家が家を設計するような作業に似ています。ただし私が扱うのは細胞であり、顕微鏡の下で筋肉や神経、目のような臓器を組み立てていきます。この過程には大きな想像力が必要で、同時に精密な技術も求められます。研究をすすめる中で特に印象的だったのは、脳オルガノイドの中で数百万もの神経細胞が複雑に結びついていく様子を観察したときや、骨格筋の細胞が実際に収縮して「動く」瞬間に立ち会ったときです。その時、生命が細胞レベルで組み上がっていく驚きと、まだ誰も知らない新しいデータに出会う圧倒的なわくわく感を覚えました。こうした体験が、研究を続ける大きな原動力になっています。
異分野融合研究をどう思いますか。
R-GIROプロジェクトに参加した当初、私たちの研究グループにはスポーツ科学、工学、社会科学など、非常に多様な分野の研究者が所属していることに驚きました。最初は専門用語や考え方の違いから、議論についていくのも大変でした。しかし時間が経つにつれて、その多様性こそが大きな財産であると実感するようになりました。私たちのプロジェクトでは月例ミーティングを行っており、当初は自分の専門分野だけに集中して報告していましたが、異分野の先生方と交流するうちに、発表内容や使う言葉の選び方も自然と学際的になっていきました。その結果、自分の研究を他分野の人にも伝わりやすく説明できるようになっただけではなく、新しい発想を得るきっかけにもなっています。狭い領域に閉じるのではなく、幅広い学問分野を横断して協力し合うことが、新しい発見や教育の未来につながると強く感じています。
また、私が大切にしているのは、研究を「社会に還元する」ことです。例えば、製薬企業と共同で目に関するモデルを開発し、新しい点眼薬候補の安全性や効果を評価する研究を行いました。筋肉モデルの共同研究では、創薬やスポーツ科学への応用可能性について産学連携で検討を進めています。このように、実験室の中だけで成果を終わらせるのではなく、学内外の研究者や企業との連携を積極的に進め、医療や創薬、教育の現場に役立つ形で実装していきたいと考えています。
ヒト組織(骨格筋など)の作製に用いる3Dバイオプリンティング
(取材:2025年9月)
参加しているプロジェクト:センサ・マイクロマシンがつなぐ革新的サイバーフィジカルシステム(CPS)モデルの医療健康分野への展開