言語教育と心理学とLLM
― 人とAIが共生する学びの環境の実現に向けて ―

Key11
杉山
杉山 滉平
SUGIYAMA KOHEI
立命館グローバル・イノベーション研究機構 研究員
専門分野
教育工学、外国語教育学、教育心理学、文化心理学

R-GIROで行っている研究をおしえてください。

私たちの研究プロジェクトは、「人とAIの共生」をテーマにしています。人とロボットが共生するためには、ロボットが言語を理解し、指示を理解することが求められます。この課題を解決するためには、「言語を覚えるとはどういうことか」「まず人が言語を覚えるメカニズムはどのようなものか」という根本的な問いに取り組むことが不可欠です。そこで私は、英語を学んでいる日本人学習者を対象に、AIなどのテクノロジーを活用した語学学習支援アプリ『Transable』の研究開発を進めてきました。当初は「AIを使ってどのように効果的に言語の習得を支援できるか」を模索していましたが、研究を進めるうちに、言語習得には膨大な知識の習得や運用力の向上だけでなく、学習者のモチベーションや授業に向き合う姿勢も重要な要因である可能性に気づきました。

現在私は、学習者の学びに向かう姿勢の変化を TEA(Trajectory Equifinality Approach)という文化心理学の質的研究手法を用いて分析しています。この手法は、対象者の人生の経験や選択の過程をインタビューなどの情報からTEM図と呼ばれる分析技法で捉え、目標に至るまでのプロセスと、その変化をもたらした触媒的な出来事や契機が、どのようなものだったのかを明らかにする分析手法です。例えば、英語授業に対して消極的だった生徒が、AIを活用した作文活動を続ける中で「自分の表現が伝わる」経験を積み、次第に前向きな姿勢に変わっていくプロセスがあります。この変化を、どのような経験がやる気が上がった/下がったという結果につながったのかだけを捉えるのではなく、「どのような分岐点を経て」「どんな経験が契機となり」「最終的にどのような姿勢に至ったのか」 というプロセス全体を可視化できるのがTEA/TEMの強みです。私は、こうした分析により、学習者がどのように学びの姿勢を変容させていくのかを深く理解し、さらに教育現場に還元することも目指しています。

写真1

機械翻訳エンジンやLLMを活用した教育実践型ICT教材アプリ『Transable』
https://transable.net

研究者を志したエピソードを教えてください。

私は昔から自分の世界に没頭するのが好きで、読書が好きでした。高校生の時、推理小説を読み漁っており、東野圭吾の『探偵ガリレオ』や森博嗣の『すべてがFになる』などのミステリー作品を愛読する中で、『喜嶋先生の静かな世界』(森博嗣)という一冊に出会いました。それは大学の研究者の生き様をリアルに描いた小説で、知の探求に没頭する登場人物たちがとても魅力的に映り、「こんな世界で生きてみたい」と強く思いました。一方で、当時の社会では、スティーブ・ジョブズがiPhoneを発表し、アプリという仕組みで人々の生活を一変させていました。その体験から、自分も科学技術の力で社会を便利にするプロダクトを生む技術の研究と社会還元の活動をしたいと考えるようになりました。静かな世界に没頭したいという内向的な気持ちと、世界を変えていきたいという外向的な気持ち、矛盾する二つの思いを抱えながらも、研究するために大学に行こうと決めた時、私は研究者を志しました。

研究のおもしろさ何ですか。

私の研究のおもしろさは、学習者の姿勢やモチベーションといった一見とらえにくい現象を、大規模言語モデル(LLM)など最新の技術を用いて分析しようとしている点にあります。従来の質的研究は、研究者が膨大な時間をかけてデータを読み解く作業が中心でしたが、LLMを使えば分析の省力化や自動化が可能になります。一方で、LLMを用いた分析結果の信頼性や真正性をどう担保するかという新たな課題にも直面します。技術の可能性と限界を感じながら、課題解決に向けた試行錯誤そのものが、とても刺激的で面白いと感じています。またこの研究は単なる理論的探究にとどまらず、開発した学習支援アプリ『Transable』を教育現場で実際に活用してもらい、授業を担当する教員の方々や利用する生徒・学生の皆様からフィードバックをもとに改良を重ねています。このようにアカデミック領域と実社会の教育現場を往復し、試行錯誤を重ねる活動を日々行なっています。

現代の教育現場では、教員が授業準備や校務に加え、ICTや探究学習といった新しい教育的要請にも対応する必要があり、業務は年々増大しています。私は、最新の技術や知見を既存の環境に寄り添った形で組み合わせ、教育を支援する仕組みをアップデートしたいと考えています。例えば、AIを活用した授業支援アプリや学習姿勢の分析を通じて、教員にとっては負担が軽減され、学習者にとっては個別最適化された効果的な学習環境が提供されるものを目指しています。

写真2

アプリを使用する某中学校の公開授業のようす

(取材:2025年9月)

参加しているプロジェクト:記号創発システム科学創成:実世界人工知能と次世代共生社会の学融合研究拠点