「ひらく、ミライの扉」

移民・難民のレジリエンスに学ぶ共生のかたち

Key16
村尾
村尾 るみこ
MURAO RUMIKO
立命館グローバル・イノベーション研究機構 助教
専門分野
地域研究・文化人類学

R-GIROで行っている研究をおしえてください。

私は地域研究・文化人類学を専門に、アジア・アフリカの難民や日本の在留・在日外国人のレジリエンスを研究しています。人の移動は社会に不安定で不確実な状況をもたらすと議論されることがあります。しかし、地域研究や文化人類学などの研究では、移動する人々がその変化を柔軟に活用し、移動先で新たな関係性を築きながら他者と共生することが議論されてきました。私の研究もまた、在留・在日外国人や難民の移動先での人間集団の社会文化的営みを捉えるものです。特に、農業をする人たちが作物や環境の特性を活かして困難をやりすごしたり、自分たちの社会関係を新たに構築したり、よりよい生活を求めて試行錯誤したりするプロセスを追究しています。例えばアフリカの難民は、耕作する土地が限られていますが、耕地の土壌や自分たちが入手した作物を組み合わせて、時代ごとに変化する難民政策下で生計をたてる方法を編み出します。それは個人でやるというよりも、父方や母方の親族、つまり集団でのルールや規範を基礎にしながら、即興的に創られていくものです。

レジリエンスとは:一般に回復力や復元力をさしますが、プロジェクトではもう少し動態的にレジリエンスをとりあげています。例えば、レジリエンスは時代や地域の特徴に少なからず影響を受けます。そして国やグローバルな政策と時に拮抗します。ですので、歴史学、気象学、考古学そして政策学や国際政治といった分野の知見とあわせて、文理融合で学際的にアプローチすることが重要です。私自身も歴史学、国際政治、農学や生態学の知識やアプローチを必要に応じて取り込み、環太平洋地域の特徴を解明することをめざしています。

研究者を志したエピソードを教えてください。

高校生のときに、ニュースやテレビのコマーシャルでアフリカの飢饉について見聞きしました。実際に自分が現場にいって、そのような問題を解決することに貢献したいと考えるようになりました。そのために食料の増産を研究したいと考えたのが研究者を志したきっかけです。その後、農学部に進んだ私は熱帯作物、特にアフリカの在来作物について卒業研究をしましたが、それは大学構内のビニールハウスで熱帯で育つ作物の環境を科学的につくり出して行う栽培実験を含むものでした。実際にアフリカの人たちが自然環境や在来作物に関する知識をどのように農業に活かしているのか、そして収穫した作物をどのように食べたり売ったりしているのか、現地で人間が共生し実践される技術やローカルな制度のほうに興味が出てきました。そんな折、当時の先生から「ならば農学ではなく、人類学や」と言われました。その頃読んだ地域研究や人類学の本はとても魅力的でした。そして先生が勧めてくれた大学院にすすんで人類学の研究を始めました。これが私の研究生活の始まりです。

人類学のフィールドワークでよく言われることですが、人間は言うこととやることが必ずしも一致しません。例えば、アフリカの人は近代的といわれる農学の知識をもっている一方で、農学の観点からは説明がつかない、彼らの社会のルールや世界観に基づく知識や志向を併せ持っています。難民がなぜその土地を耕さないと言い続けるのか、その理由は彼らの言葉通りではなく、参与観察をすればするほど疑問は深まります。でも、農学に重複するものとしないものを考えることができると検証が深まります。農学の視点は現地の視点に寄り添って文化的な営みを理解する際に、ユニークな発見をもたらしてくれます。

私はフィールドワークで五感を使って得る情報をもとに新たな考えを見出すことを大切にしています。 特に、国連、NGO/NPOや政府など多様なアクターと共同した社会実装と、調査研究とを両輪でおこなうのが私のフィールドワークと研究のスタイルです。このスタイルが新たな発見へとつながるので、研究をつづけていくモチベーションになります。難民の調査をする際には、国連、政府やNGOなどと細かな情報を交換します。例えば、難民の集団のなかで文化的に大きく異なる集団におこりやすい支援の格差や、女性たちの労働量、難民の土地に対する考え方の違いなどです。また、情報交換をする際に支援の現場でおこりやすい意見の違いが明らかになれば、その背後にある難民の文化的な営みを探ることにつながります。このように協働のフィールドワークを実践しています。

写真1

戴冠の儀式での難民の王の様子

写真2

伝統的儀式に欠かせない雑穀酒つくりに参加(中央が村尾)

研究で未来をどう変えたいですか。

レジリエンスの研究は社会の様々な側面に関わります。私の研究を通じて特に多様な価値観、言い換えれば多様な社会文化的背景をもつ人間集団がより共生できる社会の実現を目指しています。現在、紛争、災害や気候変動の影響で人間集団間に対立的関係が生起し、他者への不寛容が強まる傾向があります。未来に対し不透明で不確実なイメージを抱くと、異なる社会文化的背景をもつ移民や難民と共生することを拒絶して排除してしまうのです。私の研究では移民や難民が文化的他者と共生しながら困難を切り抜けることを明らかとしてきました。移民や難民は受け入れられた社会のルールのなかで、親族や知人らと集団的に自らの技術、知識や制度を変化させながら、受け入れた社会の人びと、市場や国家と交渉し共生します。それは脅威というよりは、私たちと同じ先行きの分からない状況を文化的他者と生きる一つの形です。例えば、違う国でアクセスしうる痩せた耕地で、作物の植え付け技術を変化させ、収量を減少させながらも生きていきます。その作物がその国で商品価値がなければ、自分たちで付加価値のある軽食にして売ります。彼らがどう生きているかを学ぶことを通じて、これからの未来で私たちが彼ら文化的他者といかに共生できるかを想像し考えられる社会にしたいと思います。それが私の研究が目指すレジリエントな社会のあり方です。様々な人が移民や難民と直接出会い、対話を重ね、五感を通じて考えを深めていける社会が実現するといいですね。

写真2

アフリカの調査地で。(左から二番目が村尾)

(取材:2025年10月)


参加しているプロジェクト: 人類史的にみた災害・食糧危機に対するレジリエンス強化のための学際的研究拠点