一生ものの運動センス
10代前半までに鍛えておくべき
「動作コオーディネーション能力」とは?

上田 憲嗣 准教授 スポーツ健康科学部 スポーツ健康科学科

Question

子どもの体力低下が叫ばれて久しい今、水泳やサッカーなどの教室に早くから子どもを通わせなければと思う人がいるかもしれません。しかし、競技に特化したトレーニングだけでは身につかず、しかも10代前半までに鍛えなければどんな競技に進んでも高いパフォーマンスが発揮できないとされる神経系の能力があることを知っていますか? 一生の運動センスを左右する「動作コオーディネーション能力」。スポーツタレント発掘・育成の場でも重要視されつつあるその能力とはどのようなものでしょう?子どもの体力や運動能力の向上に関する研究を続ける上田憲嗣先生に聞きました。

動作コオーディネーション能力を子ども期に育てることが競技での最終的な到達レベルを高くする

動作コオーディネーション能力とは、自分の身体を思い通りに動かす能力のことです。運動をする時に、筋力やスピードなどの能力が必要なのは当然ですが、それだけでは高いパフォーマンスを発揮することができません。たとえばサッカーでドリブルしている時は、全力で走りながらボールをコントロールし、相手に当たられても倒れないバランスを保つ能力も必要ですよね。タイミング良く身体を動かす、バランスを保つ、相手との距離を見極める、それらが「動作コオーディネーション能力」です。すべての運動に不可欠で、誰もが後天的に育てることのできる能力です。

動作コオーディネーション能力 7つの下位能力

  • ①バランス能力…動作の中で体のバランスを保つ能力
  • ②定位能力…自分の周囲のものや人の位置を把握する能力
  • ③リズム化能力…リズムに合わせて体を動かす能力
  • ④分化能力…力を加減する能力
  • ⑤反応能力…外界の刺激に対して反応する能力
  • ⑥結合能力…走りながらボールを投げるなど、別々の動きをつなげる能力
  • ⑦変換能力…走り幅跳びのような、ある運動から別の運動に変換する能力

小さい頃から水泳教室に通っている子でも、ボールを投げると変な動きになるなど基本的な身体の動きがうまくできないことがあります。昔は、地域の草むらで野球をしたり、でこぼこの道を走ったり、生活の中で多様な動きをすることによって自然と動作コオーディネーション能力を育てることができました。しかし今、整備された環境で一つの競技に特化したトレーニングだけをしていても、それを充分に育てることができません。神経系の成長がめざましい11、2歳までの間に、すべての運動に必要な能力である動作コオーディネーション能力をしっかり育てることが、一生の運動センスを左右し、その後特定の競技に進んだ場合にも、最終的な到達レベルが高くなると考えられます。

動作コオーディネーション能力を育てるトレーニングは、器具を使うもの、使わないものなどさまざまあります。私が特に重視するバランス能力の場合、バランスボールに座って人同士で手をつないだり、左右に違う重さのペットボトルを持ったりするなどのトレーニングを行います。球技をする時に利き手以外の手を使ってみたり、重さの違うボールを使ったりするのも効果的でしょう。これらのトレーニングは人と比べたり競争になったりしないため、スポーツに対する有能感や自己肯定感を高めることも調査でわかっています。

トップアスリート発掘・育成プロジェクトでも動作コオーディネーション能力は重要視されている

トップアスリートを発掘・育成するプロジェクトでも、動作コオーディネーション能力のトレーニングは重要視されています。私が関わる宮崎県のプロジェクトでは、小学校4、5年生を対象に、体力と動作コオーディネーション能力のテストによって選抜した子どもたちに、さまざまな競技の体験と、動作コオーディネーション能力のトレーニングを展開しています。その間に、自分の体力的な特性を理解したり、体験した競技の面白さや魅力を知ったりして、中学3年生の時点で今後取り組む種目を選択します。それまでに取り組んでいたのとは別の競技に進む子どももいます。

全国でこのプロジェクトが始まって約10年。少しずつ成果が出始めています。北京オリンピックのスキージャンプで金メダルを獲得した小林陵侑選手は岩手県のプロジェクトの出身でした。ただ、私としてはすぐに大きな成果は出なくてもいいと考えています。それよりも、このプロジェクトで育った選手が指導者として現場に戻ってくるという事例が報告されていることに注目しています。その時点での最先端の考え方やトレーニングメニューをしっかり享受した人材が、さらに次の世代を育成していくキーパーソンになるということだからです。これが繰り返されていけば、いずれトップで活躍する選手も出てくることを期待していますし、彼らが地域の中で新しいスポーツ文化の発信をすることによって、スポーツ文化そのものが成熟していくのではないかとも考えています。

アクティブビデオゲーム(AVG)は
子どもの活動量を上げるか?

子どもの体力低下が問題となっている今、テレビゲームに運動の要素が加味されたアクティブビデオゲーム(AVG)が子どもたちの活動量を増やすのかについての研究レビューがあります。結論から言えば、AVGは子どもの活動量を上げていませんでした。没入感が乏しいことと、本当にしんどい運動になるとすぐにやめてしまうことが理由だと考えられています。しかし可能性はあると私は考えています。AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、MR(複合現実)などの環境下で子どもたちの運動のトリガーをひくことも可能なのではないか、それを追求することが、個別最適化の学習が叫ばれる世の中において大切なことだろうと考えています。私の研究室では、タブレットでゴールキーパーの練習ができるプログラム作りに挑戦中の大学院生もいます。柔軟な発想で社会にアプローチできるのもスポーツ科学の魅力です。

スポーツ教育学の分野に興味がある人へ
社会に新しい価値を作り出せるのがスポーツ科学の面白さフロンティアマインドを持った人にチャレンジしてほしい

私の専門分野はスポーツ教育学です。教育とは、すべてわかっている大人が、何も知らない子どもに教えるということではないと私は思います。子どもたちと接する中で、彼らの吸収のスピード、イマジネーションの豊かさから我々が教えられることの方が多いと感じるからです。子どもたちとお互いに刺激し合いながら、共に学ぶことができるのがこの領域の一番の面白さ。教育者である我々も自分の可能性を探求し、そのプロセスを子どもに見せることによって、子どもたち自身も自分の可能性を探求するための学びを進めていく。そんなダイナミックな関係性を築けるのが面白いと感じています。

社会の中でスポーツが活躍する領域はどんどん広がっています。これまでにない、新しい価値を作っていけるのがスポーツ健康科学の一番のアドバンテージです。今の枠組に固執せず、新しい領域を開拓していくフロンティアマインドを持った人にチャレンジしてほしいと思います。そしてスポーツの可能性をどんどん開いていくような研究、社会へのアプローチをしてほしいですね。

PROFILE

上田 憲嗣 准教授

鳴門教育大学学校教育研究科修了。鳴門教育大学教育学部助手、吉備国際大学心理学部准教授などを経て2015年より現職。子どもの各年齢の身体・運動の発育発達の特徴を踏まえた上で、幼児~青年期の運動においてどのような支援や指導が必要かを考察している。

先生のおすすめカルチャー

  • 漫画

    『僕のヒーローアカデミア』

    ヒーローを目指す“無個性”の主人公が、冒険の中で多くの強烈な個性と触れ合いながら多くの能力を獲得していく様子を描いています。「人は多様な経験や教育を通じて、後天的にさまざまな可能性を切り開いていき、それは先天的な特性をも超える」という点で、子供の可能性を引き伸ばすための本質を伝えていると思います。