研究科長挨拶

ひとの発想が問われる時代

新型コロナウィルス感染拡大前までの10年間と、これ以降の10年間における変化のスピードは、大きく異なるものと思われます。私たちの日常生活における選好、判断、意思決定、行動、もちろん、学習場面においてもテクノロジーが席捲し、従来のスタイルから新しいスタイルへと変貌を遂げることでしょう。何かが変わろうとするときに、私たちは、積み重ねてきたことが崩れ落ちていくのではないかと不安を抱きがちですが、変化は私たちに新たな気づきを与えてくれるとともに、これまで積み重ねたことを捉え直す機会をもたらしてくれます。

出来事の受け止め方やものの見方のことを「認知」と呼びますが、私たちの認知は、目の前で生じた事象や現象に対して素早く反応し、瞬時に考えやイメージが湧き出る「自動思考」によって支配されています。多くの自動思考は、過去の経験や環境によって、知らず知らずのうちに培われていくため、多くの企業が「ブランド」を構築することに余念がないのは、消費者がそのブランド名やブランドロゴを目にしたときの自動思考に対して、高評価・好印象を植え付けたいからに他なりません。

いま皆さんは、「スポーツ健康科学」、あるいは、「スポーツ健康科学部」という言葉を目にしたときに、瞬時にどのような考えやイメージが浮かび上がったでしょうか?保健体育教員、体育会系、トレーナー、スポーツが好きな人の集まりなどなど…

自動思考は、過去の経験知を活かし、物事をより早く認識・判断して、意思決定を早めるために役立ちますが、過去の印象や固定観念にとらわれ過ぎると、認知に歪みが生じて、変化していることや新しい可能性に気づかなかったり、本質を捉えることができなかったりしてしまいます。そのように考えれば、「スポーツ健康科学」は、多くの人が自動思考によって意味づけている印象やイメージにとらわれたままになっていないでしょうか?「自動思考」を払拭するためには、人々の認知や活動のフレームを変えるための「リフレーミング」が重要になります。

e-sportsによって人々の認知機能が向上したり、行動が喚起されたりするのか、食品素材やサプリメントの摂取と運動の組み合わせがフレイルやサルコペニアをどの程度改善できるのか、他者に対する妬み感情を自己への気づきやモチベーションのアップにつなげることはできないのか、スポーツ健康科学SDGsによって「三方よし」の地域活性化が図れないのか…スポーツ健康科学における「探究」には枚挙にいとまがありません。スポーツ健康科学は、人々の心身の健康だけでなく、幸福感(well-being)の創出や豊かな社会づくり、さらには世界の平和に貢献する学問です。

自動思考にとらわれがちなスポーツ健康科学をリフレーミングし、この学術領域における「可能性の束」に対して皆さん自身が働きかけ、いまここにないスポーツ健康科学の未来や新しい価値を生み出す主体になって下さい。皆さんの意思が、皆さんの未来を生み出します。

スポーツ健康科学研究科 研究科長