Ⅲ.生産年齢人口減の克服

プレシジョンヘルスケアの社会浸透を推進するための総合知活用型研究拠点形成

プロジェクトリーダー
スポーツ健康科学部スポーツ健康科学科 家光 素行 教授 (写真 右)
グループリーダー

生産年齢人口減少に歯止めをかける
一人ひとりに最適なプレシジョンヘルスケアを構築

プロジェクト概要

個人の心身の健康状態を可視化し
健康な行動への変容を促すシステムを開発

世界屈指の超高齢社会である日本。今後高齢者人口が減少に転じても、2060年までは超高齢化が持続するという試算もあり、人口減少による労働生産性の低下、医療費や介護費の増加といった不健康による経済損失が国家財政を脅かすことが危惧されています。「人生100年時代」といわれる一方で、平均寿命と健康寿命は10年以上も乖離している現実があり、経済損失の回復や労働生産性の向上を図る上でも健康の維持・増進に向けて人々の行動を変えることが必須課題になっています。

この現状を打開するため、特定健診や健康増進法の策定、健康日本21(第2次)の実施など、これまで健康的な行動を促すさまざまな政策が打ち出されてきました。しかし令和元年「国民健康・栄養調査」を見ても、健康に欠かせない運動習慣や食習慣を実践している人の割合は男女ともに低く、10年以上ほとんど改善されていません。とりわけその傾向は、約20年後に高齢者となる働き世代において顕著です。近年は多くの企業で「健康経営」や「働き方改革」が推進され、労働者の余暇時間が増えたにもかかわらず、健康行動変容が起きていません。ここに問題意識を見出し、本研究プロジェクトは発足しました。

運動や栄養が健康に重要であることはわかっていても、さまざまな理由から実行できない人は少なくありません。健康的な行動へと変容させるには、それに対する探究心や向上心、言い換えれば「やる気」や「意欲」を誘発する必要があります。そこで本研究プロジェクトでは、身体的・精神的な状況を短期的(日常的)・長期的なモニタリング・プロファイルによって可視化するとともに、日常および非日常の両面で個人のライフスタイルに最適化した行動変容を促す情報のフィードバックシステムを構築し、一人ひとりに最適化したプレシジョンヘルスケアを社会に実装し、人々の健康維持・増進に貢献することを目指します。特に力点を置くのが、「働き世代」です。将来高齢者になっても働き続けられる、「働きたい」という活力のある人を増やします。

評価法の構築からフィードバックシステムの開発
プレシジョンヘルスケアの社会実装まで

身体的・精神的状況をウェアラブルデバイスを用いて検証身体的・精神的状況を
ウェアラブルデバイスを用いて検証

個人に最適化された健康行動変容を促すには、まず個人の状態(活力)を評価した上で、適切なタイミングや内容を提示する必要があります。そこで、個人の状態を評価する基礎研究から行動変容を促す方法の開発、さらに社会実装まで、3つのグループで研究に取り組んでいます。

一つ目の村上グループでは、個人の身体的・精神的状況を反映した新しい活力評価法、名付けて「Full of vitality:FOV」の開発に挑んでいます。血液や尿、唾液、糞便、心拍・血圧・体温等の情報など多様な生体情報をウェアラブルセンサなどを用いて取得し、その中から心身の健康状態を客観的に評価できるバイオマーカーを同定します。さらにそれらの変数を用いて活力を評価する指標を算出し、活力評価法を開発します。特徴的なのは、身体的な状況に加えて、精神的な状況も評価指標に取り入れることです。これまで身体的・精神的な状況はほとんどの場合、個別に評価されてきたことに加え、精神的評価は主観的なものがほとんどで、客観的なものさしはありませんでした。こうした課題を克服し、身体的要素と精神的要素の両方を統合したこれまでにない評価指標・評価方法の開発を目指します。特に日常生活において評価できるよう、簡易でしかも即時的、低侵襲な評価方法を探ります。

二つ目の高田グループでは、個人にとって適切なタイミング、内容でFOV向上のための行動変容を促す情報をフィードバックするシステムを開発することを主眼に置いています。FOV向上につながる健康行動やどのようなフィードバックが行動変容の動機付けになるかは、人によって異なります。そこで村上グループが開発するFOV指標やライフログデータから、機械学習などの手法を用いて一人ひとりにとってFOV向上に有効な健康行動を同定し、効果的な行動変容をもたらすパラメータを抽出します。それを用いて、日常的に収集したFOVデータやライフログデータから短期的・長期的視点で身体的・精神的状態を推測し、個人にとって最適なタイミング・内容で行動変容につながる情報をフィードバックするシステムを構築します。

三つ目の野中グループは、村上グループ、高田グループの成果を社会実装し、効果を検証する役割を担っています。日常での行動変容支援とともに非日常のイベントでFOV向上を図る方法を確立し、実証研究を行います。まず取り組むのが、日常生活の中で運動および食行動を通じてFOV向上・維持を支援する方法の確立です。例えば「趣味の創出」とその活動とを健康行動とリンクさせ、さらにFOVを用いたフィードバックによって更なる行動変容が促進されるよう支援する他、栄養バランスを考慮した献立作りや運動支援方法も検討します。

さらには、非日常的なイベントを通じてFOV向上を図る「場」の設計と方法の構築を進めます。単発イベントによる一過性の影響だけでなく、日常生活において運動や食に関する行動変容にもつながるような非日常イベントをデザインすることを試みます。実際に立命館大学びわこ・くさつキャンパスにおいて地域住民を対象に実証実験を実施し、社会実装に向けてその効果を検証するとともに、各グループに結果をフィードバックし、さらなる改良に生かします。

心身の状況を統合した新評価法・システムを開発
産業応用や地域への展開も視野に

本研究プロジェクトの他にはない特長は、身体的情報とともに精神的情報を評価し、心身の状況を統合した評価法やフィードバックシステムを開発するところです。専門の異なる3グループの研究を融合させることで、「個人に最適化した行動支援(プレシジョンヘルスケア)」という新たな行動変容の学術領域の開拓を目指します。

加えて基礎研究から開発、さらに社会実装までを射程に入れていることも、稀有な強みです。将来は企業連携によって、FOVを向上させるアプリケーションや商品を開発したり、地域コミュニティと連携し、自然や地産食材を活用したヘルスツーリズムなどの新たな価値を創出するなど、産業や地域への展開も期待できます。

また本研究プロジェクトでの異分野融合の研究を体験することを通じて、将来の健康課題に対し、専門領域プラスアルファで活躍できる若手人材の育成にも尽力したいと考えています。

健康寿命だけでなく生産年齢の寿命延伸に寄与し、未来の健康を守り、生産年齢人口減の世界を打破することに貢献します。

研究期間

2022年度〜2026年度(予定)

本プロジェクト構成

本研究プロジェクトが目指す成果イメージ図