Ⅰ.地球の自然環境の復元

気候変動に対応する生命圏科学の基盤創生

プロジェクトリーダー
生命科学部生物工学科 三原 久明 教授 (写真 中央)
グループリーダー

今後100年間の重要課題を解決する
持続可能な戦略と科学技術基盤を創出する

プロジェクト概要

異分野が結集して気候変動下の課題解決に挑み
新学術領域「気候変動対応生命圏科学」の創生を目指す

本研究プロジェクトは、「暴れる気候」ともいうべき気候変動が日常化しつつある地球において、今後100年間に対応すべき重要課題(100年課題)を解決するための持続可能な戦略と科学技術基盤を創出することを目的としています。「100年課題」として、農業、食料、植林・森林、木材生産、CO2吸収、バイオエネルギー作物、自然環境保全、気候変動、生物多様性保全を設定。植物科学、農学、微生物学、古気候学、農業経済学、国際法学など多様な分野を結集してこれらの課題に取り組みます。

それぞれの専門分野の第一線で世界とわたり合う研究実績を持つメンバーが参画しているのが、本研究プロジェクトの強みです。異文化間で得られる学術知見を循環させ、課題解決に向けてそれを高度化・精緻化。気候変動対策における科学技術と経済社会、国際法・政策に関わる広範な学術分野を包括するこれまでにない新しい学術領域として「気候変動対応生命圏科学」の創生に挑みます。分子から微生物、人の営み、生態系までマルチスケールの階層構造として「生命圏」を捉え、太古から未来に至る時間軸でそれらの相互作用を解明するとともに、広範な分野にまたがって重要課題を解決する基盤の構築を目指します。

気候変動シミュレーションから遺伝子・分子レベルの分析
農業技術の社会実装までマルチスケールで研究

IntCal13 のデータに採用された水月湖年縞

目的達成に向け、五つのグループがそれぞれに目標を掲げて研究を推進します。まず長谷川グループでは、気候変動に関わるシミュレーションを活用し、持続可能な農林業・土地利用の戦略を提示することを目的としています。国際社会で掲げられた野心的な温室効果ガス排出削減目標の達成を可能にする農林業や森林管理・土地利用とはどのようなものか、またその実現にはどのような対策・施策が必要か、人々の行動変化や社会発展や改革はいかなるものか、「世界応用一般均衡モデル」や「世界土地利用分配モデル」など国際的に信頼性の高いいくつかのシミュレーションモデルを用いて明らかにします。加えて古気候学の視点も導入します。日本の水月湖、およびメキシコのサン・クラウディオ湖から採取した年縞堆積物を分析。過去の気候変動と農耕・文明の関係性を解析し、その知見を農林業・土地利用の戦略構築に取り入れます。さらに気候変動や生物多様性保全に関する多国間環境協定や国際条約を分析し、今後100年間に人類がとるべき諸施策の提示を目指します。

二つ目の石水グループは、植物成長の分子機構を理解し、気候変動のストレスに対応できる資源植物の育成技術を開発することを目標としています。まず取り組むのが、植物成長のメカニズムの解明です。植物成長が起こる細胞では、細胞壁成分のペクチンが盛んに合成されることが知られています。しかしその生合成に関わる約30もの糖転移酵素のうち、遺伝子が同定されたのはわずか5種類しかありません。この謎に包まれた細胞壁多糖ペクチン合成酵素を解析し、合成の分子メカニズムを解明。その知見を、植物成長を促す技術開発に活かします。加えて、植物がさまざまなストレスに応答する特化代謝物であるフラボノイド配糖体にも注目し、その合成の分子メカニズムとストレス応答機構を解明するとともに、気候変動下における植物の育成につなげます。三つ目の松村グループは、気候変動によって大気中のCO2濃度が高まる将来を想定し、「高CO2環境」に適応できる作物の開発とその分子メカニズムの解明に取り組みます。本グループでは、これまでにCO2濃縮機構を持つC4植物の酵素をイネに導入。遺伝子組み換えによって高CO2環境下でイネの光合成効率を上昇させることに成功しました。この知見を活用し、高CO2環境に適応する作物の作出を試みるとともに、C4植物のCO2濃縮メカニズムの解明に挑みます。また長谷川グループの気候変動シミュレーションの知見を導入して50年後のCO2濃度を推定することで、より未来の環境に適応可能性の高い作物の開発を目指します。

四つ目の三原グループは、二つの観点から気候変動によって想定される環境における微生物と植物の「生存戦略」に迫ろうとしています。まず応用微生物学を専門とする三原チームは、灼熱、極寒、乾燥、無酸素といった地球上のあらゆる環境に適応しながら棲息している微生物に焦点を当てます。いまだわかっていない微生物の代謝系を解明し、新たな代謝経路を見出すことで、微生物代謝作用を利用した新しい気候緩和策を示そうとしています。もう一つ植物病理学を専門とする竹田チームでは、環境変化の中、ウイルスや細菌といった病原体と植物の間のせめぎ合いを分子レベルで明らかにしようとしています。さらにその成果を気候変動下での植物の病害対策に役立てるとともに、ゲノム編集を利用してウイルスや細菌に抵抗性を持った品種の作出も試みます。最後に深尾グループは、さまざまな環境変化にあっても持続的に作物を生育するための農業技術を確立し、農業フィールドへの展開を図ります。一つには、農作物が本来備えている頑健性を引き出すことです。木炭を製造する際に副産物として得られる木酢液を活用し、作物の収量向上や安定化を試みます。もう一つは、「異科接ぎ木技術」の活用です。接ぎ木は本来同じ科の植物でのみ成立すると考えられてきましたが、タバコ属植物はこれまで試験されたすべての植物と「異科接ぎ木」が可能であることが示されています。このタバコの持つ「異科接ぎ木」能力を解明するとともに、タバコを活用して多様な環境で農作物の収穫を可能にする異科接ぎ木の実現を目指します。さらに植物の生育に与える気候変動とミネラル吸収率との関係も検討します。

異分野結集型研究拠点としての強みを活かし
若手研究者の育成にも尽力する

本研究プロジェクトは、第3期R-GIROに取り組んだ「90億人時代に向けた気候変動対応型農業の基盤創生」プロジェクトを飛躍的に発展・展開させるものです。第3期においては数多くの高インパクトな学術成果を挙げ、世界に存在感を示しました。この研究力と確固とした異分野連携体制を継承しつつ、農業からさらにパースペクティブを広げることで、100年後も持続可能な社会に貢献し得る制度・政策の提言につなげたいと考えています。

研究だけでなく、若手研究者の育成においても大きな役割を果たします。異分野結集型研究として、学術分野を超えて全グループのメンバーが採用に関わり、旺盛な好奇心と意欲に満ちた若手研究者を採用。新学術領域の創生の一端を担う刺激的な研究に携わり、経験と研究実績を増やし、その後のキャリアアップを力強く後押しします。

研究期間

2021年度〜2025年度(予定)

本プロジェクト構成

本研究プロジェクトが目指す成果イメージ図