Ⅱ.自然災害の克服

人類史的にみた災害・食糧危機に対するレジリエンス強化のための学際的研究拠点

プロジェクトリーダー
先端総合学術研究科 小川 さやか 教授 (写真 左中)
グループリーダー

災害・食糧危機といった危機に強い、
レジリエンスがある社会を創造する

プロジェクト概要

災害・食糧危機のメカニズムと人類の対処を解明し、
人類社会のレジリエンスを強化する諸条件と方策を見いだす

気候変動に伴う自然災害の頻発やパンデミックの継続に危機感が増大し、人工知能をはじめとするテクノロジーの進展に伴い人類の未来を展望しにくくなっている。昨今、人類史を農耕革命、産業革命といった転換点で区分し、災害や食糧危機に対する脆弱性の増大を議論する研究は多々見られます。しかし考古学や人類学・言語学などに立脚した研究は、人類史的営みを現代の課題に応用する技術的な視座が不足しがちです。他方テクノロジー分野の研究においては、自然と人類に対する人文学的な理解が不足しがちです。そこで本プロジェクトでは、環太平洋地域の環境特性と独自の文明に立脚し、古気候学・考古学・地理学・歴史学・人類学による過去の気候変動と災害・食糧危機に関する学術的に堅牢な実証をもとにして、資源地政学やテクノロジーマネジメント、情報工学、経営技術、都市政策の研究者と協働することで、現代の災害・危機対応に対する人類社会のレジリエンス強化のための実行力のある提言を行います。

災害・危機とレジリエンスの実証的人類史研究の成果を
社会へ還元する複声的ビジネスプラットフォームを構築

チリの火山噴火
(環太平洋域は火山噴火の危険が高い)

本プロジェクトが目指すのは、人類と自然環境、人類社会の変容を超長期的スパンで捉え、環太平洋域という災害とともに発展してきた地域の、いわば「災害危機文明」を解明し、それをもとに現在と未来に起きうる災害リスク・食糧危機への対応に対する実践的提言を行う、新学術領域の創成です。自然科学分野による実証を基盤としながら、人文社会学分野の研究を展開し、その成果をテクノロジーマネジメント分野によるデザイン化・実装化でもって社会に還元する、異分野結集の力そのものが強みです。

まず、古気候学を専門とする中川グループでは、本学古気候学研究センターが世界で初めて実用化した「年縞堆積物から花粉化石を純粋抽出し、放射性炭素年代および安定同位対比を測定する技術」および「年縞堆積物の化学組成を10ミクロンの解像度で分析する世界最先端システム」を駆使し、過去数千年の気候変動を復元します。具体的には、年代測定の世界標準にも認定された福井県水月湖の精密な年縞の分析を通して、数年~数十年スケールでみた気候の安定度の変化を過去数万年にわたって復元。また、中米マヤ地方の年縞から、数週間~数年スケールでみた気候の安定度を過去約3000年にわたって復元し、分析結果を考古学的な知見と組み合わせることで、気候の安定度の変化がマヤ文明にどのような影響を与えたのかを考察します。並行して、気候および自然災害という観点で性格の異なる日本とペルーを対象とし、水路やダム、河川、貯水池といった水分配システムの歴史を、多くの時代について横断的に研究。短期間に大きく変動を繰り返す「暴れる気候」、特に干ばつや洪水、地震といった自然災害に対する応答としての社会インフラの変容を実証的に解き明かし、伝統的な水分配システムを現代においても活用する方法を模索します。

鎌谷グループでは、「食」と「災害」のリスクについて歴史的に俯瞰し、今日的な課題におけるリスクに対して、歴史的な知見を活かしながら問題解決に導くための方法論の提案に挑みます。まず、近世日本における食糧生産の変容を史料分析から明らかにし、炭素・窒素安定同位体分析とPIXY他元素分析により、余剰栄養素や毒素が残存する江戸時代の人間の毛髪から、当時の食生活と栄養状況の実態を推測。天災や飢饉による食糧不足や栄養リスクを評価・分析します。並行して、地震データベースをもとに複数の地域で災害リスク地図を作成するとともに、考古学的記録から得られる災害・古環境変化と人口動態のデータを照合し、長期的な環境変動と人口動態との関係を解明してGIS地図化します。さらに気候変動によって生まれる自然災害と食のリスクの相互作用に着目し、将来に生じうる食と災害のリスクの可能性を分析。食・災害の歴史的変遷と将来像を図表や地図などによって明示した「食・災害アトラス」を作成します。

中川・鎌谷グループが過去の災害・食糧危機と人類の営みを扱うのに対して、宮脇グループでは、災害・食糧危機の現代的な2つの課題を扱います。まず、食料をはじめとする資源のグローバル・サプライチェーンの安定性・持続性に関わるリスクについて、幹線道路や空港、インターネット回線などの接続性を、インフラの構築だけではなく、接続性を高める国際協調などの重要性も踏まえた広い視座から捉えて検討し、ローカルなフードシステムの持つ可能性と現状の問題点を明らかにします。限りある地球資源を共同開発の衡平な分配と利用の対象としていくための方途を探り、アジアが平和に共生できる空間形成の政策構想に寄与することを目指します。また、気候変動や大規模自然災害などの動き続ける自然に対して、人々が社会・文化的な手段を用いてどのように対応し、生態的な危機を乗り越えようとしているのかを、環太平洋諸地域の事例をもとに検討。社会の危機への対応力・回復力を強化するための方途を模索します。

そして小川グループでは、中川・鎌谷・宮脇グループの研究成果としての文化情報を考慮した、コミュニティ依存型の複声的ビジネスプラットフォームのデザイン手法を開発します。各グループの研究をGISなどで可視化し、「レジリエンスの人類史に関する地理空間情報プラットフォーム」を整備。これは災害に強い社会をつくる手段として、AIを活用した自動化といった技術的解決と、各地で育まれた知恵やマインドセットを重視する人間文化的解決の、ちょうど間をとったものといえます。現状のハザードマップにはない、各地域によって異なる災害・食糧不足などの危機や人口変化に対するレジリエンスを評価する要素として、中川・鎌谷グループの研究成果である、自然環境の危険性を高める人間の土地利用の変化、あるいは危険を回避してきた人間活動の知恵と、宮脇グループで扱う、特定地域で起きた災害の深刻化や回復を左右するグローバル・ローカルな連携や資源分配の仕組みを組み込み、技術的な解決行動とマインドセット、および表現活動の関係性をモデル化することにより、その地域の強みや弱みを加味してレジリエンス強化の方策を検討できるものを構築。さらに、そこで得られる知見と、日本およびアジア諸国の自治体・コミュニティ・企業によるテクノロジーを駆使した災害・食料危機に対する事例研究とを往還しながら、前述の手法・プラットフォームを用い、本プロジェクトの成果の社会還元・社会実装化を目指します。

自然科学・人文社会科学・テクノロジー分野の協働でなす
災害・食糧危機への挑戦

社会還元の場としては、環太平洋文明研究センターが連携する海外の省庁・行政機関や、本学が共創パートナーとして参画する大阪・関西万博に向けたプロジェクト、公益財団法人信頼資本財団の「持続可能なコミュニティ経済の創造」などを想定しています。温暖化や環境破壊、災害・食糧危機などへの対応においては、即時的解決策に加え、地域の土地・風土から政治経済的な脆弱性まで統合し、数十年、数百年先の未来を見通した超長期的計画が求められています。その点で貢献する本プロジェクトの独創的な成果を通じて、災害・食糧危機への挑戦を自然科学・人文社会科学・テクノロジー分野の協働でなすことの価値が国際的に評価されることが、我々の拠点形成のゴールだと考えています。

研究期間

2022年度〜2026年度(予定)

本プロジェクト構成

本研究プロジェクトが目指す成果イメージ図