Ⅳ.からだ活性化総合科学技術研究拠点

工学、薬学、生理学の融合が生み出す
「からだを活性化する」新技術

プロジェクトリーダー
理工学部機械工学科 小西 聡 教授 (写真 中央)
グループリーダー

プロジェクト概要

「筋機能」を中心に人のからだの活性化と
そのためのツール・技術の開発に挑む

本研究プロジェクトでは、「人のからだを活性化する」ことを最終目的に、そのための科学技術の実現と社会実装に取り組んでいます。とりわけ高齢化の進む現代社会において重要なテーマとして着目するのが、「筋機能」です。加齢に伴う骨格筋量と筋機能の低下は「サルコペニア」と呼ばれ、骨折や寝たきりのリスクを増大するだけでなく、糖尿病や心疾患といった生活習慣病に関わる重篤な疾患を引き起こすリスク因子として認識されています。本研究プロジェクトでは、筋機能に焦点を当てながら、からだを元気にする方策を探究するとともに、実現技術の研究開発に取り組みます。プロジェクトの研究成果がサルコペニアの予防や生活習慣病対策に活用されることにより、高齢者のQOLの向上や健康寿命の延長、ひいては国家的な課題である医療・介護費の低減に寄与することが期待できます。最先端の学術的な成果を医療や創薬、健康分野に実装することを通して、産業への貢献を考えています。

サルコペニアの予防を目指すとともに
遺伝子や幹細胞、マイクロマシンを使った技術を開発

からだを活性化する方法には、薬剤やサプリメントなどの活性化物質を経口や経皮から摂取したり、注射などで血管や皮下に投入する他、最近では、血管に遺伝子を注入する遺伝子治療や幹細胞を標的場所に直接投入するといった新しい手法も注目されています。本研究プロジェクトでは、骨格筋や心筋を肥大・成長させるため、運動や栄養摂取の他、幹細胞の直接投入、物質的な刺激を与えるなどさまざまな手法を検討します。また遺伝子や幹細胞、マイクロマシンなどの特徴ある技術を駆使した独創的な手法の実現のために必要なツールの開発にも取り組みます。これらの活動においては、工学、薬学、生理学の3つの異なる分野が連携し、各々の持つ技術を融合して難題に挑んでいます。

まず、生理学的アプローチで筋肉を維持・成長させる方法を見出し、サルコペニアの予防のみならず、加齢に伴うさまざまな疾患の予防・改善を目指すのが藤田(聡)グループです。人や動物モデルに加えて培養細胞を使った実験で骨格筋に対する運動刺激の効果や機能性食品などの食因子による筋肥大効果を検討し、そのメカニズムを解明します。また老齢のモデル動物を用いて、加齢に伴う骨格筋の形態の変化や、糖・脂質代謝、脳機能への影響を評価し、最適な運動や栄養介入の方法を分子レベルで評価します。特にからだの活性化因子として注目するのが、「間葉系幹細胞(MSC)」です。MSCは筋肉、神経、すい臓、脂肪など体を構成する組織の細胞に分化する多分化能を持つ幹細胞で、筋機能の改善のみならず、糖尿病改善などが期待されます。このMSCを老齢モデル動物の体内に投与し、骨格筋の形態変化や糖代謝調整への効果を明らかにします。

一方で、人による臨床試験も予定しています。若年、および高齢の被験者を対象に、運動機能の改善を目的とした運動や、短期・長期で機能性食品の投与を行い、血液や骨格筋組織を分析。運動・栄養などの活性化刺激に対する応答性の違いを調べようとしています。こうした運動・栄養指導と先述の幹細胞の投入などとの最適な組み合わせを見出すことで、サルコペニアとその関連疾患の予防・改善を飛躍的に進歩させることを目指します。

藤田(聡)グループの研究を推進し、社会実装を実現するためには、それに適したツールの開発も欠かせません。それを担うのが、藤田(卓)グループ、小西グループです。藤田(卓)グループでは、薬学的な視点から薬物、遺伝子、細胞などを体内の標的場所に的確に運ぶデリバリー技術の研究に取り組んでいます。特に遺伝子や幹細胞を投入する新手法では、体内の標的の組織に確実に活性化因子を届ける技術が必要です。例えば磁性を付与したリボソームを幹細胞に導入し、磁性によって幹細胞を標的組織に運ぶデリバリー技術の開発もその一つです。また小西グループの持つマイクロマシンやドラッグデリバリー技術との融合により、遺伝子や細胞集積のための生体内埋め込み型のナノデバイスや、熱や圧力、電磁的な刺激などの外部刺激を与える体内マイクロマシンの開発を目指しています。

特に注力するのが間葉系幹細胞(MSC)を活用するための技術開発です。先述の通りMSCは分化することで損傷組織を保管し、組織を修復する働きがあり、また同様の役割を果たすiPS細胞、ES細胞に比べて安全性に優れているため、すでに多くの臨床試験が進められています。しかし組織に移植した際の細胞の組織集積性はまだ十分とはいえず、損傷部位への集積性や生着・分化を促進するための新たな技術が求められています。そこで小西グループと連携し、MSCを標的組織にデリバリーする技術の研究に加え、目的とする組織に分化させるため、オンチップ環境で生体因子環境の最適化を評価するデバイスの開発にも取り組んでいます。これが成功すれば、MSCの導入を阻む課題を克服するための大きなブレークスルーになり得ます。

からだ活性化総合科学技術研究拠点イメージ図マイクロマシンチップ上で培養した骨格筋細胞

最後に小西グループでは、これまで培ってきたセンサやマイクロマシン、マイクロロボティクス研究のポテンシャルを生かし、ドラッグデリバリー技術や体内マイクロマシン、低侵襲活性化ツールの開発を進めています。例えば、藤田(聡)グループが行う臨床試験では、サンプル収集が困難であることが課題となっています。血液や骨格筋組織の採取は痛みを伴うために抵抗が大きい上、専門技術を持つ限られた機関でしか扱えないためです。そこで本グループでは、低侵襲で血液や組織といった生体標本を採取できるデバイスや生体センシング技術を開発し、この課題の克服を目指しています。またこれまでに遺伝子を標的組織にデリバリーする体内埋め込み型のマイクロマシンの開発や人工腸管のようなオンチップ生命体の開発実績を重ねています。こうした研究の蓄積を生かし、先述の藤田(卓)グループと連携し、新たなドラッグデリバリー技術や体内マイクロマシンの開発を進めています。

からだ活性化総合科学技術研究拠点イメージ図生体から採取した標本の評価

異分野を融合したプロジェクトの特徴を生かし
医工薬の連携を橋渡しできる若手人材の育成にも取り組む

以上のように、からだを活性化するデバイスや技術を開発するとともに、社会実装することまでを目標に据えています。

加えて「異分野融合」というプロジェクトの環境を生かし、複数の専門性を有し、医工薬連携を橋渡しできる若手人材の育成にも取り組みます。産業界でもこれまでのような専門性を追求する技術開発だけでなく、異分野との連携・融合によってイノベーションを創出することが求められています。確かなプライマリープロフェッショナルを持ちつつ第二、第三の専門性を獲得し、異分野と連携できる。そうした力を持った若手研究者を育成することも本研究プロジェクトの役割だと考えています。

研究期間

2016年度〜2020年度

研究活動進捗・成果

本研究プロジェクトが目指す成果イメージ図

からだ活性化総合科学技術研究拠点イメージ図