Reportレポート・参加者の声

「チャレンジ、ふくしま塾。」2024年8月の現地活動レポート②~学生ライターの感想編~


8月3日(土)から5日(月)までの3日間「チャレンジ・ふくしま塾」で福島を訪問しました。
こちらでは、参加者の中から今回、活動報告をおこなった学生ライター2名の感想をお送りします。

3年間の学びと「伝承」の大切さ


私は、1回生の時から「チャレンジ、ふくしま塾。」に参加し、今年で3年目となります。
東日本大震災当時、小学2年生だった私は、テレビで震災の様子を見て、あまりの衝撃に「現実に起こっていること」と実感できませんでした。しかし、大学生になった今、北海道出身の私にとって、すぐ近くの東北で起こっていた東日本大震災はとても身近なことだったと思います。

「色々なことに挑戦したい」と考えていた1回生の時、manaba+Rでふくしま塾の案内を見つけ、参加しました。1回生の時に初めて見た震災当時の様子が残る遺構や、解体工事・撤去されて何もなくなった空き地など、本当にそこに人が暮らしていたとは思えない光景に衝撃を受けたことを強く覚えています。
1回生のふくしま塾では、大熊町の地域魅力マップづくりのグループに所属し、多くの住民の方々にお話を伺いました。お話を聞いた皆さんがとても温かく、「また来てね」と声をかけてもらえることが嬉しく、その後も繰り返し大熊町を訪れています。

2回生の活動では、「教養ゼミナール」「ふくしま塾」「おおくまハチドリプロジェクト」の3つに取り組みました。1回生の1年間を通して、「大熊町の一番の魅力は人」ということを強く感じ、2回生では「人のつながり」に注目してヒアリングを行い、ハチドリプロジェクトではその「人のつながり」「大熊町の温かさ」を可視化する「大熊町写真展」を実施しました。

3年目となる今年のふくしま塾で心に残ったことは2つあります。
1つ目は、震災の恐ろしさです。請戸小学校や伝承館、帰還困難区域を見て、13年経っても人が戻れるような環境になっていない現状を目の当たりにしました。当時、学校に通っていた子どもたちは、翌日もいつも通り友達に会えると感じていただろうし、大人たちも数日後には戻れると思っておられたでしょう。しかし、13年経った今でも、復興が進んでいるのは一部の地域だけで、すべてが元通りになるわけではないことを改めて実感しました。
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2つ目は、今後の震災の伝承についてです。私は1回生の時から福島を繰り返し訪れ、当時の様子が分かるものをたくさん見てきました。遺構や当時のまま残る小学校などは、自分の目で恐ろしさを実感でき、伝承にとても有効だと思います。しかし、昨年までは見学できていた「大熊町ヒラメ栽培漁業センター」や「サンライトおおくま」は、今年老朽化によって見学できなくなっており、今後は伝承方法が課題になると感じました。

また、今年のふくしま塾で特に印象に残ったのは、原発事故に関する課題の難しさです。今回、廃炉資料館で東京電力の社員さんから直接お話を聞き、原発事故に対する反省や今後の東京電力の取り組みについて学びました。震災当時に実際に働いていた社員さんの動画の中で、「目の前で起こっていることが現実なのか」という言葉がありました。原発の話題になると「東電が悪い」というイメージが強くなりますが、実際には事故が起こり、混乱や不安と戦いながら責任を果たしてくれた社員さんもいたことを忘れてはならないと感じました。

また、中間貯蔵施設を見学した際、フレコンバッグが集積されている様子を目にし、以前ここに人が住んでいたとは想像できないほどでした。土地の所有者である住民は帰りたくても帰れない状況にあり、国との約束である「2045年までに県外で最終処分をする」という目標を早く達成してほしいと感じると同時に、この膨大な量の除染土壌を移動させることが果たして可能なのかという疑問も抱きました。
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これらの経験を踏まえ、今後私が取り組みたいことは、東日本大震災の伝承です。前述のように、遺構の老朽化などによって震災を直接知ることが難しくなっているほか、震災を経験した人々の高齢化も進んでいます。
だからこそ、これまで継続的に福島を訪れ、町の変化を見てきた私だからこそできる「伝承」をしていきたいと考えています。具体的には、SNSなどを通じて発信することはもちろん、身近な友人に自分の経験を話すことで少しでも福島に興味を持ってもらい、「知ろう」とするきっかけを作りたいです。また、自分が築いてきた人々とのつながりを後輩たちに引き継いだり、ヒアリングした内容を文章化するなどの取り組みも進めていきたいと考えています。

<文学部 3回生 五十嵐>
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3年間通い続けて学んだこと、伝えたいこと


「チャレンジ、ふくしま塾。」には、今年で3年目の参加になります。
2年前、友人の誘いで被災当時の状況や廃炉の現状についてを知りたかったので参加しました。それから地域の魅力にどっぷりと浸かりました。口にするもの全てが美味しいこと、地域の方々が優しく受け入れてくださること、勉強をしている学生にとって学ぶことがたくさんあること。まだまだありますが、この地域にいると地元のような安心感を感じることができます。

今年の参加動機は自分が知ったこの地域の魅力や、物語などを関西地方でも伝えることができたらいいなと思ったからです。
これまでは主に地域を知る、ということがメインでした。今年はもっとInstagramや、このサイトのような既存のプラットフォームを活用することで、参加していない人にも伝えられたらなと思っていました。

3日間で震災の被害の状況、廃炉・復興の状況、地域でどんな人たちが活躍しているのかを学びました。発災からは既に13年が経過していますが、まだまだ当時の被害の状況を伝承施設ではないところでも確認できるほどなところもありました。現地での移動手段はバスだったのですが、車窓からバリケードをされた道、至るところにある空間線量計が復興がまだ道半ばということを物語っていました。

しかし、新しくなっているところも多々あり、例えば災害危険区域に指定されていてもう人が住む家をたてることのできない場所には防風林用の松の木が植えてあったり、コンパクトタウンという、小さな移動範囲で生活必要なものを揃えることのできる街を整備しているところもありました。復興状況が町によって違ったり、場所によっても様々な今は、とてもメディアなどを通してのみで理解するというのは、とても難しいことなのだと思いました。
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だからこそ、こうして現地で13年たった今を見学できたという経験をとても貴重だと思っています。次は状況を知った自分達が他の、まだ復興のことについてあまり知らない方に伝えるという活動が大事になってくると思いました。

この現地訪問で印象的だったのは、13年たった今でも当時のことを語るのが辛い方もおられたということです。一つ一つの言葉を噛み締めながら、当時の状況を思い起こしもっとああすることができたかもしれないという後悔の言葉を述べていらっしゃいました。

この3日間と、それからこれまでにたくさん福島県へと足を運んできた中で浜通りを好きになり、将来はこちらに移住しようと思っています。震災のこと、廃炉のこと、復興のことについて興味をもっていない人でも知ることができるようにするためには、新聞やテレビなどの大きな媒体ではなく、私たちのような、大学の震災学習をして伝えるためにあるグループが発信するほうが情報を届けやすいと思います。関心を持っていない人にも福島の状況を伝えられるようにしていきたいです。

<理工学部 3回生 植本>
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