先生は、どのような経緯から現在の研究テーマを設定されたのでしょうか。
ちょっと珍しい経歴なので、話せば長くなります(苦笑)。
もともと工学部出身で、ロボット工学を学んでいました。ところが次第に、新しい技術を開発することよりも、社会の中で活かすこと、あるいは社会に対するアカウンタビリティ(説明責任)など、広い意味で技術と社会のあいだの関係性を考えることに関心を抱くようになりました。2000年ごろのことです。その方法論を模索しているうちに、メディア研究の系譜を踏まえたアプローチを選択することにしました。ロボットは言うまでもなく、先端的な科学技術のひとつですが、社会や文化との関係を考える上では、テレビやケータイといった日常的なメディアの延長線上に位置づけるほうが、僕には自然に思えたからです。現在、スマートフォンとコミュニケーションロボットが同じ店舗で販売されていることを踏まえると、当時の見立ては間違っていなかったですね。
もっとも、メディア研究を本格的に学んでいくうちに、目の前で起こっていることを近視眼的に捉えるのではなく、過去の事例から学び、現在の分析に活かす思考の重要性に気づきました。それ以来、メディアの技術的な成り立ちを踏まえて、これからのあり方を構想することに関心を向け、歴史的な分析と実践的な活動の両方に取り組んでいます。これまではテレビやケータイに関する研究が中心で、実のところ、ロボットのメディア論にはあまり手をつけていないのですが(苦笑)、いつかは原点に戻って本格的に取り組みたいと思っています。
先生は、これまで研究上の大きな困難にぶつかったことがおありでしょうか。
また、その場合どのようにしてそれを克服されましたか。
大学院に入ってから「文転」しましたので、先に述べたとおり、自分の問題関心に向き合ううえで適切な方法論を見出すまでに試行錯誤を繰り返し、修士論文を書き上げるのに3年かかりました。
しかし、試行錯誤の中で新しい研究の種を見つけたりするなかで、論文を書き上げることがゴールではなく、思考の軌跡そのものが知的財産になるということに気づいてからは、楽しく研究を進めることができるようになりました。僕は他大学の出身ですが、学際性を尊重した社会学研究科は、試行錯誤を繰り返しながら、知的体力を総合的に高めていくことに適した環境だと感じています。
2年間の修士課程を終えて社会に出ていく院生に対して、大学院時代の成果をどのように実社会で生かしていくか、アドバイスをお願いします。
まず、適切な問いにもとづく研究計画を立て、試行錯誤を繰り返し、ひとりでやり切るという経験は、あらゆる仕事に資すると思います。もっとも、企業社会においては、短期間で目に見える結果が求められるからこそ“トライアル・アンド・エラー”が重視されるわけですが、研究活動でつちかわれる試行錯誤というのは、そうした特効薬としての効能よりもむしろ、社会の長期的な変化に粘り強く適応できる、いわば漢方薬のような働きがあるのではないでしょうか。
また、研究活動と就職活動を両立しなければならないことも鑑みると、修士課程の2年間というのはとても短いので、やり切ったという気持ちとともに、もっと出来ることがあったはず……という心残りも抱いたまま、社会に出て行くことになるかもしれません。これも先に述べましたが、たとえ大学院での研究と社会での仕事が地続きではないとしても、修士論文を書き上げることが研究の終わりではなく、執筆の過程で派生した知的好奇心を修了後も大事に育てて欲しいですね。
将来研究職を目指す院生が早い段階から取り組んでおくべき課題があるとすれば、それは何でしょう。
社会学研究科では、多様な学問領域に属している教員・院生が、さまざまな研究課題に取り組んでいますので、まずは社会学の幅広さと奥深さを身近に感じて欲しいですね。研究科の中に居るだけでも充分に刺激的なのですが、自分に適した研究方法を練り上げていく過程で、なるべく早く、外にも足を踏み出して欲しいとも思います。
工学部の研究室に毎日篭っていながら、メディアに関する人文・社会科学系の知見に触れ、やがて「文転」を決意するほどの刺激を受けた発端は、今にして思えば、インターネットを介して知り合った同世代の大学生や大学院生の方々との交流だったような気がします。学会や研究会などに積極的に参加し、「居場所」を見つけることは大事ですが、特定の場所に安住しない貪欲さ、フットワークの軽さを身につけて欲しいです。蛇足ながら、研究の成果や業績をまとめたページやブログを早くから持っておくと、良いことがあるかもしれませんよ。