日高 勝之教授 の VOICE

VOICE

取材時期:2016年

日高 勝之教授 教員

研究テーマ
記憶・過去・歴史とメディア、公共圏とメディア・ジャーナリズム
教員詳細

研究をするということは、ある意味で困難の連続です

先生は、どのような経緯から現在の研究テーマを設定されたのでしょうか。

私は研究者のキャリアとしては変わり種で、元々はNHKの報道局のディレクターとして、報道番組、ニュース番組、特別番組の企画・取材・制作の仕事をしていました。仕事は非常に充実していたのですが、元々少しばかり学究肌のところがあって、日々メディアの仕事をしながら体験することの意味づけや背景が気になって仕方がありませんでした。例えば、「番組の中でどういう瞬間に視聴率が上がるのか、逆にどういうときに下がるのか」とか…。他の同僚たちがあまり関心を示さないことが私にとっては一つ一つ興味津々でした。そこで在職中にイギリスの大学院で研究をする機会に恵まれ、メディア・スタディーズ、社会学の研究をしたのですが、これをきっかけに益々研究の世界に惹かれていきました。結果的に、それが高じて30代の後半でNHKを退職し研究者の道に入っていくことになったのです。

研究テーマはその後、次第に変化し、今では結構いろいろな研究をしていますが、共通するテーマは、一言で言えば、「メディアや社会的言説で溢れている通説や常識を疑い、別の見方、知られざる側面を炙り出し、社会に提示する」ということでしょうか。思い返せば、NHK勤務時代の若い頃に、様々なメディアが視聴者や読者、オーディエンスに発信する言葉の一種の虚構性、およびそれが生み出されるメカニズムを肌で感じ取った経験が今に生きていると思います。

先生は、これまで研究上の大きな困難にぶつかったことがおありでしょうか。
また、その場合どのようにしてそれを克服されましたか。

研究をするということは、ある意味で困難の連続かもしれません。私の場合も悩みが尽きません。上述したように、私の研究に共通する基本的なテーゼは、「メディアや社会的言説で溢れている通説や常識を疑い、別の見方、知られざる側面を炙り出し、社会に提示すること」です。でもこれは慎重の上にも慎重さが求められます。したがって、自分の視点や考えに果たしてどの程度の普遍性と説得性があるのか、何度も自問自答したり、時には逡巡せざるを得ないことになります。加えて、自分の力不足に落ち込むこともしばしばあります(苦笑)。

困難を克服する特効薬はありませんが、私の場合で言えば、研究者の原点に絶えず立ち戻る、研究の基本に絶えず立ち戻るということでしょうか。研究テーマや方法論の妥当性、資料の扱い方や分析の妥当性、議論の進め方等々、研究の基本にあてはめてみて、齟齬や矛盾が無いのか、慎重に考え抜くという、じつのところ基本的な取り組みが結局は依って立つ基盤かと思います。その上でいざ研究成果を発信してみると、好意的な反響や感想を頂くことがある。それが力にもなります。要するに逡巡や自己不信とそこからのリカバリーの繰り返しのようなもので、いつも精神的にはプレッシャーがありますが、でもこのサイクルからは逃れることは出来ないでしょう。研究者という仕事はそれを引き受けるべきだと考えます。

2年間の修士課程を終えて社会に出ていく院生に対して、大学院時代の成果をどのように実社会で生かしていくか、アドバイスをお願いします。

大学院での研究実践はテーマや領域によって違いがありますが、人文社会系の分野である程度共通するのは、やや乱暴に言えば、自分で考え、調べたことを説得的に他者に言葉の力で示すことだと思います。修士課程の2年間では、自分の関心やテーマに沿いながら、そういうトレーニングを多角的に実践できます。これは実社会のどんな仕事にも役立てられる武器となりうるでしょう。それと、大学院時代の教員や仲間との数々の議論やコミュニケーションの中で、自分のモノの見方、思考回路みたいなものを一歩引いた眼で見ることが出来るはずです。これは貴重な財産です。どんな職種の仕事もバランス感覚が重要ですが、大学院時代のこうした経験はバランス感覚を培い、複眼思考を養うことにも有効と思います。したがって、大学院での授業、院ゼミでのコミュニケーション、論文、レポート等の取り組みの一つ一つを疎かにせず大事にしてほしいと思います。

将来研究職を目指す院生が早い段階から取り組んでおくべき課題があるとすれば、それは何でしょう。

まず大事なのは、正しい研究法の習得に尽きると思います。学術論文とは何か、学術論文の書き方とは何かについて、正攻法できちっと習得することが大事でしょう。特に、自分の研究テーマや領域に関連する多様な研究アプローチを一通り理解し、自分はどのアプローチを採用するのか、なぜ他のアプローチではいけないのかなどを、自分の言葉で他者に説得的かつクリティカルに説明できるようになることを早めに目指すのが良いでしょう。

もう一つ挙げるとすれば、自分の関連分野の研究の、広い意味でのトレンドのようなものを出来るだけ具体的かつ俯瞰的にキャッチしておくことも重要です。その上で自分の関連テーマが、今後数十年の日本や世界でどのような重要性がありうるのかを幅広く考えてみるとよいでしょう。そのためには自分の専門分野はもちろんですが、それに限らず隣接分野やちょっと離れた分野の現代の第一級の研究を出来る限り渉猟するのが役立つでしょう。一歩引いた眼で自分の未来を眺めてみるのです。周囲の意見を聞くのも有益だと思います。