先生は、どのような経緯から現在の研究テーマを設定されたのでしょうか。
私は産業社会学部を卒業した後、児童指導員として大阪市内の児童養護施設でこどもたちとまさに「寝食をともにして」住み込みで働いていました。大学院進学は4年間働いた児童養護施設を退職してからのことです。
社会的養護で暮らすこどもたちを取り巻く環境には、被虐待児のPTSDへのケア、施設で暮らす子どもの進学や就職をめぐる課題、施設職員のQWL(Quarity of Working Life)、100名の子どもが暮らす大舎制施設の課題など、様々な課題があります。私は特に、家族のもとに家庭復帰した後、再び虐待を受けて施設ケアに戻ってくる子どもの多さに大きな問題意識を持つようになりました。施設を退所した子どもが、地域の中で孤立することなく地域の中の一員として大人になっていくことは非常に難しいことです。特に、2001年に児童養護施設から家族のもとに外泊していた小学1年生の男児が虐待により命を落とした事件は自分の専門性の不確かさについて深く考えさせられる出来事となりました。虐待で命を落とす子ども、不適切な養育スキルしか選択肢のないおとなを減らすためにソーシャルワーカーとしてもっと専門性を高めたいと思うようになりました。
そこで、子どもたちが「私は信頼できる大人によって大切にされ、守られ、大きくなってきた」と感じながら大人になれる仕組みを、施設の中で、社会的養護の中で、地域の中でどうすれば確保していくことができるか考えていきたいと思い、大学院に進学しました。
児童養護施設、児童相談所での実践を通して、「虐待等でいったん家族から分離された子どものケアと家族再統合支援」について考えてきました。一方で「地域のなかで家族が分離されることのないよう予防的に取り組むことはできないか」、「地域に戻った子どもが施設で育ったというスティグマを負わずに地域の中で育てられるために、ソーシャルワーカーは何ができるか」ということにも関心を寄せています。社会的養護は大規模施設から小規模ケアへ、施設から里親へとシフトしていこうとしています。どの子も地域の中で、地域の子どもとして生きていくことができるような社会にするために、ソーシャルワーカーは何をなすべきか、考え続ける日々です。
先生は、これまで研究上の大きな困難にぶつかったことがおありでしょうか。
また、その場合どのようにしてそれを克服されましたか。
研究上の困難は常にそこにあり、克服しえたものは一つもないと思っています。
児童虐待の防止等に関する法律が2000年に制定、施行されてから17年、児童相談所等に寄せられる虐待相談件数は増加の一途をたどっています。児童養護施設でのスーパーバイズの場で、あるいは生きづらさを抱えて生きる児童養護施設出身者との出会いの中で、子どもや家族を支援するソーシャルワークの未整備さゆえに制度やサービスの網の目からこぼれおちてきた人たちと出会うことは少なくないため、自分の未熟さを痛感する日々です。
しかし、バイスティックのケースワークの原則に常に立ち返り、受容と共感を大切にしながら丁寧に一人一人の生い立ち、今の生きづらさ、そしてこれからに寄り添えるように心がけ、少しでも子どもの最善に資することができるような研究成果を示し続けたいと思っています。
2年間の修士課程を終えて社会に出ていく院生に対して、大学院時代の成果をどのように実社会で生かしていくか、アドバイスをお願いします。
大学院は、自分自身で社会に対する「なぜ」への答えを見つけていく場所だと理解しています。お恥ずかしい話ですが、大学院(関西学院大学社会学研究科)へ進んだ当初は、「大学院へ行けば、児童養護施設におけるソーシャルワークのあり方について、先生方から教えてもらえる」と思っていました。そして、入学してすぐにそうではないことに気づかされました。学部での学びや社会での実務経験を通してもつようになった問いの答えを、先行研究や自分自身のリサーチを通して実証的に明らかにしていくために、大学院での授業、ゼミでの先生や仲間との議論を大切にしてほしいと思います。
「実践現場と理論の乖離」はソーシャルワーク実践の現場でもよく指摘されますが、大学院を修了された方には、実践も社会調査も、両方のセンスを兼ね備えたpractitioner-researcherとして活躍していただけるよう、一緒に学んでいきたいと思います。
将来研究職を目指す院生が早い段階から取り組んでおくべき課題があるとすれば、それは何でしょう。
まず、自分の研究領域に限らず、社会に対する幅広い関心を寄せ続けてほしいと思います。社会福祉の世界においては、ジェネラリストソーシャルワークの重要性は指摘されるものの、どうしても領域分断、縦割りで「自分の専門領域」を持ちがちです。しかし、家族を単位としてその人とその人を取り巻く環境をアセスメントする際など、「なぜこの人はこうなのか」ではなく「この人を取り巻く環境で何が起こっているのか」を見ることが必要になります。これはなんらかの社会問題を見るときにも必要な視点ではないかと思います。自分の問いを大切にしながら、社会問題については幅広く知識を持っておく必要があると思います。
それから、私は学部時代に中村正先生から「書をもって町に出よう」と言われたことを今もとても大切にしています。統計学的手法とともに、フィールドワークやインタビューの技法も大切です。ぜひ、町に出ていろいろな人と出会って、出会いを通して学んでいただきたいと思います。学友、先生、そして自分が出かけた先で出会う様々な人との交流を大切にすること、自分の意見と異なる意見を「聴く」力を身につけておくことも大切です。
最後に、研究法についての理解です。専門職としての経験に基づく「知」も大切です。エキスパートの体験談は面白く、それなりに説得力ももつでしょう。しかし、ソーシャルワークに研究職として向き合っていくためには、実証的なデータに基づいて物事を理解するスキルが必要です。自分自身で調査し、分析する力、それを論文としてまとめる力、そして国内外の先行研究を読む力、調査結果を読む力をしっかり身につけておきましょう。