中西 典子 教授 の VOICE

VOICE

取材時期:2019年

中西 典子 教授 教員

研究テーマ
ポスト福祉国家における官民/公私関係の再構築と地域的公共性に関する比較社会研究
教員詳細

社会問題の事実や背景を正確に記録し正当に伝え、諸活動につなげていくことが、社会に対する社会学の責任であるように思います

先生は、どのような経緯から現在の研究テーマを設定されたのでしょうか。

大学時代は、発展途上国の貧困問題に関心があったので、世界のことが学べそうな地理学科に入りました。受験で政治経済を選択したため、当然のごとく大学のマニアックな地理学とは距離を感じ、勉学に励むことなく卒業を迎えて企業に就職しました。その後、学び直したいと思い、社会学研究科に入りました。卒業論文では村落の空間構造をテーマにして、社会学の文献も参照していたことから、大学院では主に地域社会学の分野で研究を始めました。

大学に職を得てから、在外研究で英国に行く機会があり、英国の貧困地域におけるローカル・パートナーシップの調査や、公共性をめぐる研究会での「官と民/公と私」という関係の問い直しなどの示唆を得ながら、国家的公共性に対する地域的公共性のあり方を考察しています。目下の研究課題として、中央集権と地方分権のダイナミクスをナショナリズム・リージョナリズムとローカリティという視点から分析することをめざしていますが、研究する時間がなかなか取れません。

先生は、これまで研究上の大きな困難にぶつかったことがおありでしょうか。
また、その場合どのようにしてそれを克服されましたか。

大学院修士課程の頃、とくに文系の研究が社会にどう役立つのか見えなかったため、自身の研究も含めて、社会学の研究に意味があるのか先輩に問うた時があります。とにかく修士論文だけは書き終えて、別の道に就職すべきかどうか悩んだこともありました。博士課程に進み、大学への就職を目前にした頃、阪神・淡路大震災が起こりました。就職前後の時期を通じて被災地に調査に入り、被災住民への聞き取りを続けるなかで、被災者を前に何もできない無力感で気が滅入りました。地質学等の防災に役立つ調査ならともかく、多くを失った人々から話を聞き出すという調査への葛藤もありました。

そんななかで、個人的な見解ですが、社会学の研究は、基本的に、社会の重大な問題に直面してすぐに解決できるような性格のものではないと考えるようになりました。むしろ、その事実や背景を正確に記録し正当に伝え、諸活動につなげていくことが、社会に対する社会学の責任であるように思います。

2年間の修士課程を終えて社会に出ていく院生に対して、大学院時代の成果をどのように実社会で生かしていくか、アドバイスをお願いします。

大学院の成果は修士論文として結実します。卒業論文もそうですが、論文を執筆するという作業は簡単にできるものではありません。量産できる能力のある人もなかにはいますが、論文を書き上げるには、頭脳だけではなく身体をフルに使って感覚を研ぎ澄ませる必要があります。論文を作成する過程では大量の時間を費やさなければならず、結果的に何も産み出さない多くの時間も含めて、犠牲にしなければならないことは多々あります。

けれども、論文を書き上げる作業は、企画から完成まで試行錯誤を繰り返しながらも自らの力で構築していく総合的な営みですので、それは必ず実社会のあらゆる場面で応用できます。また、時事的な分野を多く含む社会学の諸テーマは、文字通り社会で実になる学問だと思います。

将来研究職を目指す院生が早い段階から取り組んでおくべき課題があるとすれば、それは何でしょう。

近年、大学院が広き門になるに伴って、院生数も格段に増えてきています。また、情報ツールが多様化して様々な情報へのアクセスが可能になるとともに、情報量も飛躍的に拡大しています。こうしたなかで、論文の質量が向上し、そのレベルも高くなってきており、課程博士を含めて学位取得者も相当数にのぼります。しかしながら、このような変化に見合ったかたちで研究職の受け入れ先も増えているかといえば、状況は厳しいと言わざるを得ません。

院生時代は、研究に打ち込める時間に恵まれている分、自身の研究テーマを追究するために必要な研究実践を地道に体得することが重要であることは言うまでもありませんが、他方で、昨今の熾烈な就職戦略として、国内外の学会での積極的な発表や研究交流、他言語の習得、調査スキルやフィールドの確保、学外の諸機関とのつながり等は、早い段階から取り組んでおくに越したことはないかもしれません。