授業レポート#03

データを読み解く
「目」を鍛える。

公衆衛生学から社会に対する
多角的な見方を養う

教養ゼミナール:
データの見方は地域の味方

健康に長生きできるかどうかは、遺伝や生活環境など個人の問題だけで決まるわけではありません。実はその裏には、貧困や社会格差などさまざまな問題が潜んでいます。人の健康課題を地域や社会の視点で考えるのが重要なのはそのためです。その際に「ものさし」となるのが客観的な「データ」。「教養ゼミナール:データの見方は地域の味方」では、さまざまなデータを見ながら、それを読み解く「目」を鍛えます。するとこれまで見えなかった社会の別の側面が見えてきます。

データをどう見るかで
多様な社会課題や
解決の道が見えてくる。

「健康」であるということは、単に病気でないということに留まりません。健康を考える上では、個人の身体の状態だけでなく、貧困や虐待、教育格差・雇用格差といった社会格差など、心身の健康に影響を及ぼすさまざまな課題も考慮に入れる必要があります。これらの社会問題も含めて健康課題と捉えると、それが一人ひとりはもちろん、地域や社会全体で取り組まなければならない問題であることが見えてきます。

このように人間集団や社会に主眼を置く衛生学や公衆衛生学の視点から人のライフサイクルを総合的に見つめる。それが「教養ゼミナール:データの見方は地域の味方」です。多様な学部・学年の学生が受講し、講義形式で学ぶだけでなく、調査研究にも挑戦します。

「健康に過ごすためにはどうしたらいいか? そのために地域で取り組むべきことは何か? 社会生活を営む上で生じるさまざまな健康課題について考える上で重要なのは、確かなエビデンス、つまり根拠に基づいて考えることです。そしてその根拠となるのが、客観的な『データ』です」

第1回の授業で受講生を前に、早川岳人教授はこう語り始めました。しかし、ただデータを集めれば良いわけではありません。そのデータを「見る力」「読み解く力」が不可欠です。そこで第1回から第4回までの授業では、「健康」に関わるさまざまなデータを実際に紐解き、その「見方」を学びます。

どういう視点でデータを見るかで、まったく異なる多様な様相が見えてくるのが不思議なところ。例えば豪華客船タイタニック号の死亡率から社会格差の実態を浮き彫りにする。あるいは都道府県別平均寿命の推移から地域社会での生活習慣病予防の政策の必要性を見出す。このようにデータを読み解くことで社会課題や解決策が見えてきます。「学生にはこうした社会に対する『多角的な見方』を養ってほしいと思っています」と早川教授は言います。

データの見方 #01

社会格差が明暗を分ける
タイタニック号での死亡率

1912年、タイタニック号の沈没事故での死亡率と社会的地位の相関関係を調べたデータを見ると、社会的地位の高い人の死亡率が37.3%であるのに対し、社会的地位の低い人の死亡率は75.3%にのぼります。社会的地位の高い人はデッキ近くの高価な船室にいたのに対し、下層階級の人は船賃の安い船底にいたため取り残されたと考えられます。早川教授は言います。「死亡率にも社会階級格差がある。これは船の中だけでなく、現代社会にも当てはまります。タイタニック号はまさに社会の縮図といえます」。

データの見方 #02

都道府県別平均寿命

都道府県別平均寿命を見ると、男女で多少の差はあるものの概して秋田県や青森県といった東北地方の平均寿命は低く、京都府や滋賀県などの平均寿命は高いことがわかります。その差は実に2年半~3年にも及びます。寿命には地域格差があることがわかると、例えば住民の生活習慣を是正する政策などを考えるきっかけになります。

あふれる情報の正誤や因果関係を
いかに判断するか?
社会を鋭く見極める「目」を養う。

第2回からの講義では、衛生学、公衆衛生学について知識を深めるとともに、実際の事例をもとに疫学研究についても学びます。疫学研究では、どのように研究課題を設定し、どういう手順で研究を進めていくのか。学生は自分自身が研究することを念頭に置きながら、そのノウハウも身につけていきます。

「公衆衛生学においては、真に影響しているものは何か、『危険因子』を突き止め、因果関係をはっきりさせる必要があります」と講義で早川教授は語ります。

結核やコレラといった病気では、結核菌やコレラ菌といった疾病の発生に関与している因子を発見した結果、死亡率を劇的に下げることができました。政策や社会的な取り組みによってこうした危険因子を地域や人々の暮らしから除去したり、回避することで疾病を予防できます。

ただし、ここで注意しなければならないのが、「因果関係」です。例えば、ライターを持っている人には肺がんになる人の割合が多いという研究があります。それでは、ライターが肺がんの危険因子でしょうか? 実は調べると、ライターを持っている人の多くは喫煙者で、肺がんの真の危険因子は「タバコ」であることが明らかになりました。時にデータには因果関係の間に交絡因子が紛れ込み、真の原因を隠してしまうことがあります。「データを鵜呑みにするのではなく、『疑う目』を持つことも大切です」と早川教授は言います。

一次・二次・三次予防の必要性

病気になってしまったら、健康のための取り組みが不要になるわけではありません。病気になっていない人は、当然、健康増進や病気の予防といった一次予防が重要です。それだけでなく、病気を発症していないけれど健康診断などで病気の疑いがあると診断された場合は早期発見・早期治療を行う二次予防、さらにはたとえ病気になってもそれ以上悪化させないための三次予防が必要です。

社会課題に対して問題意識を持ち、それを的確な目で判断し、解決策を考える。それは、未来の社会を担う人に不可欠な力です。「将来、地域や国、あるいは国境を越えて世界が直面する課題を解決する人にこそ、情報を鋭く見極める『目』や、自分の問題として考える姿勢を身につけてほしい」と早川教授。「データの見方は社会の味方」は、学生がそうした視点を磨く絶好の機会です。

また大人数を対象とした統計データをもとに考えることと同時に、個人に焦点を当て、一人ひとりが直面する困難に目を向けることも大切にしています。「集団に焦点を当てた統計データでは見えてこない問題もあります。またたった一人の訴えが、社会課題の発見につながることもあります。だからデータを扱う研究でも、個人を見ることは非常に重要なのです」と早川教授。第5回の授業では、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の研究者がゲストスピーカーとして登場。学生は、ALS患者一人ひとりに対する調査から質的研究がどのようなものかを学びました。

山本彩乃さん 山本 彩乃さん
文学部4回生

数字だけでなく言葉もデータになるということを知り、おもしろい、と思いました。言葉では詳細な状況を記述できるため、個別・具体的なデータが取れるということが新しい発見でした。

社会の課題を「自分事」
として考える。
データを調べることで
その視点が磨かれていく。

講義でデータの見方や疫学研究において重要な視点、方法を学んだ後、次は学生自身がデータを使った研究に挑戦します。これまで学んできたことを念頭に、研究テーマを見つけ、何を明らかにするのか目標を定めて研究企画を立案します。

中間発表では、一人5分の持ち時間でプレゼンテーションを実施。それぞれがなぜこのテーマに関心を持ったのか、問題意識を語るとともに、どのような調査を行い、何を明らかにしたいのかを発表しました。

「教育格差と貧困の関係について」、「農業に従事している人は健康か?」「糖尿病の原因といわれる生活習慣に地域別に違いはあるのか」「海洋酸性化が地球にもたらす悪影響について」など、研究テーマは多種多様です。「同じ専門について学ぶ各学部のゼミと違い、学生の関心や問題意識も、選ぶテーマも多岐にわたります。学部でのゼミ活動では得られない知見や刺激を得られるのが、多様な学部や学年の学生が学ぶ『教養ゼミナール』のおもしろいところでもあります」と早川教授。その言葉通り、プレゼンテーションの後は、学生から発表者に次々と質問が寄せられます。また早川教授からは新たな視点への気づきを促す助言も与えられ、学生はそれらをもとに研究計画をブラッシュアップし、いよいよ調査研究に乗り出します。

調査研究する上で学生に与えられる必須課題は、確固とした「根拠」を示して説明すること。「憶測やインターネットなどに見られる正誤のわからない情報ではなく、信頼性の高い統計データや当事者に聞き取りをした結果など確かなエビデンスを示す大切さと、その難しさを体験してほしい」と早川教授は語ります。

自分が立てた仮説を立証するにはどのようなデータが必要か。学生たちは文献や統計資料を調べたり、必要とあれば聞き取り調査やアンケート調査も行います。時には自分の仮説を裏付けるデータが見つからなかったり、仮説とは異なる結論が導き出されることも。そうして試行錯誤する中でそれぞれの研究テーマを深めていきます。

少子化を調査テーマに選びました。傾向をデータとして整理することで、言葉として知っていた知識が、身に迫るような危機感として見えてきました。

上南 祐香里さん 上南 祐香里さん
文学部1回生

最後は報告会。一人ひとりが調べたことをレポートにまとめ、皆の前で発表しました。

「評価のポイントは、正しい結論を導き出せたかどうかではありません。それぞれが自ら問題意識を発見し、調査・研究することを通じて自分自身の周りにある社会課題や健康課題に目を向けるだけでなく、それらを『自分事』として考える視点を養ってほしい。そうした観点から学生の主体的な学びを評価しています」と早川教授。

「自分事」として考えた先にこそ、課題解決の道も見えてきます。「データ」を通して社会に対する新たな見方を身につけることで、受講生一人ひとりが将来、社会や地域の課題を解決する「味方」になる。「データの見方は地域社会の味方」というテーマには、この授業を学ぶ学生への熱い期待も込められています。

データの見方 #03

世界各国の高齢化スピード
から実感する身近な問題

全人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)が7%を超えると「高齢化社会」、さらに14%を超えると「高齢社会」と呼ばれます。先進諸国における65歳以上の割合はどの国も右肩上がりですが、詳しく見ると、フランスは7%から14%になるのに124年かかっているのに対し、日本はわずか24年で14%を突破したことがわかります。福祉国家といわれるスウェーデンで85年、アメリカでさえ72年もかかっています。「日本がいかに超高速で高齢化が進んでいるかわかるでしょう。こうしてみると高齢化の問題は見知らぬ高齢者のことではなく、自分自身のことだと感じるはずです」と早川教授は説明します。

65歳以上人口割合の推移