所長よりごあいさつ

白戸 圭一

「中東湾岸戦争が勃発し幸いなことに短期間で終わった。しかし、ポスト冷戦時代が到来したにも拘らず従来考えられなかったような中東での激動が続いている。こういった状況のもとでヨーロッパ中心の冷戦の終わりのはじまりは、いったいアジア太平洋地域にどのような形で波及させることができるのか。今、バルト三国はゆれ動きソ連のペレストロイカも危機的状況にはいっている。ポスト冷戦時代の国際秩序論は、理論的かつ政策論的に問いなおさなければならないのではないか」

ここに紹介したのは1991年3月に国際地域研究所が発刊した紀要『立命館国際地域研究』の記念すべき第1号の巻頭論文で、当時の関寛治所長(立命館大学国際関係学部教授)が記した文章です。当時、国際関係学部の一学生だった私が三十数年後の今この文章を読むと、関先生の甲高い声がどこからか聞こえてくるような気がします。

国際地域研究所は立命館大学に国際関係学部が新設されたのと同じ1988年4月に設立されました。紀要の第1号が創刊されたのはその3年後のこと。関先生の文章からは、米ソ両首脳による東西冷戦終結宣言、イラクのクウェート侵攻に端を発した湾岸戦争、ソビエト連邦の崩壊といったポスト冷戦期の激動の中で、設立から間もない研究所が国際社会の現状分析と将来展望に挑もうとする気迫のようなものが伝わってきます。

それから三十年以上が経過し、国際社会は今、冷戦終結後で最大級ともいえる激動に直面しています。いや、その激動ぶりは、第二次世界大戦後で最大級なのかもしれません。

第二次大戦後の世界では、米国のリーダーシップの下で「自由主義的国際主義」と称される国際秩序形成に関する原則が発展してきました。この原則は、主権国家間で、あるいは主権国家内部で紛争や利害対立が発生した場合、構成員の合意下で民主的に形成されたルールを全構成員が尊重するというものです。

この原則を貫徹することによって、国際社会においては国際協調と紛争の非暴力的解決が図られてきました。現実には、原則が破られたケースも多々ありましたが、少なくとも米欧を中心に「自由主義的国際主義」の原則に基づく国際秩序形成が志向され、各国が協調を図ろうと努めてきたことは間違いないでしょう。

しかし現在、世界では武力による現状変更が公然と幅を利かせ、偽の情報が爆発的な勢いで拡散し、人々が自らと考えの異なる相手を憎み合う分断が進行しています。異なる主張や見解を持つ相手と対話や交渉で問題解決を図る「自由主義的国際主義」の原則は、風前の灯と言っても過言ではない状況です。ロシアがウクライナで暴虐の限りを尽くし、イスラエルの過剰な「自衛」によってパレスチナで膨大な数の子供が犠牲になっているにもかかわらず、自由主義的国際主義の旗振り役であった米国はその役割を半ば放棄し、少なくとも過去一世紀の間で最も極端な自国第一主義の政権が世界を混乱に陥れています。

こうした混迷の時代状況の中で、一研究所にできることは限られています。研究者たちの手による論文、書籍、発言など、巨大な暴力や分断の前では蟷螂之斧(とうろうのおの)に過ぎないかもしれません。しかし、立命館大学国際地域研究所は、こうした激動の時代にこそ先人たちの研究成果を踏まえつつ、国際社会の諸課題に果敢に挑み、新たな研究成果を広く社会に発信していきたいと考えております。皆様のご指導、ご協力を伏してお願いする次第です。

立命館大学国際地域研究所 所長
白戸 圭一