研究拠点Ⅳ 高齢者の健康増進と生き甲斐の追求高齢者の認知的コミュニケーションの支援に向けた
学際的研究拠点の形成

高齢者の認知機能や心的健康の支援をどのように実現させるか。「回想法を用いた傾聴」が有効であることは明らかでも、少子高齢化社会の中で、それを用いた持続的な支援は困難です。そうした課題に対して、本プロジェクトでは、認知科学と情報科学の融合により、新たな研究分野を開拓します。そこでは、認知的コミュニケーション支援のモデルを構築し、それをもとに情報システムを開発することで、持続的な支援の実現を目指します。

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高齢者の認知機能や心的健康を持続的に支援するために、
新たな研究分野を開拓する。

現代社会では、高齢者の心的健康の実現が大きな課題となっています。しかし、少子高齢化が進む中で高齢者との交流の機会は自ずと減少しており、さらにコロナ禍以降、高齢者への対人サポートを行うことはますます困難になっています。
また、高齢者の心的健康の実現においては、認知症患者のサポートが避けて通れない課題です。認知症患者は高齢者に多いとされ、全国で462 万人、軽度の認知症患者はさらに400 万人いるとされています。認知症の予防や回復には、回想法や運動療法、認知刺激療法などの療法がおこなわれていますが、中でも、高齢者に日常的なエピソードの楽しかったこと、幸せだった思い出を話してもらう「回想法を用いた傾聴」が有効であることが明らかにされています。加えて高齢者が言語化する際には、スマートフォンの情報を含む視覚情報や、臭覚・触覚を刺激するような情報を提示すること、すなわちさまざまなマルチモーダル情報を刺激することも、高次の脳・認知活動における記憶の活性化に効果的とされています。「回想法を用いた傾聴」などの療法では、アドバイザーや介護者がそうした療法の知識や技術を身につけ、高齢者の活動をモニターし適切な治療方法をサポートしながら、一人ひとりに関わることが不可欠だと言えます。
しかし、コロナ禍以降、人と人との間で直接的に対話することが難しい日常が続いている状況にあることに加え、こうしたサービスを提供できる人材も、その育成も、ともに不足しており、高齢者の認知機能や心の健康を支援することが難しい現状があります。
少数の若年者が多くの高齢者を支えていく、これからの社会では、人間の知的活動を自律的に支援するシステムが必要であり,これらのシステムと人間の協調的な関係を構築することが重要となります。
本研究では、高齢者の心の健康を維持することを目的とし、情報通信システムを用いることで、持続的に高齢者の傾聴を通じた認知的支援を実現するための研究分野を開拓することを目指します。

認知科学と情報科学の融合で、認知のモデルを構築し、
認知を支援する情報システムを開発する。

高齢者へ心的健康の実現へ向けて、心のメカニズムに即した適切かつ安定した支援を提供するためには、実証的なエビデンスをもとに高齢者の健康度を理解するモデルを構築すること、また、そのモデルをベースに情報システムを構築していくことが必要です。そこで本プロジェクトでは、モデルベースアプローチと、その知見をもとに支援技術を開発していくシステムベースアプローチの両輪を組み合わせた学際的なアプローチを採用しています。

林がリーダーを務める第1グループでは、モデルベースアプローチを担当します。支援技術の開発に向けて人間の心のメカニズムを探究することを軸に置き、傾聴による対話を通じて高齢者の心身の健康状態のメカニズムを「理解」するための分析を行うモデリングチームと、高齢者の気分の改善や傾聴時の回想記憶・説明活動の活性化に向けたファシリテーション手法を検討する「支援」のチームとに分かれ、認知科学的なアプローチによる研究を進めています。

会話分析を目的とした基礎心理学実験。話者の視線と表情、発話のデータを収集し、実験課題との関係性を分析する。

会話分析を目的とした基礎心理学実験。話者の視線と表情、発話のデータを収集し、実験課題との関係性を分析する。

心身のメカニズムを「理解」するための分析を行うモデリングチームは、さらに2つの班に分かれており、心理分析班では、心理学や教育心理学の研究者が言語情報をもとにした心理学的モデルの構築を行っています。また情報工学を専門とする研究者を中心としたセンシング班では、非言語情報による状態検知に関する分析とモデル開発に取り組んでいます。心理実験による分析に加えて、工学的なセンシング技術を用いた機械学習を通じて検討することで、システムベースで健康状態を適切に推定することを可能とします。
「支援」のチームは、人間の認知行動をはじめ傾聴によるコミュニケーション活動を支援する技術を提案するため、2つの班で編成。主に認知科学の研究者と専門研究員および博士後期過程院生からなるコミュニケーション支援班では、回想記憶の想起の促進や傾聴時の説明活動といったコミュニケーション支援に関する分析とモデル開発を行っています。その一例として、これまでの研究室の研究の中には眼球運動測定器や会話エージェントを用い、相手がどこを見ているのかが分かる手法を提案し、実験を実施。学生がペアで問題を解く際、同システムを使ったほうが、コミュニケーションが図りやすく問題の解きやすさが向上するとの結果が得られました。もう一方のシステム支援班では、バーチャルリアリティ専門の研究者を中心とし、VR(人工現実感)・MR(複合現実感)を用いたコミュニケーション支援のための刺激提示の実験システムの開発を推進します。

木村の第2グループでは、高齢者の身体感覚を刺激することで認知機能を活性化させることを目指します。高齢者がVR・MR 環境に対して行うインタラクションに身体動作や各種感覚を導入することで、認知機能を活性化させる手法を研究します。
チーム1では手・足の動作、アイジェスチャといった身体動作を用いたインタラクションを開発。チーム2 では、VR 空間内を移動するための足の動作を利用した様々なインタラクション方法のうち、より高齢者にとって利用しやすく、かつ認知活動の活性化を促す方法を見極めます。チーム3 のテーマは、複数の感覚を相互に融合・補完するインタラクション方法の研究を行います。MR 環境では、現実空間にある実物体に対して、見た目の異なるCG 映像を重畳描画することができます。

モーションキャプチャを使って、身体動作を用いたインタラクションによる認知機能の活性化を研究する。

モーションキャプチャを使って、身体動作を用いたインタラクションによる認知機能の活性化を研究する。

この技術を利用することで、現実世界では小さなケースを把持しているにもかかわらずHMD を通して見ると大きなケースを持っているように見せることができます。このように現実世界と仮想世界で「見た目」に差異を生じさせることで、重さなどの「触感」を錯覚することがわかっています。このような感覚間で起こる錯覚現象を活用することで、高齢者が知覚しにくい感覚を他の感覚を利用して増強したり、知覚しやすくしたりするインタラクション方法を検討します。さらにチーム4 において、チーム1 ~ 3 で開発・検討したインタラクション手法が高齢者の認知機能に与える効果について、認知心理学的観点から検証します。

泉の第3グループでは、人がもつ記憶に着目して、高齢者の認知機能を活性化させる取り組みを行います。2つの班に分かれ、写真や動画、音などのデジタルデータを対象に記憶の想起に有用なデータの特徴を検討するとともに、記憶を適切にデータとして蓄積する方法や、それを提供するインタラクティブな情報システムの提案、さらに、提案システムを用いた記憶の想起が認知機能を活性化させる効果を検証します。 泉はこれまで、過去の記憶に関連するデータを工学的に応用することを目指した研究に取り組み、認知症患者と家族介護者間などを対象とする、記憶の情報を活用したコミュニケーション支援などを提案しています。本研究プロジェクトでは、SNS にアップされている大量のデータに着目し、他者の写真やテキストデータを用いて個々の思い出を想起できるか否かを調査。写真とテキストで想起される内容の違いや、それぞれのデータのどのような要素が記憶の想起に有用なのかを分析しています。さらに、デジタルデータがない時代を含む昔の思い出にも焦点を当て、現在に取得できる写真や音楽といったデータから昔の思い出が想起されるか否かという検証も行っていく予定です。

多彩な研究者により挑戦的な研究領域を構築。
次世代の認知的コミュニケーション支援研究を開拓。

本プロジェクトは、高齢者の傾聴を通じた健康度を理解し計算機上でモデル化するモデルベースの研究と、その知見をもとに支援技術を開発していくシステムベースの研究を組み合わせた学際的研究です。総合心理学部、情報理工学部の研究者を中心に、認知科学、教育心理学、認知工学、VR/MR 、ヒューマンインターフェイス、情報デザイン、インタラクションといった多彩な研究者が参加し、複合現実による傾聴支援を行う挑戦的な研究領域を構築しています。
また、本プロジェクトの主なメンバーは、立命館大学 認知科学研究センターのメンバーでもあるため、本プロジェクトの研究活動は相互の研究推進力を高めることにつながっています。 そうした学際性による直近での成果の一つとして、携帯端末上で動作するチャットボットの開発と予備調査実施が挙げられます。これは、通信アプリLINE上でエージェントとの対話を通じて、傾聴支援を体験できるシステムです。解決志向ブリーフセラピーの技法の一種である「ミラクル・クエスチョン」に着目し、実際の傾聴場面で取り入れられている会話タスクがチャットボットでも有用なのかどうかを検討。チャットボットを介したメンタルヘルス支援の実現を目指す研究に活かしていきます。
本プロジェクトを通して、将来的には、認知科学的なモデルを用いた情報通信システムを応用し、知的な振る舞いをするロボット、あるいは対話システムという形で、高齢者施設をはじめ広く社会で活用していただきたいという思いがあります。その達成に向けて、独創性あふれる研究者の育成に努め、最先端の研究成果を発信できる認知的コミュニケーション支援の研究拠点を目指します。さらには、国内外の研究機関と提携して,高齢者への傾聴支援だけでなく,次世代の認知的なコミュニケーション支援研究を切り拓くことも目標とします。そして、本研究プロジェクトの成果をもとに、産業界、教育界、福祉など外部の実践的な組織体との提携を深めていきたいと考えています。