研究拠点Ⅰ 地球の自然環境の復元資源パラドックス問題の解決に
向けたマルチバリュー循環研究拠点
「電気自動車は本当に環境にやさしいのか?」。多くの企業や政府がそうした疑問を薄々持ちながら、問題を定量化・可視化することができず、解決に着手できないでいます。本プロジェクトでは、それらに対してエビデンスに基づいて具体的な解決策を提案しようとします。環境問題解決のためのグリーンイノベーションが、かえって逆効果になっているという「資源パラドックス問題」。それを解決に導くマルチバリュー循環システムを提案します。
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真のグリーンイノベーションを実現するため、
世界が抱える「資源パラドックス問題」の解決を目指す。
グリーンイノベーション、すなわちエネルギー・環境分野におけるイノベーションには、地球温暖化をはじめとする環境問題を解決する手段の一つとして大きな期待が寄せられています。しかし、その背後には、脱炭素・脱物質を実現するために過剰に資源を消費してしまうという現象が少なからず見られます。
たとえば次世代自動車は、従来型のガソリン・ディーゼルエンジン自動車に比べて燃費がよく、走行時の低炭素を実現する重要なイノベーションですが、次世代自動車の代表格である電気自動車はモーターや大容量バッテリーを搭載し、それらは従来必要としなかった希土類元素、リチウム、ニッケル、コバルトや大量の銅を必要とします。
自動車だけではなく、人々の生活を支えるさまざまな製品を生産するには多くの資源を必要とします。プロジェクトリーダーの山末らは、さまざまな環境制約を達成する背後で資源利用が過剰に誘発される問題を「資源パラドックス問題」と定義しました。
この問題には、多くの政府や企業、研究者が薄々気づいていながら、それを定量的に論じた例はほとんど見られませんでした。多くの研究者が、環境影響の指標として炭素(温室効果ガス)や直接物質重量のみに注目し、資源の消費量を評価する指標の開発に注力してこなかったためです。
山末は、資源消費を採掘活動量という視点から評価できる「関与物質総量(Total Material Requirement=TMR)」という指標を用いて、さまざまな製品の資源効率を評価してきました。山末の概算によると、日本では直接的重量においては脱物質化が進んでいるものの、TMRからみると資源消費はむしろ増加していることが明らかになっています。
たとえば自動車では、従来型自動車を1台生産するためには約21tの採掘活動量が必要ですが、電気自動車では主にリチウムイオン電池の製造のために、その約4倍近くの約74tもの採掘活動量を必要とします。もちろん走行段階では電気自動車のほうが燃費がよいためTMRは低く、差は縮まっていきますが、全体として15km/L以上の燃費性能を持つ従来型自動車のほうが電気自動車よりもTMRが低いと考えられます。すなわち、次世代自動車は資源パラドックス問題を誘発していることになります。
こうした問題を解決するには、まず資源を適材適所で使用して製品を生産する必要があります。そして製品がもつ価値を有効に引き出す循環方法(=マルチバリュー循環)を追求しなければなりません。 本プロジェクトでは、「資源パラドックス問題」を誘発している製品を抽出し,それを回避するための方策を「技術」、「社会システム」と「政策パッケージ」といった学際的視点から検討することで、製品の持つ機能を可能な限り有効活用する「マルチバリュー循環社会」の構築に貢献することを目指します。
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本プロジェクトのグループ構成
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従来型自動車と次世代自動車の「関与物質総量(TMR)」の概算例。
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従来型自動車と電気自動車の、走行段階まで考慮した TMR の推移。
製品の資源消費をLCAの視点から評価し、
技術開発や社会システム提案で「マルチバリュー循環」の実現へ。
それぞれの製品がもつ価値を有効に引き出す「マルチバリュー循環システム」を構築するには、まず、グリーンイノベーションに関わる製品の資源消費パターンをライフサイクルアセスメント(LCA)の視点から評価する必要があります。
山末らは「関与物質総量(TMR)」を指標に用いたこれまでの研究で、さまざまな製品の資源消費パターンを、使用段階に比べ製造段階の資源消費が高い「製造段階支配型製品」(たとえば次世代自動車)と、製造段階の資源消費は少ないが長期にわたって使用し使用時間における資源消費が相対的に高い「使用時間支配型製品」(たとえば電車・船)に類型化できることを示しています。
製造段階支配型製品では、製造段階の資源消費を抑えるべく、少ない資源で高いパフォーマンスを示す材料を導入すべきで、消費段階支配型製品では製造段階で多少多くの資源を投入してでも使用段階における資源消費を可能な限り下げるべきです。本プロジェクトでは、そのように製品の資源消費パターンを研究の基礎データとすることで、戦略的な研究を実現させます。
さまざまな製品について資源消費の類型化をおこなうことから、それぞれに最適化した技術を研究開発し、「マルチバリュー循環」を実現することができる。
伊藤がリーダーを務めるグループ1 は、4つのチームで構成され、「消費段階支配型製品」「製造段階支配型製品」の2つの資源消費パターンそれぞれに適した材料・加工プロセスの開発をテーマとします。
チーム1は、「消費段階支配型製品」に用いる高機能材料を創成します。材料ごとに変形、破壊、寿命などの強度特性を明らかにし、最適強度を評価する手法も含めて開発。使用材料の低減とエネルギー消費量低減に寄与する材料の創成を目指します。
チーム2は、「製造段階支配型製品」での使用を想定した調和組織材料を開発します。リームリーダーの飴山はこれまでの研究で、伸びと強度を同時達成する画期的な調和組織材料の開発に成功し世界から注目を集めています。本プロジェクトではその材料創製方法をさらに発展させ、ユビキタス高機能材料の創製に挑みます。身近な元素のみを用いレアメタルなどを必要としないため、「資源パラドックス問題」の解決に大きく寄与すると期待されています。
チーム3では、機能性無機材料の表面加工技術がテーマ。研磨剤として酸化セリウム(CeO2) などのレアアースが多量に使用されている機能性材料の精密研磨工程において、新たな精密加工プロセスを開発することで、省資源化を目指します。
チーム4は、製品の中でも資源消費量が際だって多いリチウムイオン電池に着目。立命館大学が所有する放射光施設「SRセンター」を活用して、充放電サイクル数の異なるリチウムイオン電池材料について、各材料の元素ごとに原子レベルで化学状態変化を分析。劣化メカニズムの解明をおこない、リチウムイオン電池を長期使用するための指針を得ようとします。
グループ2は、山末がリーダーを務め、高付加価値かつ低コストでリサイクルできる技術の開発に、3つのチームがアプローチしています。
チーム1は、使用済み製品を部品ごとに分別する技術。画像認識技術を用いて電子基板・電子部品を自動で高速選別する技術の開発を進めます。チーム2は、使用済み製品・部品に含まれる多種多様な材料を選別する技術。例えば電子基板には金や銀、パラジウムなどの貴金属が含まれていますが、現在のところリサイクル現場に導入可能な選別手法はありません。本グループでは、レーザー誘起ブレークダウン分光法(LIBS) を応用し、基板中の有価金属の組成を迅速に解析する技術を開発。画像認識技術を併用することで迅速かつ高精度なスクラップソーティング技術の確立を目指します。そしてチーム3は、選別した材料を効率的にリサイクルする技術。リサイクルの大きな課題は、使用済み製品をリサイクル工場に集約する際の莫大な輸送コストです。それに対し本チームでは、熱源にマイクロ波を使った小規模・高効率なリサイクル技術を開発し、分散型リサイクル拠点の構築を可能にしようとしています。小型化しても熱効率が落ちにくいマイクロ波の特長を活かし、コバルトやニッケル、リチウム、マンガン、鉛の他、希土類元素の高速・高効率還元プロセスの開発に取り組みます。
マイクロ波を用いた精錬・リサイクル装置では、予備研究においては、リチウムイオン電池に含まれるコバルト酸リチウムを還元するのに通常の電熱炉では約1 時間要するところ、マイクロ波では最速数十秒しかからないことを実証している。
橋本がリーダーを務めるグループ3は、グリーンイノベーションに関わるさまざまな製品、および伊藤・山末各グループが開発した新しい材料や技術について、環境影響低減効果や資源効率の変化を、「TMR」のデータベースを使い、ライフサイクルアセスメントも援用して定量的に評価します。そうして「資源消費の類型化」を精緻におこなうことが、本プロジェクトの根幹となります。まずは次世代自動車や電車などの輸送機関を対象とし、次にスマートフォンなど「資源パラドックス問題」が顕著だと推定される製品に進めていきます。
また、製品の価値を有効利用して資源消費を抑えることは、技術開発だけではなく、シェアリングやサブスクリプションといった社会システムによっても実現可能と考えられます。そこで、このような社会システムのあり方とその効果についても評価をおこないます。具体的には、自動車を事例としてシェアリングの社会実装によって社会全体で資源利用強度やライフサイクル二酸化炭素排出量がどのように変化するかを予測し、カーシェアリングが効果的になるための条件・戦略を立案します。
そして、これらの研究成果を、「マルチバリュー循環システム」として社会実装するための政策・施策の提言へとつなげます。
世界に類を見ない「関与物質総量(TMR)」のデータベースを使い、エビデンスに基づいて「資源パラドックス問題」の解決策を示していく。
世界に先駆けたデータベースや技術を活かし、
異分野融合と世界的連携で、資源問題研究の国際研究拠点へ。
本プロジェクトの強みは、すでに構築してある1,000 を超える素材・中間製品・エネルギーについての世界に類を見ない「関与物質総量(TMR)」のデータベースを活かして、「資源パラドックス問題」を誘発している製品・プロセスのエビデンスを示せること。さらに、具体的な対策技術として、立命館大学が世界に先駆けて開発した調和組織材料、レーザー誘起ブレークダウン分光法を用いた迅速組成解析とリサイクルプロセスの融合、マイクロ波を用いた分散型リサイクル拠点構想など、独創性の高い研究成果を活かした提案ができることです。
また、機械工学(材料創成・材料評価・材料加工)、物理科学(放射光材料評価)、電子情報工学(機械学習)、環境都市工学(ライフサイクル評価)、政策科学(政策デザイン)、精密工学といった6つもの異分野が融合するメンバー構成も、きわめてユニークな点です。さらに、本研究プロジェクトのメンバーは17 カ国38 研究機関と連携関係を構築しており、そうした世界的な連携も活かして、複数のシステムと制約条件を組み合わせた上で最適解を得て新しい価値観を創出する、システムオブシステムズ思考の新学術領域の創成を目指していきます。
真のグリーンイノベーションの創出と、マルチバリュー循環社会を提言することで、資源問題研究において世界のイニシアティブを取る国際研究拠点となり、ひいては、日本が脱物質・低炭素・脱資源を実現しつつどのように発展するのかというビジョンを提示して、世界の資源問題においてリーダーシップを発揮することに貢献を目指します。
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マルチバリュー循環システムの概念図。
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