WORDS TO ENRICH
YOUR LIFE講師からのメッセージ

想定の先へ
- Beyond Borders -

中川 毅Takeshi Nakagawa
立命館大学総合科学技術研究機構教授・
古気候学研究センター長

西園寺塾で講義をするようになってから10年、決して「あっという間」ではない、それなりにボリュームのある10年でした。その間、私は一貫して「予想外のことは永遠に起こり続ける」「だから想定と対策に頼りすぎてはいけない」というメッセージを送り続けてきました。トランプ政権の誕生、ブレグジット、コロナ禍、ウクライナ戦争がすべてこの10年の出来事だったことを考えると、大きく間違ってはいなかったような気がしています。

想定外の事態とは、「対処するためのスキルをあらかじめ蓄えておく」ことができにくい事態、つまり「エキスパート」の知恵だけでは対応しにくい事態のことです。想定外の危機に対しては、既存の考え方に縛られない柔軟な知恵と、前例のない行動を決断する勇気が必要です。それを引き受けられる人のことを、私は本当の意味で「エリート」と呼ぶのだと思っています。

皆さんには、そういう意味での本物のエリート、単に地位と収入が高いという意味だけではないエリートに、なっていただきたいです。そして西園寺塾での経験が、そのために少しでも役に立てるのであれば、それはとても素敵なことだと思います。皆さんが作る未来に期待しています。どうか頑張ってください。

CURRENT
ACTIVITIES
最近の活動

立命館に来て最初の8年、博物館を作ったり一般向けの書籍を書いたり、メディアに出演したりという、アウトリーチ系の仕事を特に多くこなしました。それはそれで有意義だったし、得がたい経験だったとも思うのですが、そろそろ研究者としての本来の活動、つまり実際に手を動かしてサンプルを分析するという仕事に、軸足を戻したくなってきました。そこで2年ほど前から、水月湖の年縞に含まれる化石花粉の分析を、猛然と再開しています。

もともと、全部で45メートルもある水月湖の年縞を、1cm刻みですべて分析し終わるというのを生涯の目標にしていたのですが、ペース的に「ちょっと無理かな」と諦めかけていました。なにしろ4500サンプルも分析しないといけないのに、それまでの16年で1400サンプルくらいしか終わっていなかったのです。しかし、この2年間は大幅に加速して、すでに1200サンプルくらい上積みすることに成功しています(顕微鏡を、出張先にまで持って行けるように改造したのが大きかったです)。このペースをもし維持できたら、ギリギリ還暦までに目標を達成できる可能性が出てきました。なんとか身体を壊さないようにしながら、頑張り続けたいと思っています。

BOOK
RECOMMENDATIONS
是非、読んでほしい1冊

  • 泉鏡花

    春昼・春昼後刻

    (岩波書店、1987年)

    日本語という言語が生み出した、もっとも美しい文章表現だと思います。結びの一文はこんな感じです。すごくないですか?

    さらば、といって、土手の下で、分れ際に、やや遠ざかって、見返った時―その紫の深張を帯のあたりで横にして、少し打傾いて、黒髪の頭おもげに見送っていた姿を忘れぬ。どんなに潮に乱れたろう。渚の砂は、崩しても、積る、くぼめば、たまる、音もせぬ。ただ美しい骨が出る。貝の色は、日の紅、渚の雪、浪の緑。