未来への種まき

For sustainable growth

人と自然環境の共存と持続可能な社会のために

立命館大学
桜井 良准教授
政策科学部

野生動物と共存できる地域づくりに貢献したい

  ゴール#15「陸の豊かさも守ろう

 近年、野生動物によって農作物が荒らされたり、人間が怪我を負わされてしまったり、人と野生生物との軋轢が世界中で一段と大きな問題になっています。日本においてもクマが市街地に出没する事例が相次いでおり、ニュースなどで目にした人も多いのではないでしょうか。クマが大量出没した2023年度は、残念ながら多くのクマが捕殺されましたが、一方で昨今では生物多様性を保全することの大切さが世界中で見つめ直されるようになっていることも事実です。海外においては米国を中心に「Human Dimensions of Wildlife Management(野生動物管理における社会的側面)=ヒューマンディメンション」という学問が発展しており、社会科学的アプローチから人と野生動物との共存をテーマに多くの研究がされています。私はこの学問を日本にも定着させたいと考えて研究に取り組んでいます。


 これまでに兵庫県や栃木県をフィールドに、行政と連携して研究をしてきました。従来は生息数や生息域など、野生動物の生態そのものを対象とした研究が多かったのですが、私は「人」に注目した社会科学研究を行っています。例えば、地域住民がどういう意識を持っていて、どのような被害対策をしているのか、行政による啓発活動が行われた時にどれくらい人々の意識が変わるのかなどを評価し、長期的に野生動物と共存できる地域づくりを目指して活動をしてきました。


環境教育で未来を変える

 現在は北海道知床にあるウトロという地域をフィールドに、ヒグマに関する環境教育をテーマに研究を進めています。理想としては、ヒグマの生息域に隣接する地域に住む子どもたちは、学校のカリキュラムとして必修でクマのことを学ぶべきでしょう。しかし、実際にはクマに関する教育をカリキュラムに取り入れている学校はほとんどなく、知床ウトロ学校で行われている取り組みは数少ない事例となっています。知床では、どういう経緯でヒグマ授業を学校のカリキュラムに取り入れることになって、それが子どもたちにどのような効果をもたらしているのかといったことを研究しています。


 ウトロという日常的にヒグマが出没する特殊な場所では、教育を通じて人が被害に遭わないようにすること、人身被害をゼロにすることが目標になります。一方で、10年後、20年後の未来を考えた時には、ウトロで環境教育を受けた子どもたちが地域で中心的な役割を担うようになり、ウトロは人とクマとが共存する場所として世界的なモデルケースとなっているのではないかと期待しています。


100年後の未来を一緒に考えよう

 人と野生動物が共存できる未来を考える上で、私は「許容力」がキーワードになると考えています。学術的には「生物学的環境収容力」という概念があって、ある特定の場所で生きていける野生動物の数には限りがあるという理論です。それと同じように、ある地域で人が共生できる野生動物の数にも限りがあるという考えがあり、「文化的収容力」あるいは「社会的収容力」と言われています。これは人間の野生動物に対する「許容力」とも言えます。知床の事例ならば、現在は約400~500頭のヒグマが生息していると言われており、その数が人々の「許容力」の範囲内なのかどうかは一概には言えません。ただ、近年、全国的に市街地にクマが出没する度に問題になるのは、クマの数がその地域の人々の「許容力」を超えてしまっているからなのかもしれません。クマの数を減らして人々の「許容力」に見合う数に調整することも1つの選択肢ですが、まずクマの出没を防ぐこと、そして仮にクマが出没しても誰も被害に遭わないように必要な知識を持ち、対策を講じることで、クマと共存する地域を作ることができるはずです。つまり、人間側のクマに対する「許容力」を上げる、ということですね。


 これからどういう社会を目指すのか、人と野生生物との関係ならば、どういう社会生態系を目指すのかは、私たち研究者や行政が一方的に決めることではなく、そこで暮らす住民の一人ひとりも一緒になって考えるべきことだと思います。クマが出没して困っているから駆除してほしいという人もいれば、生物多様性を保全するためにできるだけ共存する道を探っている人もいます。また、トキやコウノトリのように絶滅した種を復活させるような試みがあるなかで、100年後の日本を見据えながら、今できることを考えることは、私たち一人ひとりの責任ではないでしょうか。読者の皆様もぜひ環境問題について理解を深めていただき、未来のあるべき姿を一緒に考えてみませんか。
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