- 生産性の向上
IT(Imformation Technology;情報技術の革新)に伴って、仕事に関する概念が変化していくだろうといわれている。ここで扱う「生産性の向上」も、その一つに関わるテーマである。
現在、Eメールやインターネットに代表される、電子ネットワークの普及が華々しい。企業のみならず、大学や地方自治体においてもネットワーク化を進めているという記事が新聞や雑誌をにぎわしている。その背景には、やはり仕事上における生産性を飛躍的に向上させていけるのではないだろうか、という期待があってのことだろう。事務的な書類の回覧や会議資料に事前に目を通すといったことから、電子会議室を利用したプロジェクトの運営まで、意志決定・経営のスピード化につながるとの期待は大きい。
しかし、そのような事態が現実のものとなった場合、ある別の、密接に関連した課題が浮かび上がってくる。一人ひとりが行う仕事における生産性をどこで判断・評価するのか、という問題である。
例えば、ログ#173において、広瀬氏の意見に太田氏は次のようなコメントをつけている。
広瀬》仕事をする上で満足を感じる点は?
広瀬》●成果はグループのものであるが、面白味を感じるのは自分広瀬》 の力でやったというところ
*自分がしていることが明確に分かる、すぐにフィードバックされるような職では可能なんでしょう。営業の人だからこそというのもあると思います。個人の成果を如何に評価と反映させるものと するかというのもGWに含まれてくるのかな?となると、教材大 変そうですね。人事システムまで食い込んでいってしまう。
つまり、ITの進歩と関連したグループワーク(以下、GW)において、実際の仕事の成果や生産性のアップをどのように判断していくのか、それも一人ひとりのプロセスにまで踏み込んでやっていこうというのは難しい課題といえる。太田氏がいうように、人事システムにまで絡む問題でもある。
そこから、「3)プロセスの評価軸」というワンランク上の、もう一つの課題が浮かび上がってくることになる。
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- 在宅勤務
ITの進展に伴う、もう一つのテーマが「在宅勤務」である。つまり、ITによる会社と自宅とのネットワーク化によって、満員電車に揺られて職場の人間関係に悩まされることなく、自宅に居ながらにして仕事を進めていけるのではないか、というもの。
例えば、電子メール・FAX・TV会議システムを活用して、サテライトオフィスや自宅から仕事を進めていくシステムを「テレワーク」、「SOHO(Small Office Home Office)」という(ログ#233、#262)。
このような変化は、将来的には「オフィス労働者ではなく、オフィス労働の方が移動し」、「人々のいるところに、情報とそれに伴うオフィスの仕事を移動させる」(P.F.ドラッカー『未来企業』)という事態につながる可能性もありうる。しかし、もっと現実的な身近な場面で次のような課題が生じるだろう。
- 上司と部下と(リーダーとメンバー)の関係が変化するのではないか
- ホワイトカラーの生産性の向上、その計測・評価( 1)生産性の向上との関連)
- その生産性をいかにして明確かつ劇的な業績の向上に結びつける か、あるいは目標を構築できるか
- 障害者が社会復帰することへの手助け
(以上、ログ#233、#253、#262、#266、#277)
これらのことから、一言に「在宅勤務」といっても、オフィスの概念の変化だけにとどまらない社会インパクトが隠されていることがわかる。
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- プロセスの評価軸
ITの進展に伴って生じる「1)生産性の向上」と「2)在宅勤務」は、さらにワンランク上の、グループとしての成果だけでなくてメンバー一人ひとりの仕事・作業のプロセスをどのように評価していくのかという、「グループの生産性とその評価軸」という課題を生み出す(ログ#279、#280)。
実際のCA調査やその後のCA調査に関する議論においても、
時給何円分の働きを見せる、また見られてるということの認識
→仕事の情報公開、部下も知る努力が必要(#166)
理想の上司とは確かに感情的な面もあると思いますが、それ以上に部下の能力を的確に把握したうえで、自分の責任において、部下の能力を最大限に生かせる人なんでしょうね。つまり、部下がその能力を遺憾なく発揮できる環境を整えられる人だと思います。そして、そのパフォーマンスを正確に評価し、褒めるところは褒め、叱るところは叱ることで、結果を部下の実力にフィードバックできる人でしょう。(#178)
という話が展開されている。
そして、「グループの生産性とその評価軸」の課題は、GWにおけるリーダーシップの役割・イメージの変化にもつながる。一人ひとりのプロセスを評価するということは、ある意味では、それぞれが能動的・自発的に動くということがいえると思う。そのことは、すなわち、グループの一人ひとりが各々の特性・技能によって協働してやっていけるのなら、特定のリーダーは必要ないということではないだろうか。
従来、リーダーシップといえば、バリバリ仕事ができて部下を引っ張っていくような「ストロングリーダーシップ」が理想とされていた。
しかし、現実の場面では、そのようなリーダーに会うことのほうが希ではないだろうか。
それよりも、むしろ、その時々の状況や環境に応じて、最適なリーダーシップがとられていくという、「フローティングリーダーシップ」のほうがこれからのGWを考えた場合、現実的ではないだろうか。言い換えるなら、リーダーシップとフォロアーシップを超えた、パートナーシップ論とでもいえるようなGWが望まれることになる(ログ#284)。
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- キャリア
この調査は、「グループワークをベースとしたキャリア開発のコンセプトモデル」という研究から出発したものである。そこでは、「キャリア」が一つのキーワード(概念)となっている。
すなわち、この研究では、「これからのキャリアは、会社や仕事に関わる資格・独立・MBAなどだけでなく、個と組織との関係を生かしたものではないか。そこにGWの概念・手法が役立つのではないか」という背景が存在しており、また前提となっている。
それでは、実際のCA調査において、「キャリア」とはどのように受けとめられていたのであろうか。
「貴方がキャリアアップ教材費を給料から出すとしたら、いくらにしますか?」と聞いたところ、
●今は入社したてでまだ1年間の定型業務全てを体験していない。今の仕事が、今は一番重要。それを覚えたら、教材云々を考える(かも)。
●通勤時間がかかるため、暇なし。
という答えが返ってきました(#167)。
自分自身のキャリアアップのために取り組んでいることは。
- 通信教育(コンピューター関係)。スキルの獲得・スキルの向上のため。今の仕事に活かされている。
- 資格取得、仕事の成果の検証。そして、キャリアアップとは何でありますかとお聞きしました。
- 出世が第一、トップに立ちたいので、そのために必要なもの。
- 仕事の成果・業績向上を目的としたもの。
どの位のお金をキャリアアップに掛けているか。
- お金でははかれない、仕事全てがキャリアアップになっているから。
- 実際は給料の20%、しかし気持ち的には給料全てを使っている感じ。
この質問にはお二人とも「うーん。」と考えこんでらっしゃいました。キャリアアップを「もの」として受け止めてないというあらわ れでしょうね(#169)。
●印象その2 ポストも大事
働く環境に自分をあわさなければならないーー実に当たり前のようですが、現実の話として聞くと不条理さを感じてしまいました。「上司は私の結果、実績しかみてない」から結果が上がれば なにしてもOK、でも何か試みて結果が出せなかった場合は・・・リスキーなんですねぇ。それとアンケートにあった一連のスキル、あれはもう少しポストが上がってからじゃないと現実的ではないとのこと。さしずめ、現段階ではそんなことを気にしている暇があれば自分の目の前の仕事をするよ、といったところでしょうか。
●印象その5 キャリアアップ=出世だ
昇進、出世がキーであることは間違いないようです。ただ、その ための実績のあげ方は多様化しつつあるのでしょうか。アンケー トの方もそういうつもりで捉えたとのコメントを頂き、嬉しかっ たですね(#176)。
といったように、会社の仕事・出世に関連したイメージで話が進んでいる一方、「キャリア」という概念には、
キャリアアップとは、例えば資格取得や転職といった社会的に認知されている形式としてなされていくものに限定されるではなくて、仕事の中で積み重ねられていく経験や、職務遂行に必要なスキルをその度毎に習得する過程で生じるものだという意味だと 思います。つまりキャリアップとは手段(その過程が大切)であって、目的ではないのです(#178)。
そして今回の調査で、キャリアアップとはある意味で新たな自己発見なんだと感じました。己が何であるかを認識するということは仕事をする上でも非常に大事なことですよね。私の担当の方もおっしゃっていたのですが、まさに「グループワークとは自分が 何であるかを知った上で成り立つもの」だと思います。キャリアアップとはその自己というものの、「幅」「深さ」の広がりではないでしょうか。自分にはこれができて、中でもどれが得意で、反対にどれは不得手である、或いはどんなことがしたいことで、どんな風になら私は参加できるのか、、、そういった認識を一つ一つ確かなものとして広げていくことそのものをキャリアアップと捉えられるのではないでしょうか(#184)。
といった背景・意味があるのではないか、という議論も展開された。
いずれにしろ、従来イメージされてきた「キャリア」の意味にとどまることなく、今後ふかめていかなくてはならない、重要なキーワードである。
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- コーディネーター、プロデューサー
何らかの企画が通ったり、プロジェクトが実現した場合、その陰には「これはあいつがいたから、できたよ」と賞賛されるような人の存在があったりする。そのような役割・働きをする人が、コーディネーター・プロデューサーである。
ある問題を発見して解決していくという政策の執行には、多方面の利害や意見を調整し判断を下していく、あるいはある部署から予算を獲得し、また別の部署へは広報を頼みにいくというような作業が必要とされる。
CA調査の議論においても、
》》 パワーコーディネーターなりたい(XXさんみたいな)etc.
》*やっぱりつまるところはコーディネーターの能力なんでしょうか?
人生の青写真は? に対する答えでした。パワーコーディネーター、そういうビジネスマンになりたい。とのこと。話自体は営業ってコーディネーターなんだって方向でもりあがりました(#179)。
二人ともチームで仕事をしてるという認識をもっていて、話が弾んだ。営業はコーディネーターであると。この点は彼ら自身が指摘するように業種によってかなり差があるだろう。ことなる部署の知恵を組み合わせてなんらかの商品を顧客に提供するようなタイプの「営業」と 個人個人が顧客のあいてをしてけりを付けるタイプ、、、とか少なくともふたつはありそう(#180)。
という話が展開された。これらは、政策マンの将来の姿の一つであると思われるが、このプロジェクトが到達しようと試みている、GWをベースにしたキャリアアップの具体像でもあろう。
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- スキル
大学へ入ってから、あるいはこのゼミにおいて「スキル」という言葉をよく聞くようになった。「スキル」をあえて定義すれば、「組織において、協働して仕事を行っていくための技能」といったところだろう。
それでは、実際の現場において「スキル」はどのようにとらえれているのだろうか。「スキル」が話題になっているログを整理してみると、根底に「コミュニケーション」が密接に関連していることがわかる。
つまり、他者と協働していくためにはスキルが必要であるが、そのスキルはコミュニケーションを円滑に進めていくためのものでもあるのだ、といえそうだ。
電子ツールが大きな注目を浴びているが、それも職場の人間関係におけるコミュニケーションが仕事を進めていくうえで不可欠であり、電子ツールに従来とは異なった問題解決を促進してくれるような、コミュニケーションの道具というイメージが浮かぶからではないだろうか。
組織における仕事や作業が協調活動である以上、コミュニケーションは不可欠であり、その円滑化のためにはスキルが必要となってくる。単純にいってしまえば、このように語れるのだろうが、このあたりが「グループワークをベースにしたキャリア教材の開発」のヒントになるだろう。
何かあることに気づいて(問題発見)、解決するために企画を立案し、プレゼンをやり納得してもらい、実行していくという政策プロセスにおいても、政策を実現していくためにはコミュニケーションを通じた協働活動が不可欠となる。そして、その活動こそがGWである。
ところで、「スキル」というとテクニック的な技術を連想しがちである。実際、CA調査に入る以前の議論ではあるアメリカの大学におけるGWのスキル例などが提示されたりもした。
しかし、日本の現実を見てみると、テクニック的なものよりもいわゆる「暗黙知」というキーワードで表されるような、言語で明確に客観化しようとすると陳腐化してしまうコツ・ツボをどのように扱うかという「スキル」の視点も必要となってくる。
それが、これからの新しいキャリアアップの形成にもなっていくのであろう。
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- 電子ツール
Eメール、グループウェア、インターネット。混迷していく経営課題とコンピュータのダウンサイジング化とがあいまって、電子ネットワークが大流行である。
電子ネットのメリットとしては、「国内の支社、海外への連絡が楽になった、仕事の手間が省ける、時間の短縮 →同報性のメリット」「社内掲示板では誰もが意見を言える →パソコン導入により組織がフラットになってきた、問題意識の共有ができる」といったことが挙げられよう(ログ#166、#172)。特に、「便利さ」という点は強調されることが多い。
しかし、その一方で、「情報量が多大、逃げの手段に使う人がいる、パソコンは一つのツールでしかないということ認識してない人がいる(何でもそれによるコミュニケーションをしてしまう)」という課題が存在している(ログ#166)。
一言でいえば、「メールのルールができていない」ということかもしれないが、それは次のような大きなテーマを提示しているともいえる。
- 組織文化との関連 →例えば、電子ネットへのアクセスを前提とする、もしくはネット上にアップされたものへの反論がなければ、採用・容認というされるという習慣のもと、成り立つ。
つまり、電子ネットを用いたコミットメントを奨励する風土・雰囲気、電子ネット利用に関するルールの確立が必要ではないか、ということ(ログ#174)。
- ツールとしての認識 →電子ネットを活用することで、全てのコミュニケーションが成立したり、問題を解決できるわけではない。情報リテラシー・電子ネットを利用したGWのスキルなどが必要。
これからのキャリアアップといった場合、電子ネットの活用という点はもちろん不可欠である。したがって、電子ネットのメリットと限界を理解したうえでの、GWスキルやキャリア観といったものが求められてこよう。
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- グループワーク
グループワークとは、複数人の人間が集まって何らかのアウトプットをめざす活動であり、目新しくも崇高でも特殊でもなく、大きな組織でのプロジェクトや小さなサークルの創作活動など、身の回りにいくらでもあるものである。仕事はチームでやるものであり、職場においてグループワークスキルが有効であるはずだ。自分の評価だけを考えるではなく、チームのパフォーマンスやチームへの参加が、仕事の達成感・満足度、自分の成長、居心地、適性などに深い影響を与えていると考えられる。事実、個人の仕事に拘るよりも、みんなで達成感や満足感を味わいそしてまたチームを組み替えてぶつかっていく、そこが営業の醍醐味であると答えた若手社員もいた。
グループワークは、フラットな人間関係のもとで効果を発揮するものであり、それを実現するものの一つとして電子メールや電子会議室が期待されている。それらによってフラットな組織形成や問題意識の共有などの同報性のメリットを享受することができるだろう。しかしこれはアクセスを前提とした話であり、会議室や電子メールのルールが組織文化として根付いて初めて機能する問題である。情報量が多大で大事な情報が埋もれたり、電子メールはあくまでも一つの手段でしかないということを認識せず、何にでもそれによるコミュニケーションをしようとする者も現れる。また、便利さの反面、ハッカー等の存在から情報が外部に漏洩する危険性も否定できず、どの程度の重要さの情報なら電子メールを利用して伝達できるのかといった見極めも難しい。そのような電子メールやグループウェアを正しく使いこなすためのスキルというのも現代のグループワークには必要であることは間違いない。
グループワークやコミュニケーションの活発化を図るためには、上司による仕事の情報公開と部下の知る努力が重なり合うことが重要となる。一つ一つの仕事が多いので、やりたい仕事を皆で分割しその製作を上司が指導・監視する。上司により責任と権限が明確化するので、上司の役割はコーディネーションであると言えるだろう。さらにグループワークやコミュニケーションを活発にするためには、共通体験や共通認識を持つ必要がある。体験でも認識でも、それぞれに表現できる形式的なものと、図や文章で表せないような暗黙のものが存在する。グループワークを教材化する際、様々なメディアを通して、また実際に顔を合わせることにより「体験を共有する」ことが売りになるかも知れない。
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- コミュニケーション
調査前に我々は、若手社員が仕事上で問題と感じているのは、メディア選択、スケジューリング、上司の働き、情報入手、連絡などではないかと予測した。そしてそれらを補うものとして「コミュニケーション」が重要な位置を占めるであろうと考えた。コミュニケーションの前提としては、「組織文化」と呼ばれるような組織の雰囲気、目にみえないような対人関係やアウェアネスといったものが挙げられる。
実際、仕事をする上で不満や障害を感じる点は「人間関係」や「気配り」といった意見が聞かれ、また、身につけたい技は「コミュニケーション能力」という答えがあった。また、会社には様々な人間がいるので、自分が考えている事がうまく伝わらない事が非常に多く、大学時代にそういった伝達能力を培っておけばよかったという声も聞かれた。これらのプレゼンテーション能力だけにとどまらず、意思疎通、意見調整、宣伝広告、売り込みなどの表現系のスキルは日常生活で不可欠であることはもちろん、仕事上のグループワークやコーディネーション、キャリアアップの上でも有用であると思われる。例えば、自分にある能力が欠けている場合、その能力を持っている人と親しくなってやってもらったり教えてもらったりする。また、様々な部署の人とのつながりがあれば、仕事をする上で有用な情報交換をすることができる。全ての人が円滑に仕事を進めていきたいと感じているであろうし、潜在的なウォンツとしてコミュニケーションスキルを習得できるような体系化されたシステムを求めていると思われる。
会社で電子メールを使用するのは、主に情報交換や情報伝達が目的であり、情報の内容としては仕事関係のことはもちろん、ごく些細なパーソナルなやり取りも行われる。電子メールにより、本人の所在に関わらず情報を伝えられたり、海外へ赴任している同僚とも気軽にコミュニケーションできる。しかし、電子メールは一つのツールでしかないということを認識せず、何にでもそれによるコミュニケーションをしようとする者や、それを逃げの手段にする者も現れる。そういった電子メールやグループウェアを正しく使いこなすためのスキルもまた快適で効果的なコミュニケーションには必須である。
今回の調査で、グループやチームの壁を越えたインタラクティブなコミュニケーションや横のつながりの重要性が浮き彫りとなったが、上司と部下の「縦の関係」もまた社内では大切な人間関係の一つであると思われる。理想の上司とは、部下の能力を的確に把握した上で、自分の責任において部下がその能力を遺憾なく発揮できる環境を整えられる人である。そして、そのパフォーマンスを正確に評価し、褒めるところは褒め叱るところは叱ることで、結果を部下の実力にフィードバックすることが重要になってくる。また、様々なトラブルの解決や他の部署とのコーディネーションなどの役割をも担う。
電子メールなどのグループウエアを企業で利用する際の最終目的地として「在宅勤務」が考えられるが、これは将来のキャリアの一貫として重要視され、職場におけるコミュニケーションやグループワークに大きな変化をもたらすだろう。サテライトオフィスに上司がいない、また上司が部下の顔を知らないといった状況においては、能力給制度などが大々的に取り入れられることも起こり得る。こういったグループウエアの発展が「上司と部下」という関係を根底から覆す可能性を秘めているだろう。
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- グループワークの方向性(そのものか方法論か/どういう教材にしていくか)
「グループワークとは結局なんなのだろう?」・・・CA調査を終えた後の私たちは、この問いにあらためて直面した。グループワークということばの再定義の必要性が生まれたのである。
定義が必要なのはグループワークだけではなかった。キャリア、キャリアアップ、チーム、グループなど、いろいろの言葉の意味が拡散しつつあったのだ。そこで、それらの言葉をプロジェクトで定義した上で、私たち全員の「現時点でBPはグループワークをこう考える」という統一した見解を表現することを試みることとなった。それは最終的には、このプロジェクトでの到達点の共有に結び付くことも予想された。
これらの作業を行ううちに浮上してきたのが、グループワークの方向性についての議論である。つまり、実際に市場に出る商品を想定したとき(グループワークスキルが日本でこれからの有望な教材であるということをアピールするとき)、その商品はグループワークそのものを学ぶ教材なのか、それともグループワークを用いて方法論として何らかのスキルを修得するといった教材を目指すのかということである。
プロジェクト内では、グループワークそのものを学んだところで、実際の経営の現場にはあまり役立たないのではないかという意見がいくつか出された。その意見の根拠として、『グループワークそのものを学んだところで、それは本末転倒というか、目的と手段を違えているようなものになるかもしれない。』という発言があり、その例として引き合いに出されたのが私たちの学部のカリキュラム体制であった。学部の演習科目でもグループワークそのものを学ぶことは正式科目として授業中にそれとしてやるのではなくて、例えばオリター(上回生)に教えてもらいながらとか、ディベート(一回生時)の資料を集めて時間をやりくりしながら集まって論点整理して、それでも実際に話してみるとうまくいかない、あるいはフォーラム(二回生時)でほぼ完全に自主性だけでやっていきながら、いわば暗黙知として学んでいくのかもしれない。そういったプロセスを経て、テーマ設定、論点整理、文章表現力、プレゼンテーションの技法、ディベートの作法を学んでいくのであろう。つまり、ここではグループワークは手段であるという例である。
以上に加えて、やっているのはグループワークなのだと理論的にフィードバックされる機会も求められよう。経験則だけでなくて、レクチャーによって高めていく場も欲しいということである。つまり、方法論・手段としてのグループワークを進めていくなかで、1割程度はレクチャー・理論としてグループワークを考える場もつくりながらやっていくのが望ましいのではないかということである。
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- 暗黙知について
グループワークスキルを考えるに際して、グループ内でコミュニケーションをする際の暗黙の部分(暗黙知)を無視してはならないし、それこそがグループワーク、スキル、教材のいずれにとっても核心であるということが私たちの間で確認された。
暗黙知として考えれられるものにはどのようなものがあるのか考えてみると、「経験、ノウハウ、こつ、ツボ、おさえどころ、感触、雰囲気、伝統、組織文化、アウェアネス、癖、理念、コンセプト、イメージ」などが挙げられよう。
たとえば実際の私たちの活動においても、あいまいで断片的な情報を交換することが多く、完全に整理したり、主張のあるものをつくろうとしていたら、ネットワーク上の会議室に発言しにくいということが十分考えられる。
暗黙知について議論するには、暗黙の知識やプロセスをどこまで表に出しどこまでを暗黙のまま扱うか?、また、形式化、言語化、出来ない部分を認識させることが大切だが、その具体的方法は?ということを考える必要がある。
また暗黙知とセットになっている概念(対立的にとらえる発想はされていない)として、「形式知」があることも考慮にいれておきたい。これは、何らかの体験、事象=暗黙知→概念化、客観化、体系化=形式知というモデルを参考にされたい。
さらに、コミュニケーションの前提に「暗黙知」「形式知」などがあるという議論の流れと同時に、コミュニケーションするために何が必要か、という問いから始まる前提の探し方があることも考えられた。両者は相互に関連する部分があると思われ、それはつまり私たちのプロジェクトの核心に迫る議論として重要である。
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