中國藝文研究會の沿革

中國藝文研究會(略称:藝文研)の創立

 立命館大学中国文学専攻卒業生、同大学院東洋思想専攻修了生の間においては、研究発表の機関を設け、学術専門誌を発行することが久しく望まれていた。松本幸男・清水凱夫(現立命館大学名誉教授)・中森健二(現高知大学教授)の三氏によって、その実現に向けての準備が進められ、ようやく昭和57年11月28日、白川静先生が発起人代表となられて発起人会が開かれた。同日、これに続いて第1回総会が開催されて会則と役員が決定し、ここに上記専攻の卒業生・修了生の研究交流と親睦を図ることを目的とする中國藝文研究會が発足したのである。

 主な役員としては、白川静先生に顧問をお願いをし、常任委員長に松本幸男会員、常任副委員長に清水凱夫会員、会計に中森健二会員が就任した。

機関誌『學林』の創刊

 翌58年1月に「學林」第1号が発行された。巻頭に白川先生の「創刊の辞」を冠し、本文100頁、論文7篇を収め、「緑衣黄裳」の斬新な装丁をもって斯界の列に加わった。いまここに「創刊の辞」の一節を録し、本会並びに機関誌のいわれと我々の志すところを示しておきたい。

白川静先生「創刊の辞」
 ……もともと學術の研究は、自己の内的な要求に發するものであり、そのための條件を他に俟つべきものではない。すでに志があるならば、ことは果敢に行なうべきである。ここに同志の諸君と相謀り、卒業生の組織として「中國藝文研究會」を結成し、その機関誌として「學林」を創刊することとした。「藝文」の語を用いたのは、中國における學術の傳統を重しとするからである。また「學林」の語は漢書敍傳にみえるもので、顔師古注に「文學の林叢なり」という。「冀はくは枝葉の峻茂せんことを」──やがて鬱然たる景観を示すであろうことを期待してやまない。

「學林」の発行は当初、年刊と計画されていたが、同年7月に第2号が発行され、以下、毎年2号の発刊がおおよそ維持されて、今日に至っている。

 装丁は五行の配当に従い10号をもって改められている。第11号からは青色を基調とし、ひそかに「出藍の誉れ」の願いをこめた。ついで第21号において、「正色」にして、かつ「古代人にとって、生の色、不死の色と考えられ」(『字統』朱の項)た朱色の装いに改め、本誌が不朽の声価を得んことを願った。そして第31号からは色調を白に変え、素志を忘れまいという思いを託した。さらに第41号からは五色目の黒に達し、第51号において当初の「緑衣黄裳」の装丁に戻って五行循環を果たし、今後もとどまることなく進展するよう決意を新たにした。

記念号の発行

 毎号120頁程度をもって編集発行することが多いが、これまで記念論集を6回発行している。第14・15号「白川静博士傘寿記念論集」(本文302頁、論文13篇)、第20号「中國藝文研究會十周年記念論集」(本文241頁、10篇)、第28・29号「高木正一先生追悼記念論集」(本文366頁、17篇)、第36・37号「中國藝文研究會二十周年記念論集」(本文420頁、15篇)、第46・47号「白川静先生追悼記念論集」(本文369頁、13篇)、第53・54号「松本幸男先生・島一先生追悼記念論集」(本文557頁、22篇)である。

 会員執筆の論文等の研究成果のほかに、斯界の先生方からの寄稿論文を掲載することもある。幸いにも号を追うごとに評価が高まり、平成4年には財団法人・橋本循記念会の第2回「蘆北賞」(学術誌部門)を受賞した。なお毎号発刊後は合評会を催して厳しい相互批評を行い、その折り交わされた意見をまとめた会報を会員向けに送付している。

研究会・総会・臨時大会

 また互いの研鑽の場として研究発表会を年3回程度開いている。会員総会は毎年11月末頃の開催を常とするが、臨時大会を開いた年もある。

 その第1回は昭和61年8月に嵐山畔の花の家におけるものであった。白川先生と清水凱夫会員の講演に続き、懇親会がもたれている。この会で、白川先生から甲骨文字をもって揮毫された色紙を頂戴し、みないたく感激したことが、いまも語りぐさになっている。

 翌年8月にも花の家で第2回臨時大会が開かれ、松本幸男会員の講演と『字訓』『字通』についての白川先生の談話が行われた。懇親会の後には、白川先生から当日の記念に中川小十郎初代立命館総長の『天田愚庵和尚』が配布されたのにちなんで、会場近くの鹿王院の愚庵墓に詣で、清遊を終えた。

 次の年の8月も同所で第3回が開かれ、藤田陽三会員と白川先生の講演と懇親会が行われた。

記念祝賀会

 このほか臨時的な催しとしては、白川先生が『字統』によって毎日出版文化賞特別賞を受賞されたのをお祝いする有志の会が昭和59年12月に南禅寺畔の瓢亭においてもたれ、また同62年4月には喜寿を迎えられた先生の祝賀会が、これも有志によって西京区筍亭で開かれた。

 平成2年7月、白川先生の傘寿祝賀会を東山の蹴上「都ホテル」において、奥様も御招待して開催した。会員等70余名が集い先生の御長寿をお祝いし、「學林」第14・15号を「白川静博士傘寿記念論集」として献呈申し上げた。この特別号には先生の御近影・略歴・著作目録を冒頭に収めている。

 同8年3月、先生が京都府文化賞特別功労賞を受賞されたことをお祝いする「白川先生を囲む懇親会」が中京区のホテル日航プリンセス京都開かれ、先生と奥様を囲み、70名を越える参加者がなごやかに一時を過ごした。

 また同年11月、同じホテルにて、白川先生の『字通』御出版祝賀の懇親会が開催された。奥様の御来駕も得て、字書3部作御完成をお祝い申し上げた。50余名の参加者は、先生より御愛誦の詩句等を揮毫された色紙を頂戴し、ありがたい記念とした。

 翌年、先生は「朝日賞」を受賞された。5月に京都全日空ホテルにてその祝賀会を挙行し、朝日新聞・平凡社の関係者を加えた80名近い列席者が、先生と奥様にお祝いの気持ちを表した。

 さらに平成11年1月には、「白川静先生文化功労者御受賞祝賀会」が京都ホテルにおいて開かれた。立命館大学・旧制立命館中学卒業生・文字文化研究所会員からの参加者もあわせ120名が集い、先生のご栄誉を讃え、奥様にもお祝いの心を捧げた。

 こうした白川先生関係の各祝賀会のほかに、平成5年7月に「中國藝文研究會創立十周年記念会」を京都駅前の「新都ホテル」にて開催し、会員等50余名の参集を見ている。また同8年3月に松本幸男会員の学位御取得祝賀会、同12年4月に清水凱夫会員の同祝賀会、同19年10月に芳村弘道会員の同祝賀会が有志によってもたれている。

 毎年の会員総会の後や研究会・合評会後の懇親会以外に、このような会を催して、会員の親睦をはかってきた。

出版部の創立と学術書の刊行

 本研究会は主たる事業を「學林」の発行におくが、平成6年12月の第13回総会において、「中國藝文研究會出版部」の設置が承認され、その最初の出版書として松本幸男会員が40年に及ぶ中国中世文学研究をまとめられた『魏晉詩壇の研究』(A5版、1022頁)を平成8年9月発行した。

 また第二冊目として同12年4月、中村喬会員が中国料理史上の変革期に当たる宋代の料理食品についての博大精緻な研究を世に問われた『宋代の料理と食品』(A5版、424頁)を出版した。その後も下記のような書物を出版している。

  • 『魏晉詩壇の研究』    松本幸男      平成8年
  • 『宋代の料理と食品』    中村 喬     平成12年
  • 『高木正一先生舊藏漢籍古書分類目録』 平成12年
  • 『隱逸と文學  陶淵明と沈約を中心として』     今場正美     平成15年
  • 『明代の料理と食品 「宋氏養生部」の研究』    中村 喬     平成16年
  • 『唐代の詩人と文獻研究』    芳村弘道     平成19年
  • 『立命館大學文學部中國文學專攻所藏村上哲見先生舊藏詞學文獻目録』 平成23年
  • 『故黄萬居氏寄贈漢籍古書分類目録』  平成24年
  • 『唐代思想史論集』     島  一     平成25年
  • 『『太平廣記』夢部譯注』     今場正美・尾崎裕     平成27年
  • 『「詞譜」及び森川竹磎に關する硏究』     萩原正樹     平成29年

 なお、発売元はいずれも京都の朋友書店においている。また平成11年3月に大学向けのテキスト『中国文学概論』を発行し、翌年3月その増訂版を出している。

現在の会員

 平成11年11月の第18回総会において、会則の一部修正が議せられ、白川静先生と松本幸男会員を名誉顧問とし、専攻の教員と本学卒業生、谷口義介会員(摂南大学教授)が顧問となること、また学部在学生の会員としての参加を広げることなどが承認された。
 平成24年12月現在の名誉顧問および顧問は下記のとおりである。

  名誉顧問  清水凱夫会員
  顧 問   石井真美子会員 上野隆三会員 谷口義介会員 萩原正樹会員 廣澤裕介会員 芳村弘道会員

 現在、教員・学部卒業生・大学院修了生・大学院生の維持会員、学部生の一般会員を合わせて約150名を数えている。