立命館大学 経営学部

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石川 亮太教授

Ryota Ishikawa

研究分野
朝鮮半島の近現代史、日朝関係史、東アジア経済史
主な担当科目
近代アジア経済史、経営史
Q1
現在の研究テーマ(または専門分野)について教えてください。
かつて東洋最大の工業都市といわれた大阪は、明治時代の半ばから、綿織物や雑貨など、様々な工業製品をアジア各地に送りだすようになりました。工業が盛んになると、仕事を求める人たちも大阪に集まってきました。遠く沖縄や朝鮮半島から働きにきて、そのまま大阪で住むようになった人たちもたくさんいます。人口が増えると、その生活を支える物資も各地から集まってきました。20世紀のはじめ、大阪市で食べられていたお米の、少なくとも半分以上は朝鮮半島から輸入されたものでした。
 このように大阪という都市の成り立ちには、アジアとの関係がとても重要な意味を持っていました。逆に言うと、大阪は、アジアのなかのヒトやモノ、お金の動きのなかで都市として成長したと言ってもいいかもしれません。
 私は、こうしたアジアの経済的なつながりが歴史的にどうやって作られてきたのかに興味を持ち、大阪とも深い関係があった朝鮮半島を中心に研究しています。
Q2
どんな学生時代を送っていましたか。
1990年代のなかば、大学の近くで、何度かアパートを変わりながら独り暮らしをしていました。文学部の歴史学科で、割合に厳しいゼミにいましたので、勉強時間もそれなりに確保しなければなりませんでしたが、サークルに行ったり、そこでできた友だちの下宿で遊んだり、アルバイトをしたり、いろいろやってみた記憶があります。
 いま振り返ると、ぜんぶ中途半端に思えて、「もっとちゃんとやっていればよかったなあ」と思うことばかりです。しかし当時の自分なりに精一杯やっていたような気もしますので、しかたがなかったと思って、あまり思い出さないことにしています。
Q3
現在の専門分野を志した理由・研究者になったきっかけを教えてください。
サークルの先輩はギターの弾ける人で、「朝露(アチミスル)」という韓国の歌を教えてくれました。とても美しいメロディーで、すぐ好きになりましたが、もとの韓国語の詞を訳したものを見ると、「墓場の上に真っ赤な太陽が昇り、真昼の灼けつくような暑さが私の試練となる」といった、およそ曲調に似合わないものでした。今から40年以上前、韓国が軍人の独裁政権の下にあったときに、民主的な政治を求める学生たちの運動のなかでよく歌われていたということを聞いて、ショックを受けました。
そんなきっかけで、朝鮮半島の歴史について勉強をはじめ、今に至ります。その時に感じたいろいろな疑問はまだ解けないまま、新しい疑問が積み重なるばかりですが、しばらく勉強を続けていきたいと思っています。
Q4
高校生へメッセージをお願いします。
経営学をふくむ人文・社会科学のよいところの一つは、「他者への想像力を養う」きっかけになることだと思います。自分とは違う環境にいる人たちが、何を考え、どうやって生きているのか。その人たちの暮らしは、自分とどのように結びついているのか。そして自分は、その人たちと一緒に、どのような社会を生きているのか。
そういうことを考えるのが面白い、大切だと思える皆さんと、一緒に勉強できることを楽しみにしています。

■おすすめの書籍や映画

北杜夫『どくとるマンボウ青春期』(新潮文庫、2000年)


■関連リンク

研究者学術情報データベース (ritsumei.ac.jp)