Story #01

いかにして少子化は
起こったのか。
データが物語る新事実

筒井 淳也

筒井淳也 Junya Tsutsui | 社会学研究科 教授

女性が働いているから、
子どもは生まれなくなったのか?

どのようなテーマで研究されていますか。

筒井現代の日本社会が抱える問題の中でもとりわけ重大だと見なされている少子化や未婚化、女性の就労、ワーク・ライフ・バランスなどに注目して研究しています。

少子化は今、「国難」といわれるほど日本の社会に深刻な問題をもたらしています。ところが先進諸国の中にもアメリカやフランス、スウェーデンなど日本ほどの少子化が進展しなかった国もあります。なぜ日本はここにまで至ってしまったのか、さまざまな統計資料をもとに分析し、欧米諸国と道を分かった転換点を探ってきました。

少子化が進んだ日本と克服した欧米諸国。その転換点はどこにあるのでしょうか。

筒井その一つの回答が、「共働き社会への移行」です。国際比較の観点に立つと、少子化の有力な仮説は、女性が働くようになったことで未婚化やカップルの出生率の低下が進み、子どもが減ったというものです。日本でも「女性が働いているから子どもが生まれにくくなった」と考える人は少なくありません。確かに女性の社会進出が始まった当初、それによって出生率の低下が起こったことは事実です。OECD加盟国の合計特殊出生率と女性労働力参加率との関係を示した統計調査に見ると、1971(昭和46)年の時点では日本を含めたほとんどの国で女性の労働力参加率が高いほど合計特殊出生率は下がるという結果が示されています。

ところが40年後の2011(平成23)年のデータでは、北欧諸国やアメリカ、イギリスなどで逆の相関に変化していることが見て取れます。こうした国々では、ある時点から女性が働くことがむしろ出生率にプラスに働くようになったのです。この「逆転」はどうして起こったのか。スウェーデンやアメリカのさまざまなデータを分析し、総合的に考察した結果、その理由が明らかになってきました。

一つは、ヨーロッパ諸国やアメリカが、女性の労働力参加を前提として仕事と子育てを両立しやすい環境を整えたことです。スウェーデンでは長期的な公的両立支援制度が作られ、アメリカでは民間企業主導で柔軟な働き方が進められたことで、子どもを持つ共働きカップルが増えました。加えてもう一つ、1980年代の欧米での失業率の高さも関係していると考えられます。男性の雇用が不安定になって共働きでなければ生活していけなくなり、否応なく子どもを持つ女性が働くようになったのです。

女性労働力参加率と合計特殊出生率の図

欧米と違い、日本が共働き社会に移行できなかったのはなぜでしょうか。

筒井日本でも1985(昭和60)年に男女雇用機会均等法が制定され、女性の労働力参加が推し進められたものの、それがかえって共働きを阻害するという意図せざる結果をもたらしてしまいました。理由は、極めて日本的、男性的な働き方にあります。それをよく表しているのが三つの「無限定性」です。

日本企業の基幹労働力として採用された者は、「職務内容」「勤務地」「労働時間」という三つの「無限定性」を受け入れることを要求されます。まず日本の多くの企業では、数年ごとに配置転換が行われ、どの部署でも職務を全うできる力が求められます。これでは専門性を身につけにくく、転職も難しくなります。次に転勤があり、勤務地を限定できないのも欧米ではほとんど見られない日本の企業ならではの特徴です。さらに労働時間についても、多くの日本企業では仕事量を労働時間で調整することが当たり前で、残業などを回避しにくい風潮が根づいてきました。これはいわば「専業主婦を持つ夫」にしかできない働き方です。そのため働く女性は結婚や出産を機に仕事と家庭の二者択一を迫られることになり、共働きで子育てするという道は生まれませんでした。

これに対し、日本政府も「育児・介護休業法」(1995年)を制定するなどの手を打ってきましたが、こうした両立支援政策は基本的に「出産・育児期」にしか配慮しておらず、それ以降は、結局従来の男性的な働き方を要求するものになっています。これでは本当の意味での「共働き」カップルは増えていきません。

筒井 淳也

こうして「雇用機会均等法」と「育児・介護休業法」を組み合わせれば共働き社会を実現し、少子化を食い止められるという目論見は外れました。正しく見定めれば、まず取り組むべきは男性的な働き方を変えることだとわかったはずですが、そこに思い至らなかったために、少子化を克服した欧米諸国に後れを取る結果になってしまいました。

社会課題をどう捉えるかによって、解決策が功を奏するか否かも大きく変わります。その判断を誤ると、政策もそこに投入される資源も無駄になってしまいます。そうならないよう社会を的確に捉える視座を提供するところに社会学研究の意義ややりがいがあります。

今後の研究について展望を聞かせてください。

筒井ワーク・ライフ・バランスの考え方が少しずつ普及し、政府による「働き方改革」が進められる中、日本でも近年、ようやく女性の労働力参加と出生率の関係は反転しました。今後、共働きカップルの増加が少子化に歯止めをかけることにつながればと願っています。とはいえ共働き社会の実現は、一方でシングルペアレントなど共働きカップルではない人たちに不利益をもたらす危険性があります。今後もこうした多様な課題に目を向けつつ、多角的な視野で研究し、少子高齢化を巡るさまざまな課題の克服に寄与する知見を提供していきたいと考えています。

Profile
筒井淳也 Junya Tsutsui | 社会学研究科 教授
社会科学の分野を研究する学生の中には、自分にとって大切な問いを探そうとする人が少なくありません。しかし研究とは、自らのためではなく、他人や社会を幸せにするものでなければなりません。「他人のため」「世の中のため」に探求することで新たな視野が開けてくる。それが研究のやりがいです。
筒井 淳也
  • 研究テーマ女性労働についての国際比較、パネルデータを利用した結婚満足度の研究、日本における国際結婚の研究、結婚と家族に関する計量社会学的研究、経済社会学についての理論的研究
  • 研究キーワード計量社会学、家族社会学、ワーク・ライフ・バランス、経済社会学、社会統計学

研究者データベース

Publications

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