Story #03

一枚岩にならない
個人化時代の
「社会運動サブカルチャー」

富永 京子

富永京子 Kyoko Tominaga | 社会学研究科 准教授

社会運動は個人の日常生活や
ライフスタイルと
深く関わっている。

研究テーマを教えてください。

富永「社会運動」をテーマに研究しています。最初の研究では、2008(平成20)年に開催された「北海道洞爺湖G8サミット」に対する抗議行動を取り上げました。当時、開催地の洞爺湖周辺には約5,000人が集まり、デモやキャンプ、シンポジウムなどさまざまな抗議行動が展開されました。おもしろいと思ったのは、そうした運動が単一の旗印の下で行われるのではなく、実に多様な組織が多様なかたちで参加していたことでした。加えて活動家たちが、現場での人とのつきあいや情報交換など運動以外の活動も含めたすべてを大切にし、まるでお祭りのように楽しんでいるように見えたことも印象的でした。従来の社会運動研究では見逃されている側面を見た気がしました。

従来の社会運動研究にはない富永先生の研究のポイントはどこでしょうか。

富永研究では、抗議活動に携わった人たちにインタビュー調査を実施し、個々の膨大な発言を分析するという手法で社会運動を捉えようと試みました。従来の社会運動研究では「社会運動は組織的に行われるもの」と見なされ、NGOやNPO、組合といった「組織」を対象として論じられてきました。一方私は「組織化された集合行動」としての社会運動よりむしろ、「個人」の身近な生活「日常」の延長線上にある社会運動に注目しています。

1990年代以降、人々の個人化・流動化が進んできたといわれていますが、社会運動においてもそれは例外ではありません。例えば1970年代に起こったフェミニズム運動では、「女性」という共通点を拠りどころに一枚岩になって闘うことができました。しかし現代では、女性であっても個人によって置かれた状況も考え方も多様で、「女性である」という一点でまとまることは難しくなっています。同様に労働運動においても、正規・非正規など雇用形態が多様化する中で「労働組合」という単一組織で勝ち取るべき権利を想定することは困難になっています。

「洞爺湖G8サミット」の抗議行動には、調査しただけで274の組織が携わっていました。同じ対象に抗議するなら皆が一つになる方が効率良いように思いますが、実際には組織によって主張や運動のこだわり、しきたりが異なり、互いに相容れることは難しいのだとわかりました。研究を通じて見えてきたのは、主流の体制や文化に対抗するカウンターカルチャーに対比して、多様にサブ化(細分化)した「社会運動サブカルチャー」となった現代の社会運動の姿でした。

富永 京子

抗議行動だけでなく、活動家個人の身近な「日常」に着目するという視点は非常に斬新です。

富永抗議行動が活動家個々の日常生活やライフスタイルにも深く関わっているという観点から、分析枠組みを「組織」ではなく、個人の「イベント(非日常)」と「日常」に置きました。

デモや学習会、コンサート、アピール行動といった行動は、一時的な「イベント(できごと)」です。一方、「日常」とは職場や学校での活動、余暇、人づきあい、家事・育児といったふだんの生活を指し、人々はその中でも環境活動や途上国支援など大小さまざまな社会運動に参加しています。こうした「日常」は、サミットのような「イベント」における抗議行動と循環関係にあり、人間関係を媒介として互いに共有・反映しながら社会運動のサブカルチャーを形づくっていると私は考えています。 例えば、私たちが環境への配慮を訴える会合に参加すれば、自ずとそのテーブルには人工甘味料を使っていないお菓子やマイボトルが多く置かれるでしょう。家に帰ってもそこで出会った人々から得た情報を駆使しながら、有機野菜を注文したり、ゴミの分別をするようになるかもしれません。

本研究でも、「イベント」であるサミット抗議行動を検討して得られた要素は、活動家たちが日々関わっている大小さまざまな社会運動でも観察できることが確かめられました。また活動家たちの発言を詳らかに分析した結果、彼らが意識するしないにかかわらず、家庭や職場、地域での生活を通じて培ったふるまいや慣習が、デモやキャンプといった「イベント」型の社会運動への参加や離脱、さらには復帰に影響を及ぼしていることが明らかになりました。

この研究を通じて、多様な社会運動のあり方を捉え、「社会運動サブカルチャー」というこれまでにない概念を提示したこと、また「イベント(非日常)」と「日常」、「組織」と「個人」という分析視角を取り入れる、社会運動研究に新たな視点を加えられたのが、大きな成果です。

現在の研究関心を聞かせてください。

富永2015(平成27)年、当時審議されていた安全保障関連法案に抗議するために若者を中心に大規模な社会運動が全国で展開しました。社会運動は限られた人々の活動という印象が強かったのですが、とりわけ若者にこれほど大きな影響力を持ったことに衝撃を受け、「若者の社会運動」について掘り下げました。

現在は、シェアハウスにも関心を持っています。他人と生活をシェアするというライフスタイルの中で、政治思想を共有するようになったり、あるいはフェアトレードコーヒーを飲むといった社会運動の一端に携わったり、社会運動サブカルチャーを共有するようになるのがおもしろいところです。今後より深く研究したいと思っています。

Profile
富永京子 Kyoko Tominaga | 社会学研究科 准教授
元来社会に物申したり、主義主張を声高に訴える方ではなかった私が、そんな自分の中にわだかまっているものを明らかにしたいと研究者の道を選びました。今では研究を通じて海外の研究者や他分野の専門家など多様な人と出会い、新たな知見を得られることにおもしろさを感じています。
富永 京子
  • 研究テーマ社会運動従事者における日常とイベント(出来事)をつなぐ社会運動サブカルチャーの調査研究、社会運動のツーリスティックな側面から見るライフスタイルと政治の関連性、個人化・流動化時代における包摂の可能性を捉えるための「社会的プラットフォーム」の比較検討
  • 研究キーワード社会運動、国際社会、グローバリゼーション、サミット(主要国首脳会議)、ポリティカル・ツーリズム

研究者データベース

Publications

富永 京子 著

社会運動のサブカルチャー化G8サミット抗議行動の経験分析

せりか書房

社会運動のサブカルチャー化 G8サミット抗議行動の経験分析

富永 京子 著

社会運動と若者日常と出来事を往還する政治

ナカニシヤ出版

社会運動と若者 日常と出来事を往還する政治
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