Story #01

様々な困難に
おかれた人の尊厳を
支える政策とは

丹波史紀

丹波史紀 Fuminori Tamba | 社会学研究科 准教授

ひとり親、災害、
さまざまな
社会的リスクに備える
社会福祉を考える。

どのようなテーマで研究されていますか。

丹波専門の社会福祉学の領域では、「貧困・低所得者層の社会的自立」をテーマにひとり親家庭の貧困問題について調査・研究を行っています。

一方で、2004(平成16)年の新潟県中越地震の際、当時赴任していた福島大学の学生とともにボランティアで被災者支援に取り組んだことをきっかけに、災害後の生活再建や地域復興についても研究し、政策提言を続けています。

まずひとり親家庭の貧困問題に関する研究について聞かせてください。

丹波2000年代に入って日本の福祉領域では「自立支援」という考え方が顕著になってきました。その中でひとり親家庭に対する福祉政策も大きな転換が図られます。2002(平成14)年、厚生労働省による「母子家庭自立支援対策大綱」が策定され、それまでひとり親家庭に給付されていた児童扶養手当を抑制する代わりに就労支援を充実させ、自立を促していくという政策が示されました。

しかし日本のひとり親の就労率は母親の80%以上、父親の90%以上とすでに高水準に達しています。それにも関わらず、ひとり親家庭の貧困率が50%を超えているのはなぜなのか。実態を把握するため、東北地方と近畿地方の自治体で、就労支援を受けた母子家庭の母親を対象に調査を実施しました。その結果、就労支援によって新たな仕事に就いても収入は以前とほとんど変わらず、多くの母子家庭が貧困から脱却できていないことがわかりました。これは、就労支援によって自立を促す政策そのものに課題があることを物語っています。

日本のひとり親家庭の貧困には、日本型雇用慣行や女性の働き方などさまざまな社会的課題が影響を与えており、単に就労できれば貧困が解消されるとうわけではありません。例えば、女性のM字型就労も課題の一つです。他国と異なり日本の多くの女性は、結婚・出産を機に一時的に職場を去りますが、日本の雇用慣行では一度キャリアを中断すると再び元の職を手にするのは容易ではありません。一方で、子育てを支える社会的サービスが不十分であることも、母親がフルタイム労働に就くことを妨げています。子育てと両立させるためには、時間に融通が利くパートタイムや非正規労働を選ばざるを得ないのが現状です。つまりひとり親家庭の貧困問題を解消するには、社会構造全体に視野を広げ、働き方や子育て支援などを含め、多角的に解決策を考えていく必要があります。

グラフ「現在の住居:地域別(2017年2月)」「震災前の職業:生産年齢内外(2017年2月)

一方、災害復興研究においてはどのようなことに取り組んでいますか。

丹波新潟県中越地震後、被災者の方々の支援に携わる一方で、研究を通じても被災地に貢献したいとの思いから、生活実態調査に取り組みました。仮設住宅に住む旧山古志村の住民の方々を対象に悉皆調査を実施しました。中山間地域における災害の特徴を象徴した新潟県中越地震において、住宅を含む生活再建上の課題を明らかにしたと思います。

こうした研究蓄積は、2011(平成23)年の東日本大震災、東京電力福島第一原子力発電所事故における原子力災害の際にも生かされました。震災から半年後の9月、原発事故によって避難を余儀なくされた福島県双葉郡の全住民、約2万5千世帯を対象に全数調査を行い、約1万3千世帯から回答を得ました。まず調査から明らかになったのは、住民の避難が県外の広域に及んでいる実態です。しかもその約半数にあたる48.9%が震災によって家族が離散している実情や、約3割が半年の間に10回以上避難先を変えていることなど、被災者の生活再建の難しさが浮き彫りになりました。生活再建の見通しが立てられない状況など、それまでほとんどわかっていなかった避難者の方が抱える困難を明らかにしました。こうした知見はその後の復興計画の策定にも役立てられました。

丹波史紀

さらに震災から6年を経た2017(平成29)年2月にも、同じ双葉郡の住民を対象に追跡調査を実施しました。それによって震災直後とは違った問題が鮮明になりました。まず驚いたのは、15歳から64歳までの生産年齢人口の約3割がいまだ職に就くことができていないことです。その一方で、双葉町や大熊町など避難指示が今も出されている地域の住民の半数以上が避難先で新たに住宅を購入していることも判明しました。

こうして被災地や被災者を対象にした実態調査に基づく研究を重ねる中で実感したのは、被災者が直面する困難は非常に多様だということです。従来のような画一的で単線型の復興・再建政策ではなく、それぞれの人や生活にあった複線型災害復興モデルを構築する必要があると考え、政策提言につなげています。

今後の研究について展望を聞かせてください。

丹波貧困問題についての研究、そして災害復興研究に取り組んできましたが、両者は決してかけ離れた課題ではありません。現代においても災害は、貧困の社会的要因の一つです。ひとり親や災害、それ以外にも家族の健康や経済状況など、現代社会には貧困に陥るさまざまなリスクが存在しています。様々な社会的リスクが現実のものになり、困難な状況に置かれたとしても、人としての尊厳を保つことができる社会的な仕組みをつくっていく必要がある。その視点を忘れることなく今後も研究を続けていきたいと考えています。

Profile
丹波史紀 Fuminori Tamba | 社会学研究科 准教授
同時代に生き、問題に直面している今だからこそ取り組む意義があると思い、災害研究を行っています。専門性を深く探求することは重要ですが、同時に社会的要因や置かれる環境によって研究関心が変化してもいい。学生にもぜひ多様な問題に積極的に挑戦してほしいと思っています。
丹波史紀
  • 研究テーマ貧困・低所得者層の社会的自立に関する調査研究、ならびに東日本大震災をはじめとした災害時における被災者の生活再建に関する調査研究
  • 研究キーワードひとり親家庭、就労支援、原子力災害、生活再建

研究者データベース

Publications

鈴木庸裕・丹波史紀・村井拓哉・古関勝則・佐々木千里・梅山佐和・朝日華子 著

子どもの貧困に向きあえる学校づくり地域のなかのスクールソーシャルワーク

かもがわ出版

子どもの貧困に向きあえる学校づくり 地域のなかのスクールソーシャルワーク
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