Story #02

政治、経済、社会の
各側面から「福祉国家」を
論じる新しい視角

加藤 雅俊

加藤雅俊 Masatoshi Kato | 社会学研究科 准教授

戦後から現代まで、
「福祉国家」の変容を追う。

研究テーマを教えてください。

加藤一貫して関心を持っているのは、現代社会の秩序はどのようなものであり、それはどのように成り立っているかを理論的に捉えることです。なかでも、「福祉国家」に注目し、政治学の観点から研究しています。

戦後の福祉国家をどのように捉えるかをめぐっては、多様な議論が存在しています。年金や医療保険などの個別政策・制度に注目するか、諸政策・制度の束であるレジームに注目するか、それとも政治・経済・社会システムとしてより一般的に捉えるか、着眼点によってアプローチはさまざまです。 同じ福祉国家を研究対象としても、各研究者により注目する点は異なるため、議論は錯綜することが多く、各議論の関係性は十分に考察されない傾向があります。そのため、福祉国家(論)の全体像を捉えられていないのではないか、という点に問題意識を抱いてきました。そこで、錯綜する議論の到達点と課題を整理したうえで、一貫した理論的視座から「福祉国家論」を再構築しようと試みるのが私の研究です。それによって、私たちが生きている現代社会に新たな光を当てたいと考えています。

多様な理論を統合することで、現代の福祉国家はどのように捉えられるのでしょうか。

加藤私は、福祉国家の特徴を把握し、そのダイナミズムを理解するためには、段階論、類型論、動態論という三つの理論枠組が必要になると考えています。紙幅が限られているので、段階論に注目して、私の研究を紹介したいと思います。

第二次世界大戦後の高度経済成長期を支えた福祉国家を、政治学では「ケインズ主義的福祉国家」と捉えています。この段階の特徴は、経済的側面に注目すれば、「埋め込まれたリベラリズム」と「フォーディズム」、社会的側面に注目すれば、「雇用と家族の安定性を前提とした性別役割分業」、政治的側面に注目すれば、「階級政治と政党政治における経済成長とその分配へのコンセンサス」として整理できます。

つまり、自由貿易を基礎としつつも、資本移動のコントロールを認めることにより、一国レベルでの経済介入を実現します。また、製造業中心の大量生産・大量消費型の経済を前提に、労使協調のもとで生産性上昇への協力(とその見返りである高賃金)が実現します。そして、これらの経済面を背景として雇用が安定するなかで、男性は労働者として家族を養うのに十分な賃金を得る一方で、女性は主として家庭内でケアを担う存在として位置づけられることになります。これらを支える形で、労働者階級を基礎とした革新政党と、資本家を背景とした保守政党の間で、経済成長を実現し、その果実を国内に広く波及させていくための政策に関する合意(例えば、マクロ経済の安定の確保、男性労働者が賃金を得られなくなった場合の所得を保障するための諸政策の拡充など)が形成されることになります。これによって、「ケインズ主義的福祉国家」は、経済介入により経済的繁栄を実現するだけでなく、公共政策を通じた再分配による支持調達によって、政治的安定性も確保することになります。

加藤 雅俊

「ケインズ主義的福祉国家」は次にどのような段階へと変容していくのですか。

加藤1980・90年代以降、グローバル化やポスト工業化が進展するなかで、上記の諸前提が崩れ、ケインズ主義的福祉国家は、「競争志向の福祉国家」へと変容しつつあります。

経済的には、資本移動の自由化が進み、一国レベルでの介入は十分な効果を得られなくなります。また、大量生産・大量消費の時代が終わりを告げ、製造業中心からサービス産業中心の経済への転換、知識基盤経済化や金融資本主義化などが進んでおり、企業は生産性を高めるために柔軟な働き方や高い技能をもった労働者を求めるようになります。これによって、安定していた雇用は流動化し、非正規雇用の増加や失業リスクの高まりといった課題に直面します。また、女性の社会進出が進み、家族形態の多様化も進むなかで、性別役割分業に依拠した家庭内ケアを維持することも困難となっています。そして、政治の舞台では、労働者階級の力が弱まる一方で、資本家の発言力が強くなるなど、均衡が崩れつつあるだけでなく、思想・理念面に注目すると、新自由主義的な考え方(ネオリベラリズム)が影響力を持つようになっています。これにより、経済政策に限らず、社会政策や労働市場政策などでも市場メカニズムに委ねようとする傾向が強まり、自由化・規制緩和や福祉の縮減といった政策が採られるようになっています。

これらを総合すると、ケインズ主義的福祉国家はもはや大きく変容していると判断できます。しかし、一国経済の成長を実現し、社会秩序を維持するための政策介入を国家が引き続き行っている点で、福祉国家の定義の中核部分は維持されているといえます。現在では、成長産業の育成、長期失業者や若年失業者の社会的包摂の実現、そしてケアの脱家族化などを促すための諸政策に力点が置かれており、全体として競争力の確保が重視されているため、「競争志向の福祉国家」と捉えるのが適切と考えています。

研究の醍醐味と今後の展望を聞かせてください。

加藤政治・経済・社会の各側面に関する知見を統合し、個別の領域に注目することでは十分に捉えきれない「現代社会の構造と動態」を把握することができた際には、大きな充実感があります。今後も、独自の観点から研究を進めることで、個別化していく社会科学の現状に一石を投じる理論を提示していきたいと考えています。

Profile
加藤雅俊 Masatoshi Kato | 社会学研究科 准教授
研究は、孤独で地道な作業の積み重ねです。苦しいけれど、ただ一つのことに打ち込むことで、ものの見方・考え方や新しい知識など、研究者としてはもちろん、人として人生を豊かに生きる糧を得ることができます。真摯に向き合うことで得られる有形無形の財産を大切にしてほしいと願っています。
加藤 雅俊
  • 研究テーマ先進諸国における福祉国家再編の比較分析、オーストラリアとニュージーランドにおける福祉国家再編の政治学的分析、現代政治学におけるメタ理論の意義
  • 研究キーワード比較福祉国家論、比較政治学、現代政治学におけるメタ理論、政治学における新制度論、福祉国家再編の比較分析、オーストラリアにおける福祉国家再編

研究者データベース

Publications

加藤 雅俊 著

福祉国家再編の政治学的分析―オーストラリアを事例として

御茶の水書房

福祉国家再編の政治学的分析 ―オーストラリアを事例として

新川 敏光 編
加藤 雅俊 他著

国民再統合の政治福祉国家とリベラル・ナショナリズムの間

ナカニシヤ出版

国民再統合の政治 福祉国家とリベラル・ナショナリズムの間

松田 亮三・鎮目 真人 編
加藤 雅俊 他著

社会保障の公私ミックス再論多様化する私的領域の役割と可能性

ミネルヴァ書房

比較福祉国家 理論・計量・各国事例
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