Story #02

思想史研究から見えてくる
現代社会

三笘利幸

三笘利幸 Toshiyuki Mitoma | 社会学研究科 教授

マックス・ヴェーバーから沖縄まで、
思想史を追う。

研究テーマを教えてください。

三笘マックス・ヴェーバーの社会理論、マックス・ヴェーバーの日本への受容史、そして沖縄近現代思想史と主に3つのテーマを研究しています。

マックス・ヴェーバー(1864-1920)は、20世紀初頭に活躍したドイツの社会学者、思想家です。政治学、経済学、歴史学など社会科学全般にわたって多くの業績を残しただけでなく、社会科学方法論についても重要な議論をし、また、日本の社会科学にも大きな影響を与えました。

ヴェーバーの方法論は、机上の議論に終始するのではなく、現実を理解するための手段として理論と実践の両面を併せ持っているのが興味深いところです。学生時代、現実社会の問題に直接かかわるのではなく、机にむかって理論や思想を研究することに疑問を感じていた時、強い情熱をもって学問と実践を切り結ぼうとするヴェーバーの方法論に触れたことが、研究者の道へと進むきっかけとなりました。

ヴェーバーの理論・思想研究の他に、さらに第二次世界大戦前から戦中にかけてヴェーバーが日本の社会科学にどのように受け入れられていったのかを研究する過程で、以前から関心を持っていた沖縄の思想史にも研究範囲を広げていきました。

マックス・ヴェーバーに関する研究について教えてください。

三笘まずマックス・ヴェーバーの社会理論について、特に「価値自由」という方法論を中心に理論研究を行っています。

しばしば誤解されていますが、ヴェーバーのいう社会科学の「客観性」は主観を排除して「事実をして語らしめる」ことだと思われていますが、それはまったく間違っていて、むしろ人間の認識には「主観」が入ることを十分に自覚し、どういう主観(価値関心)からものごとを認識しているのかをあきらかにしながら「事実」にせまることを「価値自由」として要求しました。こうしたヴェーバーの方法論をひも解く一方で、それが近代の日本の社会科学にどのように受容され、議論されたのかについても研究しています。

特に戦後の日本においてヴェーバーは、マルクス主義との対比で、民主主義、資本主義について議論をした人として位置づけられています。しかし日本の社会科学への受容史を調べていくと、時にヴェーバーの実際の主張とは異なる形で受け入れられ、独自に消費された歴史が見えてきます。

ヴェーバーの思想が最初に日本に入ってきたのは19世紀から20世紀への世紀転換期です。特にヴェーバーの没後1920年代から盛んに研究されるようになり、1930年代には急激にその量を増していきます。1930年代といえばまさに戦時期になるのですが、このころヴェーバーの「価値自由」は「没価値性」として受け入れられ、それをもとに時局に組しないという意味での戦時抵抗が行われたとするのが、通説的な見方です。しかしその受容史を詳らかに読み解くと、「没価値性」によってむしろ戦時動員に棹さす言説が紡ぎ出されていたことが明らかになってきました。「没価値性」によって時局とは無縁に科学的であることを標榜しつつ、実は戦争遂行にぴったり沿った言説を生み出されていきました。

ヴェーバーが近代の日本においてどのように論じられたのかを知ることは、まさに日本の「近代」の思想のあり方を問い直すことになると考えています。

三笘利幸

マックス・ヴェーバーに加え、なぜ沖縄近現代思想史に目を向けられたのでしょうか。

三笘もともと沖縄が好きで学生時代に通い詰める中で、沖縄の歴史や現代の問題に関心を抱くようになりました。さらにヴェーバー研究を通じて日本の近代史に触れ、明治維新後、日本に併合され、植民地化されていった沖縄の研究を避けては通れないと考え、こちらにも研究を広げていきました。

辺野古新基地建設をはじめとした現代の沖縄を巡る問題に強い関心が根底にはあるのですが、時事的な問題を直接扱うのではなく、私自身の学問的背景から、沖縄の近現代思想史を研究することにしました。中でも「沖縄学」の基礎をつくったとされる伊波 普猷(いは ふゆう)(1876-1947)を中心に研究しています。

伊波は、沖縄で生まれ、東京帝国大学で学んだ後、沖縄初の学士として沖縄に戻って民俗、言語、文化、歴史、宗教など幅広い分野を研究したことから、「沖縄学の父」といわれています。伊波は、東京で当時の最先端の学知を摂取し、さまざまな権利を認め自由を実現する近代国家である日本が、沖縄を植民地にしていくという、まさに近代の暴力の中で、彼の思想を形成していきました。伊波の思想を追うと、近代日本に翻弄されていく沖縄の姿が鮮明に浮かび上がってきます。伊波の思想的な「ひだ」を丁寧に読み取り、沖縄の近現代史に迫ろうとしています。

今後の展望を聞かせてください。

三笘マックス・ヴェーバーについては、今後、彼の同時代の思想との関連から、ヴェーバーの方法論がいかにつくられていったのかを明らかにしていきたいと考えています。

一方沖縄に関しては、沖縄戦のみならず戦後のアメリカ占領についても実体験を語れる人が少なくなっていることに危機感を抱いています。聞き取り調査をするのは私の専門ではありませんが、当事者に思想的裏付けをとることが可能な今、1945年から72年のアメリカ占領期の沖縄の思想を研究したいと考えています。

今後も現代社会に対する問題意識を持ちつつ、ヴェーバーから沖縄まで思想や理論を深く研究していくつもりです。

Profile
三笘利幸 Toshiyuki Mitoma | 社会学研究科 教授
理論と実践を結びつけられるところが、マックス・ヴェーバーの方法論のおもしろいところです。理論や思想はあくまでも現実社会との往復の中で生きてくるもの。理論や思想に関心を持つ学生には、それと同じくらい強烈に現実社会に対する意識を持って研究に臨んでほしいと願っています。
三笘利幸
  • 研究テーママックス・ヴェーバーの社会理論・社会科学方法論、マックス・ヴェーバーの日本の社会科 学への受容史、沖縄近現代思想史
  • 研究キーワード社会思想史、方法論、客観性、価値自由、ナショナリズム、帝国主義、植民地主義、包摂/排除、差別・抑圧

研究者データベース

Publications

三笘利幸 著

「価値自由」論の系譜―日本におけるマックス・ヴェーバー研究の一断面

中川書店

「価値自由」論の系譜 ―日本におけるマックス・ヴェーバー研究の一断面
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