スポーツ施設から
パラリンピックまで、
インクルーシブスポーツの
推進を目指す
研究テーマを教えてください。
金山スポーツマネジメントの視点から「アダプテッド・スポーツ」をテーマに研究しています。
「アダプテッド・スポーツ」とは、「ノーマライゼーション」の潮流を背景に、障がいの有無や性別、年齢を超えて、すべての人がスポーツ文化を共有しようという考え方から生まれました。ルールや用具を工夫することで、身体能力や年齢などに関係なくその人に適したスポーツを展開することを意味しています。
これまでの日本の体育やスポーツの現場では、障がいのある人とない人を分けて行うことが一般的でした。それが教育的、福祉的理念を背景に、既存のスポーツに適応し難い人と適応できる人という障壁を取り除いて交流しようとする「インテグレーション(統合)」、さらには障がいの有無に関係なく誰もが参加できるように、ルールや用具を工夫してスポーツを創出しようという「インクルージョン(包摂)」へと変化してきました。とりわけ注目を集めているのが、2020年に東京で開催されるパラリンピックです。
国際パラリンピック委員会は2015年より「パラスポーツを通じて障がい者にとってインクルーシブな社会を創出すること」をパラリンピックの究極の目標に掲げています。この目標を実現するためには、多方面から科学的なエビデンスを積み重ねる必要があると考えています。
具体的にはどのような調査・研究を行っていますか。
金山2015(平成27)年にスポーツ庁が設立されたことによって、それまで複数の省庁にまたがっていたスポーツ行政が一元化され、障がい者スポーツに関する政策が加速しています。パラリンピックでのメダル獲得を目指し、競技力の向上が図られる一方で、競技者のすそ野を広げる取り組みも始まっています。
2017(平成29)年にスタートした「第2期スポーツ基本計画」で、障がい者の週1回以上のスポーツ実施率を現在の約19%から健常者と同程度の約40%にまで押し上げるという数値目標が掲げられました。これを達成するための方策として、地域におけるスポーツの機会の拡大、各種競技団体の組織化、そして学校教育の三つが考えられます。中でも私は、地域の公共スポーツ施設における障がい者の利用拡大に関心を持って研究を進めています。その一環として、2017(平成29)年までの4年間をかけて全国に116ある障がい者優先スポーツ施設(障がい者が優先的に利用できる施設)、さらに政令指定都市、特別区、中核市にあってアリーナとプール、ジムを備えた比較的規模の大きい公共スポーツ施設を対象に悉皆調査を実施しました。
スポーツ施設の調査で明らかになったことを教えてください。
金山まず見えてきたのは、地域で障がい者スポーツの中心的な担い手となるべき小規模な障がい者優先スポーツ施設の多くが、経営資源の不足から自主事業としてのプログラムサービスを提供ができていない現状です。ただ、そうした中にあっても、外部の施設や組織と連携することで独自のプログラムを提供している施設もありました。そうした施設をピックアップし、さらに詳しいヒアリング調査を行いました。
例えばある県立の施設では、公共政策に則って障がい者の競技団体や外部の総合型地域スポーツクラブとの連携を図っていることがわかりました。一方で、施設内に主導的な役割を果たす人が存在し、その人の個人的なつながりで、いわば組織横断的に外部との連携を広げているケースも印象的でした。こうした事例は、スタッフ数などの経営資源が限られた小規模スポーツ施設で障がい者スポーツを活性化していく上でのネットワーク型モデルとなると考えています。
加えて明らかになったことに、調査した一般公共スポーツ施設の95%で障がい者がプールを利用していた実態があります。この状況はこれまで報告されていませんでした。多くの施設で障がい者の個人利用が行われていても、施設の中で障がい者を対象としたプログラムサービスを提供しているところは、3割程度に過ぎませんでした。提供している施設の指定管理者が「先進的なことに取り組んでいる」という自信を持ち、高い意欲でサービスの提供に取り組んでいる一方で、それが行政などに評価されにくいという課題も見えてきました。
今後の展望を聞かせてください。
金山当事者の視点で考えなければ、アダプテッド・スポーツを普及させていくことはできません。そのためには「当事者評価」が重要になります。障がい者自身がスポーツ施設やそのサービスを評価し、施設の改善や政策に反映していけるような評価指標の開発が、今後の課題の一つです。加えてスポーツ施設の障がい者サービスに対する取り組みを行政が適切に評価する仕組みも作っていく必要があると考えています。
また現在、現場の若手研究者とともに学校でのパラリンピック教育やインクルーシブ体育について研究を進めています。これら研究の成果は、障がい者スポーツを対象とした国際学会で、報告をしています。2020年のパラリンピックに向けてパラリンピックムーブメントが盛り上がるまさに今、日本の障がい者スポーツは大きく変わろうとしています。研究に飛び込むのにこれほどの好機はありません。今後、意欲あふれる若い研究者とも連携し、研究を通じて「インクルーシブ社会の創造」という究極の目標の実現に貢献したいと思っています。
Profile
- 金山千広 Chihiro Kanayama | 社会学研究科 教授
- 障がい者スポーツの研究において重要なのが、現場に赴き、自分の目で見て、当事者と接して現状を把握すること。この 「実践性」と研究者の 「専門性」の有機的なつながりが生み出す 「学際性」が研究成果を生み出します。科学的エビデンスを積み重ねていかなければ、障がい者スポーツの発展にはつながりません。
- 研究テーマインクルージョンの普及に伴う体育・スポーツの展開に関する研究、公共スポーツ施設の障害者利用促進に関する基礎的研究
- 研究キーワードスポーツ経営学、障害者スポーツ、アダプテッドスポーツ、当事者評価
Publications
山下秋二 中西純司 松岡宏高 編著
図とイラストで学ぶ 新しいスポーツマネジメント
大修館書店