Story #04

社会の「記憶」や「物語」を
いかに読み解くか

日高勝之

日高勝之 Katsuyuki Hidaka | 社会学研究科 教授

メディアの解読を通して
昭和、平成を
生きてきた人々の
心象を浮かび上がらせる

研究テーマを教えてください。

日高メディア研究は多岐にわたりますが、中でも関心を持っているのは、メディアが社会をどのように「記憶」し、「物語化」しているかについて。メディアの中の表象、言葉を検証し、「社会的記憶」、「社会のナラティブ(物語)」をいかに読み解くかが基本テーマです。

例えば、「昭和ノスタルジア」というべき社会現象があります。21世紀を迎えて以降、多くのメディアで「昭和」が取り上げられてきました。象徴的なのが2005(平成17)年に公開された映画「ALWEYS 三丁目の夕日」の大ヒットです。その他にも昭和30年代前後を舞台にした映画が相次いで作られ、テレビでも戦後の昭和に焦点を当てた番組が量産されました。また昭和歌謡がリバイバルヒットしたり、雑誌でも昭和を回顧する企画が増えたり、さらには全国各地で戦後の昭和をテーマにしたレトロテーマパークが作られたことも見逃せません。

こうした昭和の中後期の近過去を志向したメディアや大衆文化の社会現象化は果たして何を意味するのか。代表的な映画やテレビ番組の表象を詳細に分析し、またそれらを巡る言説を考察することで、これまで見逃されてきた、あるいは見えなくさせられてきた「昭和ノスタルジア」の意味を解き明かし、定説とは異なる知見を提示してきました。

メディアで語られる「昭和ノスタルジア」とはどのようなものでしょうか。

日高メディアにおいて「昭和ノスタルジア」は一般に、「甘美」で「無害」なもの、懐かしく肯定的なものとして捉えられてきました。

映画「ALWEYS 三丁目の夕日」についての新聞などの言説でも、映画の舞台が当時を肯定的に懐かしく思い出される「装置」として織り込み済みであるかのように語られます。こうしたメディア作品における昭和に対するポジティブな表現の前提には、当時が夢と希望にあふれた「良き時代」であったとする見方があります。21世紀の現代と比べ、希望に満ちた「古き良き時代」だから憧憬の対象となるというのが、多くの論者の解釈です。

しかしこの映画をナラティブ構造から分析すると、別の側面が見えてきます。例えば登場人物たちの誰一人として劇中で夢を実現しません。主人公の作家は芥川賞を受賞せず、駄菓子屋を営む貧しい暮らしから脱却することはありません。また自動車修理販売業を営むもう一人の主人公についても、自動車メーカーとして大成する未来は描かれずに終わります。この映画はいわば「未完のナラティブ(物語)」なのです。

日高勝之

「未完のナラティブ」をどう分析しますか。

日高「あの時代は良かった」と古き良き時代を肯定的に見る心理をさらに深く読み解くと、近過去へのストレートな回顧ではなく、むしろ悔恨、不満、反省、弁明、正当化などが混在した複雑な心情、いわば「近過去へのクリティカルな執着」が見えてきます。

高度経済成長の只中の社会も決してバラ色ではなく、社会的な格差や貧困、男女差別などさまざまな矛盾や問題を抱えていました。それに対し、21世紀の「昭和ノスタルジア」のポピュラーカルチャーの作り手たちは、近過去へのクリティカルな執着から過去と現在を比較して近過去に意味介入しています。いわば自分史の反省と総括、あるいは正当化を巡るオルタナティブな物語を紡ぎ出しているのです。

このように現代のメディアが記憶として昭和のどの時代をすくい取り、一方でどの部分を見逃しているのかを知ると、現代の日本人が何を大切にし、あるいは何を大切にしていないのかが見えてきます。メディアの記憶をたどることで、表層的に語られていることとは違った戦後史が明らかになるだけでなく、現代を生きる私たち自身の複雑な心象風景が鏡のように浮かび上がってくる。それがこの研究のおもしろいところです。

現在の研究関心を聞かせてください。

日高東日本大震災後のメディアの社会観についても研究しています。東日本大震を境に大衆メディアで語られる日本の風景や気分は一変しました。特に震災後に顕著に見られるようになったのが、人間の本性を暴き立てるような物語です。人間の嫌な性分や残酷な側面を強調するような映画やテレビ番組が増えました。

カタストロフィーをきっかけに、社会秩序に裂け目が生まれ、平時には覆い隠し、見て見ぬふりをしてきたものが露出することがあります。メディアにはそうした社会や人の心象が極めてわかりやすいかたちで現れます。それを見逃さず、すくい取りたいと考えています。

今年平成が終わり、いよいよ新元号のもとで新たな時代が始まります。そんな中、メディアではすでに「平成とはどのような時代だったのか」といった平成の総括が始まっています。21世紀初めに「昭和ノスタルジア」が花開いたように、平成が終わって10数年後の2030年代には「平成ノスタルジア」が始まると予想しています。そこで語られる平成は、今私たちが見ているそれとは全く違った様相を見せるかもしれません。これからもそうしたメディアの記憶、物語を追いかけていきたいと考えています。

Profile
日高勝之 Katsuyuki Hidaka | 社会学研究科 教授
映画、テレビから新聞やニュース報道まで、あらゆるメディアは巨大な社会の物語だといえます。メディアという鏡を通して、その国や時代の隠れた「自画像」を発見することが出来ます。こうした研究は面白いだけでなく、時にそれは国家や社会の危機や危うさを察知することにもつながります。
日高勝之
  • 研究テーマ「物語(narrative)」としてのメディア表象分析(特に映画・テレビなどの映像メディア) 、記憶・ノスタルジアとメディア・映像イメージ(昭和ノスタルジアほか) 、カタストロフィとメディア・映像イメージ(大災害後のメディア・文化など) 、戦後のメディア・ジャーナリズム(特に1960年代、70年代) 、公共圏とメディア・ジャーナリズム
  • 研究キーワードメディア学、文化社会学、記憶研究、映画・テレビ、社会的記憶、グローバル化、ジャーナリズム

研究者データベース

Publications

日高勝之 著

昭和ノスタルジアとは何か~記憶とラディカル・デモクラシーのメディア学~

世界思想社

昭和ノスタルジアとは何か ~記憶とラディカル・デモクラシーのメディア学~
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