蓄積してきた知識を実際の経験を通じて捉え直したいと考え、Peace Studies Seminarに参加。原爆や戦争、平和に関する自分の中での「あたりまえ」を再構築することができたと思います。

栗栖 慧 さん
グローバル・スタディーズ専攻 4回生

8月上旬に広島を訪問し多様な国から集まるメンバーで平和について考える英語開講科目「Peace Studies Seminar」に参加したグローバル・スタディーズ専攻の栗栖 慧さんにお話を伺いました。

国際関係学部を志望した理由を教えてください。入学してみてイメージは変わりましたか?

栗栖立命館大学への出願を考え始めたのは健康上の問題もあり私がアメリカの大学での留学を途中で切り上げて日本に帰国していた時でした。一念発起して海外の大学に進学しましたが高校までずっと日本で過ごしてきた私の英語は恐ろしいほど通用せず、これは一から鍛えなおす必要があるなと感じてほとんどの授業が英語で開講されているという国際関係学部のグローバル・スタディーズ専攻(GS)に出願しました。

当時はアメリカに行って映画の仕事がしたいという夢に破れて茫然自失としていたタイミングだったので国際関係学部に「拾っていただいた」という感覚が強いですね(笑)。今でこそ授業を英語で行っている大学は徐々に増えてきましたが、グローバル・スタディーズ専攻は創設時の2011年からそのような取り組みをしていることからその道のパイオニア的な存在と言っていいと思います。

入学する前の日本の大学のイメージは大人数が参加する大教室で行われ、課題などが比較的少なく自由な時間も多くあるものだと思っていました。しかしながら、グローバル・スタディーズ専攻の授業は参加学生が20~30人ほどの場合が多く、常に積極的な発言が求められ、海外の大学で研究・授業をされていた教授が多いこともあり、毎週相当な量の課題をこなすことになります(特に1年次に履修するAcademic Skillsという授業は大変でした)。

最初はついていくのでやっとという感じでしたが、半年、一年とこれを続けていくうちに英語力も論理的思考力も飛躍的に向上したと思いますし、文献読解力やAcademic Writing、能動的に学ぶ姿勢、タイムマネジメントといった部分も自然に備わっていきました。

また、GS専攻の学生は留学生や帰国子女の方が多いので、そういった自分とは違う環境で育ってきた人達との授業内外での交流は自分の視野を広げるきっかけにもなったと思います。

学部ではどのようなことに関心を持たれて学ばれていますか?

栗栖様々な興味深い授業を受けて私が日々感じていることは「真実」や「歴史」、「民族」、「国民」といった言葉がもつ恣意性・構築性です。

ベネディクト・アンダーソンがnationを「想像の共同体(imagined community)」と呼んだように、それらの概念はしばしば絶対的なものであると勘違いされていますが、あくまでも人工的に構築・共有された感覚であるということを忘れてはならないでしょう。特に、Post-truthという言葉に代表されるように客観的な事実よりも個人的な感情・信念が重視され、真実そのものが相対化している昨今においてこのような視点はとても大切であると考えています。そして、こうした現象を理解する上で、私が注目しているのがミシェル・フーコーという哲学者が提唱したregime of truth(真理の体制)という考え方です。

簡単に言えば、社会の中でどのような知識や言説が「真理」として認められるのかを決める仕組み・システムのことであり、ゼミの活動においてはNathaniel Smith教授の指導のもと、『進撃の巨人』という作品の分析を通じて「真理」や「歴史観」が共有・固定化されていくプロセスとそれが引き起こす結果(戦争や民族・歴史観に基づいた差別)について考察する研究を行っています。詳しいことは一度作品を見てみてほしいのですが、作中に登場するマーレ人やエルディア人といった集団がそれぞれ有している異なった歴史観や真実がどのように構築され、それがいかにして集団間の差別や対立に繋がっていくのかをFoucauldian discourse analysisという手法を用いて分析しており、卒業論文としてはフィクションである『進撃の巨人』がどのように現実の世界(特に戦後の日本社会)における真実や歴史といった概念の構築性・恣意性と通ずる部分があるのかという所まで合わせて論じることが出来ればと考えています。

授業以外では大学生活ではどのような活動に力を入れてこられましたか?

栗栖まずは英語での授業にしっかりとついていくという部分に重点を置いていたので、あまり積極的に授業外の活動は出来なかったかもしれませんが、2回生の時にはBeyond Border Plaza(BBP)でプロジェクトスタッフとして活動していました。

同じチームに配属された学生達と共に言語交換のイベント(日本語×英語や日本語×中国語など)を企画・運営。日本語で交流してみたいという留学生の方も含めて毎回多くの学生が参加してくれました。参加者同士で言語コミュニケーションをとることが不可欠な伝言ゲームやWho Am I?(挑戦者がはい/いいえで答えられる質問をして、お題となる有名人やキャラクターの名前を推理するゲーム)といったアクティビティをイベントに効果的に組み込む事で楽しみながら言語交換という目的を達成してもらうことができたのではないかと思っています。また、イベントの準備を通じて院生や他学部の学生とも交流することができたのでそれも新鮮で楽しかったです。

今回、Peace Studies Seminarに参加した理由を教えてください。

栗栖SNSやAIが高度に発展した現代社会において、家から一歩も出ずに得られる情報量は膨大なものになっています。しかしながら、その多くは他者によって編集・再構成された二次的な情報でもあります。

今回、私がPeace Studies Seminarに参加した理由としては、広島という世界で初めて原子爆弾が人間に対して使用された場所に自らの足で赴くことで、そういった二次的な方法で蓄積してきた知識を一次的な経験と重ね合わせることで捉え直したいと考えたからです。そうすることによって、二次的な情報を通じて自分の中に形成されてきた原爆や戦争、平和に関する「あたりまえ」を再構築することができたと思います。

広島でのフィールドワークで学んだこと、印象的だったことは何ですか?

栗栖担当の小林教授は、我々の脳は普段エネルギーを節約するためauto-pilot modeになっているということを繰り返し仰っていました。例えば、ペットボトルに透明の液体が入っていれば、いちいち確かめなくてもそれは水であると勝手に推論しています。非常に便利な思考方法ですが、そればかりに頼っていると批判的思考力が弱っていきます。

今回の広島でのフィールドワークにおいて、私はこのauto-pilot modeの外側で考える経験を沢山することができたと思います。例えば、被爆者とはそもそもどこの誰のことを指す言葉なのでしょうか。日本人であれば被爆者という言葉を聞くと「広島」や「長崎」、「日本」という言葉が自然と浮かんでくると思いますし、当然それは間違いではありません。しかしながら、被爆者は冷戦期の度重なる核実験の結果として世界中に存在しているという事実も、私はフィールドワークを通して改めて理解することができたと思います。

栗栖8月6日に行われた講演会では1946年から58年にアメリカが核実験を行っていたマーシャル諸島に家族のルーツを持つ方のお話を聞くことができました。核実験から半世紀以上がたった現在でもビキニ環礁など一部の地域では放射能汚染や法的な問題などもあり再居住することが出来ず、移住先のアメリカから故郷に帰れないという人達も多くいるそうです。

さらには、核時代の国際史・環境史を専門に研究されているジョージタウン大学の樋口敏広教授のレクチャーを受ける機会もあり、被爆したのは人間だけではないということも改めて知ることができました。原爆によって被害を受けたものとして家畜などの動物・植物(被爆樹木という言葉もあります)・大気や土壌などが挙げられ、それらは被爆「者」という人間中心主義的なフレーミングの中でしばしば軽視されてしまう傾向にあるのです。

このように、直接自らの目で見て、耳で聞くという経験はauto-pilot的な思考から抜け出して物事を批判的に捉え直すのに最も有効な手段だということを実感できた4日間でした。今では、ニュースなどを見ていても与えられた情報をただ鵜吞みにするのではなく、「見えていない・語られない部分」を常に意識する癖がついたと思いますし、特定の社会における支配的な言説(例えば、日本は単一民族国家であるという「神話」)に対しても前より敏感になっていると思います。

将来の目標を聞かせてください。

栗栖私はアルバイトで学童保育をしているのですが、子供の笑顔を見ると私自身もとても幸せな気持ちになります。しかしながら、世界には貧困・差別・戦争など様々な理由から笑うことはおろか、今日を生きることすらままならないという子供達が沢山いるのもまた事実です。

私はそういった子供達が安心して、少しでも笑顔を取り戻してくれるような環境作りのお手伝いができればと考えています。将来的にはUNICEFやSave the Childrenのような国際機関・INGOでの勤務を目標にしており、より専門的な知識や分析力を身につけるためにも大学院に進学し、Peace and Conflict系の修士号取得を検討しています。

国際関係学部を志望する受験生に対してメッセージをお願いします。

栗栖最後まで読んでくれてありがとうございました!

普段の授業や受験勉強などをしていると「なぜこんなことをしないといけないのか」とか「本当に将来の役に立つのか」と思ってしまうこともあると思います。そんな時はこの言葉を思い出してみてください。

“You can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backward.”
「未来に向かって点をつなぐことはできない。点と点をつなげるのは過去を振り返ったときだけなんだ。」

これはスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で語った、いわゆる“connecting the dots”と呼ばれる有名な一節です。要は今やっていることがどんな意味を持つかは未来(その時)になって初めて見えてくるということです。とりあえず目の前のことを全力でやってみればいつかは意外な所で点と点が繋がって、線になっていくかもしれません。その「点」とは英語力を磨くことかもしれないし、フーコーを勉強してみることかもしれないし、フィールドワークの経験かもしれません。

ここまで読んでくれた方ならもうお気づきかもしれませんが、国際関係学部にはそういった魅力的な「点」がたくさん転がっています。そこで打算的になりすぎるのではなく、ひとまず飛び込んでぜひ自分だけの点を見つけてみてください。全力でそれに打ち込んでいけば、振り返った時にその時の経験が今のあなた自身を形づくる線になっていたことに気が付くかと思います。高校の授業や受験勉強もそういった「点」の一つだと思って頑張っていただけたらと思います!

2025年10月更新

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