Ⅲ.生産年齢人口減の克服

記号創発システム科学創成:実世界人工知能と次世代共生社会の学術融合研究拠点

プロジェクトリーダー
情報理工学部情報理工学科 谷口 忠大 教授 (写真 中)
グループリーダー

実世界人工知能の開発と次世代共生環境デザインを
融合的に研究し新学術領域としての
「記号創発システム科学」の創成を目指す

プロジェクト概要

記号創発システム論を、ロボティクスのみならず
記号論的文化心理学、哲学的記号論へと拡大

2010年代は、深層学習(ディープラーニング)の発展に伴い、「人工知能」という言葉が社会を席巻しました。ところが実世界に適応し、人間とコミュニケーションを通して行動し続けるサービスロボットは作られておらず、生活空間においてその便益を私たちは十分に享受できていません。また人工知能技術を、人間の文化的・心理的側面まで考慮してダイバーシティ社会の深化に活かすこともできていません。

「実世界人工知能の未成熟」と「次世代共生社会の未発達」は、人間の認知や言語活動が実世界において、マルチモーダル情報と文化的文脈に基づいて意味を持つ存在であることと関係しています。またこのことは、プロジェクトリーダーの谷口が人工知能・ロボティクス研究を軸に展開してきた「記号創発システム」という考え方により、統一的に理解することが可能です。記号創発システムは人間の思考やコミュニケーションを支える言語や記号の意味の動態を表現したシステム観です。

人間の意味理解や言語使用は、人間の赤ちゃんがマルチモーダル情報に基づいて認識を形成していくような身体的な相互作用と、文化の違いといった社会的な相互作用との両方が相互に影響を与えあいながら成り立っています。実世界においては両方が重要であり、ロボットはそんな人間の生活空間に入らなければなりません。言葉から意味を汲み取り自らの理解・行動につなげること、言葉の使用自体を変容させることは難しく、社会実装に向けては、まず、人間が言語や文化を学ぶとはどういうことなのかを明確にすることが必要であると考えます。

また、ダイバーシティ社会の深化に人工知能技術を活用できていない現状は、人間の文化的・習慣的行為のあり方とAI研究における情報観の溝が埋まっていないことに起因します。記号論的文化心理学、言語学、応用言語学や哲学的記号論といった分野に立脚し積み重ねてきた理論・実践研究を、記号創発システム科学と融合させることで、さらなる高度化・社会実装の加速化につなげることができるのではないかと考えます。

そこで本研究プロジェクトでは、不確実性の高い実世界において、人間と生活空間でマルチモーダル情報に基づき相互作用することを通して知識を獲得し、文脈や習慣を考慮した上で人間を支援できる実世界人工知能(サービスロボット)の技術開発と、AI/DX活用の次世代メディアを用いダイバーシティ社会の深化に向けた人文科学研究(次世代共生環境デザイン)に取り組みます。さらに、それぞれの基盤となる学術理論を深い次元で統合するために、記号創発システム理論、記号論的文化心理学、哲学的記号論を深化させ、文理融合の学術理論の構築を目指します。

AI/DX技術の人文科学分野への導入と
人間と共生する実世界人工知能の研究を同時推進

実世界で人間とのコミュニケーションを通してサービスを提供するロボット実世界で人間とのコミュニケーションを通して
サービスを提供するロボット

本プロジェクトは5つのグループで構成されます。

まず、谷口グループは、人間の記号論的コミュニケーションを支える記号創発システムの数理モデルを明らかにし、その工学的応用を図るとともに、サービスロボティクスへの人工知能技術の統合を担います。具体的には、「人間とロボットがタスクと協調に必要な記号システムを共に創っていく」という記号創発システムに基づく共創的学習の基盤を研究開発します。また、視覚や聴覚、言語表現といったモダリティ情報を統合したものに意思決定・運動制御を組み合わせた、実世界人工知能のための認知アーキテクチャと世界モデルを創成します。並行して、サービスロボットのための、人間の習慣・文化を考慮した言語理解技術、サービス環境で記号的知識を獲得し適応し続けるための知能化技術の開発を進めながら、多様なサービスロボットの知能開発の効率化を目的としたソフトウェア基盤も開発します。

李グループでは、屋内外の様子と人の行動を観察する「空間知能化」技術と、ロボットの実在性・身体性を十全に活かした「人と環境に働きかけるロボティクス」技術の開発を行います。固定・移動センサによりシームレスで死角なしの観察空間を構成する手法を確立し、センサから得たデータを統合して人の行動と空間情報を抽出する知能を開発。さらに観察空間で得たデータからものの識別や人の行動分析を行うアルゴリズムなどの開発を行い、空間内のユーザに適切な情報的支援、物理的支援を行えるようにすることを目指します。整理整頓ロボットのための手順生成や、ロボットハンドによる視触覚統合物体操作モデルの構築にも取り組みます。

西浦グループで目指すのは、「音響×心理プラットフォーム」の構築です。人間の口を超えるピンスポット情報伝達、人間の耳を超えるピンスポット音環境理解や、物体の振動を画像処理に基づき音波に変化するビジュアルマイクロホンを用いた次世代ロボット聴覚の研究開発を行うとともに、誰が聴いてもその意味が明確に分かる、世界標準となるサウンドデザイン(音ピクトグラム)と、言葉を介さずに音という記号によるロボットから人へのコミュニケーションを実現するための聴覚メカニズムに基づいた音質評価モデルを研究。音に対して技術的側面と心理的側面の両方からのアプローチを融合した「音響×心理プラットフォーム」を構築し、人にやさしい次世代ロボットコミュニケーションを追求します。

安田グループでは、文化心理学に関連の深いTEA(複線径路等至性アプローチ)を用いて、子育てをする母親の就労復帰という転換点、キャリアを考えるという学生の転換点においてどのような悩みごとがあり、どのような選択がなされるのかを捉え、AI/DX活用による高度なライフ・キャリアカウンセリング「人生複線径路カウンセリング」の手法を構築します。相談・悩みの事例を収集し、TEAによって分析・可視化することによって、カウンセリング的な応答を可能にするシステムを構築し、谷口グループとの共同研究を通して実装を目指します。

山中グループの大きな目的は、記号創発システム科学を援用して、次世代の大学英語教育のモデルを実践・提示することにあります。人間が自身の身体性や与えられた能力を駆使して逞しく実世界で生き抜くというプラグマティックな活動を基軸とした言語観に立脚しながら、メンバーが推進するプロジェクト発信型英語プログラムにおいて次世代メディアとゲーミフィケーションを活用し、マルチモーダル言語教育を発展させるとともに、理論基盤の深化や教育方法の改善をもってプロジェクト発信型英語プログラムの高度化を図ります。実世界人工知能技術に関わるメンバーと積極的な相互作用を持ち、英語教育におけるAI/DXの積極的活用の技術的可能性と限界をプラグマティックに把握しながら研究を進め、社会実装、大学教育の政策提言にもつなげます。

研究成果の実装をもって社会に貢献し、
OICを象徴するプロジェクトへ

2024年の情報理工学部の移転をもって、本プロジェクトのほぼ全メンバーがOICに集結するため、新たな研究拠点を確立したいという思いがあります。新棟に設置される「見せる試せるラボ」での実装や、プロジェクト発信型英語教育、学生支援カウンセリングなどへのオンキャンパス実装、さらには2025年の「大阪・関西万博」におけるサービスロボットのデモンストレーションなどを実現させることにより、OICを代表するプロジェクトへと進化を遂げ、新たな学術融合研究分野「記号創発システム科学」を創成したいと考えています。

研究期間

2022年度〜2026年度(予定)

本プロジェクト構成

本研究プロジェクトが目指す成果イメージ図