Ⅳ.次世代人工知能と記号学の国際融合研究拠点

人とのコミュニケーションを通じて
自ら知識を拡張する次世代人工知能を開発する

プロジェクトリーダー
情報理工学部情報理工学科 谷口 忠大 教授 (写真 中央右)
グループリーダー

プロジェクト概要

「記号創発システム論」の視点から
人間との相互作用を通じて学習する人工知能の開発に挑む

この10年間で人工知能は飛躍的に進化を遂げ、家庭から産業界まで幅広い分野で活用されるようになりましたが、いまだ解決しなければならない多くの課題を残しています。

人手によってラベルデータと呼ばれる正解情報を付与したビッグデータをあらかじめ与え、ディープラーニングをはじめとする機械学習によって「グローバルな知識」を獲得することが出来るようになりました。しかし、それだけでは限界があります。家庭やオフィスといった生活空間はその場所に関係する「ローカルな知識」に満ちており、それらに人手によってラベルデータをつど与えていくことは現実的に困難です。家庭やオフィスに進出したロボットは人間を含んだ環境との自然なインタラクションを通して「ローカルな知識」を獲得していく必要があります。本研究プロジェクトでは、こうした課題を解決し得る次世代人工知能として、人間とのコミュニケーション・相互作用を通じて自ら知識を拡張していくことのできる革新的な人工知能の開発に挑みます。

そのカギとなるのが、人間のコミュニケーションの媒体である「記号」への理解です。プロジェクトリーダーである谷口は約10年前より情報科学と記号学とをつなぐ学術理論として「記号創発システム論」を展開してきました。本研究プロジェクトではこの「記号創発」を軸に、「記号」を媒介に人間との長期的なコミュニケーションや環境との相互作用を通じて学習し、協調し、調和する次世代人工知能の実現を目指します。

「記号学」への理解を深め
人工知能への応用可能性を模索する

本研究プロジェクトでは5つのグループに分かれて研究を進めます。まず和田グループは、自動運転車を対象として「人間と自動運転車が相互作用を通じて学習する機能」を開発し、より安全で快適な知的自動車の実現を目指します。自動運転システムが機能限界に陥った場合に、システムに代わって人間が運転操作を引き継ぐこと(権限移譲)が求められる場合があります。また乗員にとって安心であり快適と感じる自動運転を実現することが重要です。そこで本グループでは、人間と自動運転車の関わりについて研究しています。その基盤技術として、自動運転車と人間とのコミュニケーションを可能とするインターフェースを開発。具体的には権限移譲の前段階で人間と自動化システムが共に運転に関わる運転共有技術を開発中です。これによって安全な権限委譲や、互いの情報伝達に基づく相互理解を目指します。一方で、安心感や快適性を考慮した自動運転車の制御手法の開発も進めています。人間の運転行動や自己運動に関する快適性を数理モデル化すると共に、その情報をもとに安全で、かつ人間が安心したり、快適に感じる運転を制御する手法の構築に取り組んでいます。また運転共有技術により、人間が安心、快適と感じる運転行動を教え込むことも可能になります。

続く島田グループでは、記号創発システム論の視点から環境情報を自発的に獲得し、適応する能力を持った家庭内サービスロボットの開発に取り組んでいます。人間の行動を経時的に観察(センシング)して道具を使う「プロセス」をモデリングし、多様な道具に共通する形状要素と操作の組み合わせから道具使いを概念として学習する手法を構築。それを転写して人と同じような手順で道具を操る能力を獲得していけるロボットを目指します。また人間観察に基づく学習や適応の技術を生かし、個別の人のメンタルをモデリングし、個々人に最適なケアを行うパートナーロボットの開発も進めます。加えて本研究プロジェクトの中核である「人間とのコミュニケーションから新たな語彙(記号)を獲得しうる人工知能」の開発にも力を注ぎます。ロボットと人間のコミュニケーションを阻む最大の壁は、コミュニケーションの媒体である「言葉(記号)」の意味が文化や文脈によって異なることです。本グループでの研究を通じて人間の持つ文化的・文脈的コミュニケーションを人工知能で取り扱うための理論の確立に挑みます。

コミュニケーションを通じてロボットに家庭での知識を教えていくコミュニケーションを通じてロボットに家庭での知識を教えていく

一方「記号創発システム論」に人文科学系の立ち位置から理論的肉づけを行うのが吉田グループです。先に述べた通り、既存の機械学習は物理的ふれあいや人間とのコミュニケーションを経ないという点で、人間にとっての記号や概念と人工知能のそれとの間には大きな隔たりがあります。本グループでは、人間が現実世界との物理的・身体的関わりを通して記号や概念を生成する仕組みを解き明かし、次世代人工知能に応用可能な記号理論を探究します。具体的には記号の中でも画像に焦点を当て、人間が知覚・経験している世界を平面上に転写したものとしての像(画像)を信号システムとして解析し、人間にとっての像の意味を明らかにします。もう一つには、ゲームやシミュレーターなどの仮想環境での人間の認知や行動を記号論の枠組みで捉えます。こうした研究から「記号」への理解を深め、人工知能への応用可能性を探ります。

次に青山グループは、次世代人工知能やロボットを受け止める「社会」に着目し、人工知能とロボットの社会実装のあり方を模索しています。人工知能やロボットの発展は大きなビジネスチャンスであるだけでなく、人間の働き方や生き方、マネジメントを否応なく変質させる可能性を持っています。そこで次世代人工知能およびロボットの企業活動や社会への実装のあり方を分析・予測するとともに、それらが普及した際の人間の生きがいやケイパビリティ、幸福感への影響を評価します。これらを通じて人工知能とロボットがよりよい社会構築につながるための条件を明らかにし、社会実装へのロードマップを示したいと考えています。

最後に西浦グループは、記号創発システム論の具体化を念頭に各研究を技術的に補完し、プロジェクト全体を加速させるブースターの役割を担います。人間と機械の「記号的」なコミュニケーションの主な媒体は「音表像」であることから、次世代人工知能の実現には人間の音声を的確に感知し、知覚し、認識する技術が欠かせません。本グループの持つ音声認識、音声合成、音響信号処理技術を自動運転自動車や家庭内ロボット研究に生かすことに加え、記号論の人文学的研究にも情報理工学的視点から音表像に関する知見を提供します。また連携を通じて各グループからもフィードバックを受けることで新たな社会課題を発見し、音表像にまつわるさらなる技術開発につなげていきます。

少子高齢社会で活躍する介護・生活支援ロボットに
欠かせない次世代人工知能の開発でインパクトを与える

少子高齢化が進む社会においては、介護や生活をサポートするロボットなど人間とコミュニケーションを取りながらローカルやパーソナルな知識を自律的に獲得していく次世代人工知能の必要性はますます高まっていくと予想されます。人間と機械の両方を含んだこれまでにない人工知能の開発は、きっと社会に大きなインパクトを与えるものになるはずです。加えて、本研究プロジェクトでは情報学、工学、人文科学にまたがる学際的な組織体制で「記号創発ロボティクス」という新しい学術分野を盛り上げていくとともに、情報工学や記号学などにも学術貢献する国際的なハブ拠点に育てていきます。

研究期間

2017年度〜2021年度

研究活動進捗・成果

本研究プロジェクトが目指す成果イメージ図

次世代人工知能と記号学の国際融合研究拠点